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憧憬の王城<5> 

サディユースの剣の切っ先が揺れる。
すかさず、誠吾が切り込むが、すぐに弾かれてしまった。なぎ払われてよろめいた誠吾の腰を、返した刀の背で強かに殴りつける。
派手に転んだ誠吾に、周りの兵士たちがわらわらと近寄ってきた。
「セイ様」
「セイ、大丈夫か」
それを手を上げて、誠吾は止める。
「大丈夫、大丈夫。もう一丁、だ!」
再び、剣を構えた誠吾をサディユースはやれやれと云った呆れた視線で見ていた。
迷惑だと自覚はある。サディユースもこんなへたくその相手を何週間も続ければ、腕も鈍るだろう。だが、誠吾が華奢に見える所為か、本気で誠吾の相手をしてくれるのは、サディユースしかいないのだから、仕方が無い。

何度もサディユースに叩きのめされた誠吾の身体は、打ち身、擦り傷だらけだ。
部屋の鏡を見ながら、薬草を貼り付ける。
薬草は、二種が窓際の日当たりの良い場所へ置かれていた。剣の稽古を始めてから、アデイールにプレゼントされたものだ。
アロエに似たものを折って、中身をもう一種の大葉のような葉に塗りつける。それを貼ると、翌日にはすっかり腫れが引いているのだ。動いても剥がれにくい優れものである。
手当てを終えると、見計らったように、使用人頭のレドウィルが現れた。
「イディドルゥ。セイ様」
にっこりと笑って、誠吾に挨拶するのは、この国の人間としては平均的な茶系の髪と瞳のがっちりとした男だ。
その外見とは異なる細やかな心遣いを、言葉の通じないころから示してくれたレドウィルは、今や誠吾の生活に無くてはならない存在である。
「間もなく、王子もいらっしゃいますよ」
「また、傷だらけだって怒られそうだな」
そう、言葉が通じるようになって驚いたのは、アデイールがこの国の王子だということだ。
まだ、難しい会話は無理だが、日常会話を聞き取るだけなら支障は無い。
その範囲で説明されたことは、誠吾の日常とはおよそ掛け離れた話だった。
王子と云っても、この城には現在、王は存在しない。王の候補とされている人間は何人かがいるが、その一人が、先王の息子・アデイール王子と云う訳だ。
王になる条件の一つが、一族であること。この一族と云う言葉が、誠吾にとってはあまり良く解からない。貴族とか、王族と云うのとは違うらしい。
生まれたときから印があり、番いの相手も生まれたときから決まっているそうだ。
夫婦とは違うのかと聞くと、夫婦を意味する単語は別に存在する。むしろ、動物を指す言葉であるので、誠吾は『番い』と訳した。
そして、アデイールにはその番いの相手が存在しない。その相手が現れたと星が示した(これも信じ難いことに、星術師と云う占師がいる)ために、向かった森にいたのが、誠吾と云うことらしい。
星術師の示した相手は、違えてはいけない決まりがある。もちろん、その相手に別の想い人が出来たとか、死亡した場合は、新しい相手が星術師によって示される。
王子であったアデイールは、番いの相手の無い、一族の異端者と見られていた為、王候補としては他の人間から何歩も出遅れていたのだ。それが、相手が見つかったとなれば、話は違う。
あのとき、アデイールが機転を利かせてくれなければ、本当に誠吾は殺されていたかもしれない。いや、確実に殺されていただろう。
他の王候補の手によってか、王子に新たな相手を望む・王子派によってかは謎だが。
そうなったところで、異邦人である誠吾のことなど、すぐに忘れられてしまうだろう。
「セイ。イディドルゥ」
穏やかな微笑を浮かべて、アデイールが入ってきた。
「イディドルゥ。アデイール」
誠吾が笑い返すと、アデイールは、まず誠吾の横に立ち、頬に軽いキスを送る。
芝居だと解かってはいるが、何となく気恥ずかしい。それをほほえましげに見ているレドウィルの視線も嫌だ。
誠吾は、この朝の時間がもっとも落ち着かないのである。
イディドルゥは『今日の良い日を』という意味だ。朝・昼・晩。何時あってもこの挨拶を交わす。
その意味を知ったとき、誠吾はムッとした。一番最初に、他人とまともに会話した言葉が『今日の良い日を』というのは、皮肉な感じが拭えない。
自分は言葉もまともに交わせない国で、強制的に第二の人生を送らされる羽目になっているのだ。何が良い日だとひねくれたくなったのも仕方が無いと云えるだろう。
「セイ、何かあったかい?」
黙って、食事をつつく誠吾を、不思議そうにアデイールが覗き込んだ。食事の準備を終えると、レドウィルは出て行った。最初は付きっ切りで世話をされて、落ち着かなかったものだ。
カップが空になれば、自然と次の飲み物が注がれ、視線をやるだけで、その食物が目の前の更に盛られる。楽でいいと感じる人もいるのだろうが、ワンルームのアパートで一人暮らしを送るチョンガーには、気疲れしか感じなかった。
アデイールに頼み込み、やっと風呂と食事には人が付かなくなったが、着替えと外出には当然使用人の付き添いを拒むわけにはいかない。簡単に布を被って、紐で留めただけの上衣は、誠吾にはまだ良く着方が解からないし、外出も、城の財布を預かるのだがら、いくら用心しても足りないことは無かった。
「うん。別に何でも無い。ここの生活にも慣れてきた」
「本当かい? 剣の稽古がきついんじゃないの?」
「動かさないと、鈍る。大丈夫だ」
ここの生活で剣は必須らしいと知ってから、誠吾は言葉を覚えると同時に剣の稽古をはじめた。
ただ、上達する様子は無い。学生時代はそれなりにスポーツもこなしたものだが、やはり、三十を過ぎた男の身体は、そうそう動いてはくれなさそうだ。
今日も稽古帰りにサディユースに云われたばかりである。
「セスリム、貴方に剣は必要ありません。そんな暇があるのでしたら、もっと覚えることはある筈です」
最初の皮肉な様子は変わっていない。むしろ、誠吾の立場がはっきりしてからは、慇懃無礼の見本のような態度で接してくる。ただ、サディユース以外には、そんなキツイ言葉を云う人間はいなかった。
「判ってる」
「判っているとは思えませんが? 貴方の仕事は王子を助けることです。王子と貴方は私たちがお護りします」
それが、嫌なのだと叫びたい衝動に駆られる。自分は偽者のセスリムなのだ、と。
だが、そんなことを云えば、自分だけでは無く、アデイールの地位も失墜するだろう。それを考えると、誠吾はどうしようもない焦りに駆られる。
自分は立派な大人の男だ。護ってもらうなんてとんでもない。何処にでも転がっている只の、サラリーマンを護るために命なんぞ掛けて欲しくなかった。
「いらん」
誠吾はぶっきらぼうにそれだけ云って、その場を離れる。
多分、サディユースは気を悪くしただろうが、自分が偽者だと信じて止まない誠吾には、それだけしか云えなかった。

「サディユースは、誰にでもああか?」
考えつつ、単語を並べるので、どうしても誠吾の言葉はぶっきらぼうになりがちだ。
「サディ? サディがあんなに親切なのはセイにだけだよ。ちょっと妬けるな」
「妬ける?」
「ここのところ、朝はずっとサディの話題ばっかりだ。そんなにサディが気に入った?」
「別に」
呟いて誠吾は食事を開始した。男が気に入るとか入らないとか、馬鹿馬鹿しい。
アデイールも何を云っているんだ。という想いが誠吾には強い。自分をセスリムだとか馬鹿なことを云ってるから、そんな風に考えるのだ。
早く、ちゃんと本当のセスリムを見つけてやらないと。
そう固く決心する誠吾は、すでにアデイールの父親気分だった。


          ◆◆◆


誠吾の一日は結構多忙だ。
使用人たちは、結構な働き者だが、采配を振るわねばならないのは、誠吾である。細かな部分は、まだ、誠吾が慣れないこともあるし、以前からの慣習もあるだろうから、好きにしていいとは云ってあるのだが、目を通してうなずくか、大まかな指示を出すかしなければ、何も動かないのだ。
以前、勤めていた旅行会社では、課長職という中間管理職だったが、ここも似たようなものだ。王が社長だとすると、部長や専務クラスが、大臣と云うところか。そして、社長代行がアデイール王子で、自分はその秘書という役回りだろう。
言葉を覚えた後は、決まりごとや、慣習、歴史。周囲の国の状況。生まれたときからこの国で育った人間には当たり前のことが、異邦人の誠吾には全て勉強の範囲だ。
正直、朝の剣の稽古にかこつけて、身体を動かす時間でも作らなければ、やってられるものではない。
本当はもっと軽いスポーツでもあれば良かったのだが、そういうものは、ここには存在しないようだ。山歩きや走るとかだと、お付が付いてくる。かといって、そう体育会系と云う訳でも無い誠吾には、室内で身体を鍛えるような趣味は無かった。
仕方なく、朝の稽古に出掛けるのだが、そこでも、渋々ながらでも相手をしてくれるのは、サディユースだけだ。


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