スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
*Edit TB(-) | CO(-) 


俺の主治医<8> 

「お前も解らん趣味だな。同じ男ならもっといいのがいただろうが」
田沼に顎を掴まれて、ボーっとしていた亮は、反射的にその手を払った。いつの間にかその場から久川は消えている。
「可愛げもないし、顔も良い訳でも無い。何処がいいんだ? 躯か?」
払われた手を押さえながらも、田沼の口は止まることが無かった。品定めする目つきで亮を眺めながら克利に問う。
「うるせえ。俺の趣味に口出すんじゃねぇよ、田沼。お前に関係ねぇだろ。第一、お前に病院止めて来いとは云わなかったぞ、俺は」
「優秀な看護師が欲しかったんだろう。俺以上の人材がいるか?」
「お前が優秀な看護師であることは認めるがな。院長は俺だ」
30をとうに過ぎた大人2人のやり取りはみっともないくらいに子供じみていた。亮は、そのことに少しだけ気が晴れるのを感じる。
「とりあえず、黒川さんの食事は宅配サービスから届くからな。夕食の介護まで頼むわ。俺はひと寝入りしてくるからな」
ひと仕切りの言い合いが終わると、帰り際に仕事の伝達だけをして田沼は帰っていく。
「克利先生。黒川さんって……」
「ああ。俺は組織的なことは解らんが、若頭とか呼ばれてたな」
黒川は神田組の上層組織、高仁会の若頭だ。神田とは同等の立場になる。それが、ここにいるのは何故だろう?
「三日前に港で撃ち合いがあったらしいぞ。たまたまここが近かったのもあるだろうが、せっかく手に入れた優秀で口の堅い医者を見せびらかしたいのもあっただろうな」
物言いたげな亮に、克利は忍び笑いを隠さないまま応える。
「サツに垂れ込まれる心配もねぇし?ですか」
「まぁ、そういうことだな。こういう時の為に俺は飼われてるんだろうし、な」
くすくすと笑う克利には、『飼われる』ということに拘りは見せていない。プライドの高そうな感じの男だが、そこに矜持は無いのだろうか?
それとも、医師であることがこの男のプライドであって、それ以外はどうでもいいのだろうか? 頭のいい人間の考えることは亮の頭には理解できそうに無い。
「克利先生。俺に出来ることは何もないっすか?」
「いや、受付と雑用やってくれ。田沼に夜勤させたから、看護師がいないんだ」
少しでも動いていたかった亮は、渡された白衣を素直に受け取った。ドラマ等で見慣れた白衣とは少しデザインが違う。
「あれ、これ医者の白衣じゃないんすね。看護師用っすか」
「いや、俺のケーシー。田沼のじゃお前にはデカ過ぎるだろう」
確かに、田沼はかなり大柄で、看護師にはとても見えなかった。
「ケーシー?」
「ああ。この首の詰まった白衣のことだよ。よく海外のドラマなんかで医者が着てるだろう?」
「すいません。俺、海外のドラマなんか見てなくって」
「そうか。昔は好きだったのになぁ」
呟くように云った克利の台詞は妙にしみじみとした感じで、懐かしむような響きがある。
こんなエリート然とした医者も、昔を懐かしむようなことがあるのだろうか?
「田沼さんと二人でやってるんすか?」
「ああ、アイツは医者の資格もちだからな。俺の同期で口も堅いし、腕もいい。いざと云うときの役にも立つ」
ヤクザの会社の業務医なんて云うのは、何処までやるのだろうか? 亮には上のことはまったく解らないが、結構やばいこともある筈だ。大きな病院の医者だったのに、それを辞めてまで、やりたいようなこととも思えない。
「克利先生……。どうして…」

「先生ッ、すんません。腕が痛くて」
問い掛けた疑問は、突然の患者に遮られる。
「腕? 見せてみろ。こりゃひどく切ってるな。ガラスか?」
「昨日、絡まれて。平気だと思ったんですが、今日になって痛み始めて」
「亮。消毒液。右のケースの2段目だ」
「は、はいッ!」
「ガーゼはカウンターの下。金属のケース」
「はい」
克利の指示は的確だ。初めて動く亮でもわかり易い。
「ガラスの細かい破片が残ってるんですよ。しっかり消毒しますからね。かなり痛いですが我慢してください」
「は、はい……」
下に入っている何処かの酒場のオヤジだろう。青褪めた顔に見覚えはある。
「亮、抑えろ」
「はいッ」
消毒液を浸したガーゼが傷口をすべる。かなり痛いらしく、腕が跳ねるのを、亮が抑え付ける。丁寧に幾度もガーゼを交換して傷口をぬぐうと、破片は取れたらしく、浮き上がってくるくすんだものが無くなる。
傷口に新しいガーゼをかぶせ、包帯を巻きつけていると、新しい患者だろうか? また扉が開く音がする。

「食事の宅配だ。受け取ってくれ。ついでに運んでくれないか」
「あの、手伝いがいるんすよね? どのくらいやったら」
「多分、まだ持ち上げられないから、それだけ手伝ってくれればいい」
黒川の名前をこのオヤジの前で出すのはまずいだろうと、ごまかした言い方をした。
食器が持ち上げられない程度なら、自分でも手伝えそうだ。
亮は、宅配から食事を受け取ると、奥の病室へと運ぶ。

部屋へ入ると、半分起こした電動ベッドには目付きの鋭い男が身を起こしていた。
「黒川会長。食事っす」
名前は確かに知っているが、顔を見たことは遠目にちらりとがいいところだ。高仁会若頭・黒陣会会長、黒川公孝。チンピラの亮には、まさしく雲の上の人だ。
「ちッ、この病院には綺麗な女の看護婦はいねぇのか? また今日はエラい貧相な男看護夫だな」
「す、すんません!」
「まぁ、いい。寄越せ。飯は食わんと力がでねぇ」
「は、はい」
亮は出来る限り丁寧に食事をベッド脇のカウンターに載せ、カウンターを動かしてベッドの上にテーブルが行くようにする。
「兄ちゃん、茶くれや」
「はいッ!」
お茶のパッケージを開けて手渡そうとした亮は、黒川の腕に巻かれた包帯を見て、そのまま口元へ持っていく。
「そのぐれぇ持てるぜ、兄ちゃん」
「でも、使わねぇ方が早く直るんじゃないっすか? 久川の兄ぃが3日後に定例会があるって話してましたぜ」
「何だ、医者んとこの男看護夫じゃねぇのか、お前。神田の下っ端か?」
黒川の問いに、亮は逡巡しつつもうなづいた。いくら克利に譲り渡されたとはいえ、杯も返していなければ、絶縁状を貰ったわけでもない。まだ、神田組の組員には違いない筈だ。
「神田も気の利かねぇ野郎だぜ。女のひとりくらい寄こしゃいいのによ。それとも何か?お前が女の代わりか?」
黒川の片手が、亮の骨ばった尻を撫で回す。
「へ?」
「男も悪くは無いのは知ってるが、お前じゃ抱き心地悪そうだな」
勝手なことを云いながらも、黒川は遠慮なく亮の腰を引き寄せた。まさかそういう展開になるとは想像だにしなかった亮は、頭が真っ白になる。
「あ、あの、その、」
親が黒と云えば、白いものも黒と答えるのがこの世界だ。だからこそ、譲り渡された克利にしたがっている訳だが、この場合、組長の兄弟分とはいえ、従えと命じられた訳では無い。さりとてあからさまに逆らう訳にもいかず、ひたすら戸惑うだけの亮の後ろから、険の有る声が掛かった。

「黒川さん。安静だと云った筈ですが。守っていただけないなら、腕の完治の保障は出来ませんよ」
「やれやれ、硬ぇ先生だな」
こちらを睨みつける克利に、黒川は肩をすくめて、腰に廻した手を外す。
「あと3日も我慢すれば、女なんぞいくらでも抱き放題ですよ。抱き心地の悪そうな他人の男に手を出さなくてもね」
「はっ、こりゃ悪かった」
嫌味たっぷりの克利の言い草に、にやりと意地の悪い笑みを黒川は浮かべた。所詮、素人の嫌味など堪えるはずも無い。
「先生のだとは知らなかった、勘弁しろや」
「亮。ここはもういい」
頭を下げる様子の無い口だけの謝罪を、軽く受け流して、克利は亮に向き直った。明らかに機嫌が悪いのが、手に取るように判る。
「は、はい」
ぐずぐずしていれば、余計に機嫌が悪くなるだろう。亮は、云われるままに病室を出て行った。
克利はかなり気分屋で、時折、こんな風にいきなり機嫌が悪くなる。
「扱いづらい先生だぜ」
思わずぼやきも口から出ようと云うものだ。
一体、何を考えて、その抱き心地の悪い男を抱いているのか。
いつまでこんな関係を続けなければならないのか。
亮は鏡に映った自分の顔を見ながら考える。
そこに映ったのは、まだ中年にはほど遠いが決して若くは無い、平凡で痩せた男の顔だ。
不細工だと云われたことは無い。大人しそうな顔立ちは、ますます亮を、その職業からは遠いものに見せていた。
「ナメられてんのかな」
そう云えば、朝会った克利の友人だと云う看護師も言いたい放題だった。あの野郎は、亮がヤクザだと知って云っているのか。もし、そうだとすればこの顔を見てナメて掛かっているとしか考えられない。
「くっそぉ、一発かますワケにもいかねーし」
「誰に一発かますって?」
いきなり背後からした声に、思わず身構えた。克利の声ではなかったからだ。
「へぇ、あいつとやってるっつーから、軟弱な奴かと思ってたけど、結構ケンカ慣れしてるじゃないか」
「一応、ヤクザっすから」
亮の前にいたのは帰った筈の田沼だ。
「家に帰ったんじゃないっすか?」
「ひと寝入りはしてきたぜ。それに、興味がある」
「キョーミ?」
「あいつは昔からモテる癖に、無頓着でな。寝る女はいても、付き合う女なんかいなかったんだ。まぁ、男の趣味があるとは思わなかったが、奴ならもっと選び放題の筈だぜ。それとも、ゲイの間じゃあいつはモテないタイプなのか?」
「知らないっす」
そんなことを聞かれても困る。何故、自分なのかは亮自身が聞きたいくらいだ。
「ふん、お前が、ねぇ」
伸びてくる田村の手を、正気の亮は音も高く叩き落とす。
「いい加減にしてくださいよ? 俺は先生の舎弟になれとは云われたっすけど、アンタには何の義理も無いっすからね」
「舎弟だったのか? 俺はまたおもちゃかと思ったぜ」
低い声で凄んだ亮だが、その容姿では何とも頼りない。あっさりと痛いところを突かれて、カッとなった亮は田沼の胸倉を掴みあげ殴りつける。
虚を突かれ田沼の大きなガタイがぐらりと揺らいだ。
「…ッ、」
田沼の唇が切れて血が滲んでいる。
「これ以上は容赦しないっすよ」
胸倉を掴んだまま殴りつけるのは痛めつける時のテクニックだ。亮の仕事は脅しである。亮の見掛けとはまったく違う攻撃に、油断をしていた相手は吹っ飛ぶことも少なくない。周りにぶつかって怪我でもされたら、元も子も無いのだ。
「何をしてるんだッ」
「ち…ッ!」
克利の声に、舌打ちをした亮が、手を離す。もう一発くらいは殴っておいても良かったかと後悔した。
「田沼。何を云った?」
「おいおい、俺かよ。お前の可愛い子ちゃんに殴られたんだぜ」
ところが、殴った亮より、克利の怒りは、何故か殴られた田沼へ向いている。
「お前は人を怒らせるのは得意だからな。何を云った?」
「おもちゃだそうっすよ」
云いにくそうな田沼に代わって、横合いから亮が口を出す。
「おもちゃ?」
「兄貴や先生にそう云われんのは仕方ないっす。実際、俺はアンタのおもちゃっすからね。でも、コイツに、んなコト云われる覚えはねぇ!」
亮は苛立っていた。確かに自分は克利の玩具だ。兄貴に命じられた接待の道具。だが、それを外から揶揄されることはひどく亮のプライドを傷つけた。
ガツンと鈍い音が響いたのは、その時だ。
「か、克利先生」
「痛ぇな、」
田沼の顎に綺麗に克利の拳が入った。
ただ、やはり暴力沙汰には慣れていないらしい克利のそれは、亮より効かなかったらしい。田沼の大きな身体は少し傾いだ程度だ。
「まったく、解ったよ。もう云わねぇよ」
「そうしてくれ。俺は今、本気でお前を殺したくなった」
「ああ、そうみたいだな」
顎をひと撫でした田沼は、自分で患部の様子を確認すると、湿布を取り出して、自ら治療を始めた。
殴った当の克利は、謝るでもなく、隣で別の作業をしている。
亮は目を丸くして、その様子を眺めた。さっきまでの沸騰するような怒りも、何か不完全燃焼と云った感じだ。妙なくすぶりだけが胸の奥に残った。


NEXT

BL小説ランキング
FC2 Blog Ranking

スポンサーサイト
*Edit TB(-) | CO(-) 


Back      Next

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。