スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
*Edit TB(-) | CO(-) 


BARエルミタージュ<7> 

「少し呑むか?」
食べ終わるのを見計らったように、マスターが水を向けてくる。俺も、このまま別れるのはもったいないと思っていたので、うなずいた。
「順ちゃん。いつもの」
「はい。母さん、冷酒。出羽桜」
おいおい、ただの子供のお手伝いじゃないな。俺よりすごい接客ぶりだよ。
何だか、教えられる店だな。マスターが目標だって云う意味が良く解る。

それでも、ちびちびと酒を交わしていると、空も明るくなってきた。
さすがに、閑散としてきた店内に、片隅でひっそりと呑んでいた客が立ち上がる。
「順。帰るぞ」
「あ、もうそんな時間か。母さん、俺あがりね」
「いいよ。もう暇だし」
男が立ち上がるのに、順くんもエプロンを外す。さすがに、これ以上はオールナイト営業になる時間で、未成年を働かせるには不味い。
30半ばというところだろうか。えらく綺麗な顔立ちの男は、順くんが奥へ引っ込んで支度するのを待っているのか、人待ち顔で入り口に立っている。
「お待たせ、陽司さん」
上着を羽織った順くんが走り出ていくと、男の綺麗な顔が、愛おしそうに順くんを見つめた。そのまま、二人で連れ立って路地の奥へと消える。
「マスター。あれって……」
俺は呆然と二人の背中を見送ったが、あれってまさしく、カップルだ。
いや、いくらなんでも、それって犯罪だろ?

「あ、やっぱり。そう思う?」
いつの間にか、俺たちの隣にはお勝手から出てきたママが立っていた。
「うちの子の陽ちゃん大好きは判ってたけどね。お父さんみたいに思ってる訳じゃないわよね? あれじゃ」
マスターに真面目な顔つきで質問している。
「ママ。いくら俺たちがゲイでも、全部は見抜けませんよ」
「そうなの? 愁輔に相談に乗ってもらおうと思ってたのに……」
ママは順くんによく似た、可愛いらしい造りの顔に、落胆の色を浮かべて、ため息を吐いた。
「順ちゃんは、すごくしっかりものだし、可愛い姿に似ない男前なんだから、心配要りませんよ。自分のことは自分で責任を取る子でしょう」
「それが可愛くないんじゃ無いの。少しは親らしく心配くらいさせればいいのに」
ママはどうやら、ご不満らしい。
「大丈夫ですよ。そういうところは淳志似だから」
「もう、すぐに愁輔はそれなんだから! ホントにうちの淳志と出来てたんじゃないでしょうね?」
「あっちゃんとなんか、俺の方が御免ですって」
「何ですって? 人の旦那に云いたい放題だわね。アンタ」
ママがむくれて云うのに、声をたててマスターが笑った。マスターのこんな笑い方は初めて見る。
いつも、唇の端を上げてゆったりと微笑むか、声を上げるときにはくすくすと小さな声を立てるのだと思っていた。
「ここのママは俺の幼馴染の連れなんだ。この店も元々は幼馴染がやっていた店でな」
「そうなんですか」
マスターの幼馴染か。どんな人なんだろう。
「物凄い遊び人でさ。オトコもオンナもお構いなし。いっつも愁輔に愚痴こぼしてたんだけど……。やっぱりアタシにとっては最高にいいオトコだったわよ」
ママは遠くを見つめるようなまなざしでふっと視線を泳がせる。その顔はすごく寂しそうなのと同時に綺麗だった。
愛おしいものを見つめる瞳。
マスターの幼馴染だと云う旦那さんは、きっとすごく素敵な人だったんだろう。少なくとも、ママにとっては。
このお店はママにとって旦那さんの形見であると云う以上に、旦那さんそのものなのかもしれない。
「さ、看板よ。帰った帰った」
ママに追い出されるように、俺たち二人は店を後にした。


すっかり明けてしまった路地を、ほろ酔い加減で歩いてるが、ほとんど人通りが無い。さすがは呑み屋の並ぶ小路の裏通りだ。ほとんどは今から就寝というところだろう。
大きなマスターの背中を見つめるようにして歩く。方向的には、このまま行けば、エルミタージュの近くの、いつも俺が通勤に使っている駅に抜ける筈だ。
振り返ることも無く歩いていた背中が、とある階段前で、唐突に振り向く。
俺はそのままマスターの胸に突き当たってしまって、したたかに鼻を打ってしまった。
マスターの鍛え上げられたガタイはちょっとした壁で、細身とは云えないまでも、マスターとは比べ物にならない身体は、思わずひっくり返りそうになる。
それを支えてくれたのは、目の前にそびえる肉の壁だ。
マスターに、まるで抱きかかえられるように引き上げられる。
「大丈夫か?」
俺は、間近で見るマスターの凛々しい顔に、ぽーっと見とれて、次いで自分の体勢に気付いて真っ赤になった。
「酔ったのかい? 顔が赤いぞ。うちで休んで行くか?」
マスターに指摘されて、ますます頭に血が上る。
本当のことを云うわけにもいかずに、俺は素直にうなづいた。

いや、本音を云えば、二度とは無いかもしれない機会に、マスターの家を見てみたかったのだ。
今日はえらく人恋しげなマスターの様子は、俺の願望だけでは無いと信じたい。
それは、マスターの心を占めていたであろうヒロさんが落ち着いたことによるのか、それとも、それによって真幸さん曰くの『自由になってもいい』ことに一抹の不安を感じているからなのかは、俺には判別がつかなかった。
ただ、それでマスターの心の隙間が出来たのなら、俺はこの機会に掛けてみたかった。



招かれたマスターの部屋は、小洒落たワンルームなどでは無かった。昔ながらのアパートの典型的な2kだ。
玄関を入ると、台所があり、風呂場とトイレが付いていて、隣に畳をまっすぐに並べただけの4畳間と、奥にもうひとつ部屋がある。
結構、稼いでいる筈なのだが、置かれているものはシンプルで飾り気等まったく無いものだ。
まるで、学生の部屋のようだ。もしかすると、学生時代からの棲家なのかもしれない。
「ぼろ屋で驚いたかい?」
「いえ。でも随分と趣のあるお住まいですね」
言葉を選んだつもりだが、かなりテンパっていたらしい。誉めてないって!と自分で、自分の言葉に突っ込みそうになった。
マスターがゲラゲラと笑いだす。
「趣ねぇ。モノは言い様だな」
俺は真っ赤になって下を向いた。
「俺たちの若い頃は、ゲイだなんて、今みたいにおおっぴらにする人なんかいなくてねぇ。その当時、付き合ってた男とのことがばれて、実家は勘当。仕送りも切られて、貧乏生活で。このアパートは、バイト先の店長の紹介でやっと入居出来たんだ。なんとなく、離れがたくて」
マスターは懐かしむように、こぽこぽと音のするサイフォンを眺めている。
飲むか?と云う風に、示されたカップに、俺はうなずいた。
コーヒーのいい香りが部屋中に漂って、すごく落ち着く。いつも、マスターは家に帰っては、こんな風に寝る前にコーヒーを入れてるんだろうか?
「圭くんは、うちの店でずっと働いてくれるつもりなのかな?」
「出来れば」
何をいいだすつもりなんだろう。俺が思わず、顔を上げると、マスターが真剣な顔で俺を見ていた。
いつも、店でゆったりと微笑んでいる姿しか知らない俺は、今日はいくつのマスターの知らない姿を見たんだろう。
「ヒロは嫌いか?」
ストレートに尋ねられて、俺は下を向いてしまった。あからさまにはしていないつもりだったが、真幸さんも気付いてるくらいだ。マスターに気付かれて無いと思う方がどうかしている。
「嫌いと云う訳じゃ無いです……」
そう。別に嫌いじゃ無い。ただ、苦手って云うか。
「ヒロは優しいし、誠実だし、いい奴だぞ」
「それも知ってます。すごく、優しいし、親身になって話聞いてくれるし」
そう、そんなことは知ってるし、解かっている。だって、俺の初めてのオトコって、実はヒロさんだし。



NEXT

BL小説ランキング
FC2 Blog Ranking

スポンサーサイト
*Edit TB(-) | CO(-) 


Back      Next

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。