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武士の背中<参> 

「どうだ?」
誇らしげに男が云い放った。
それも無理からぬと思わせる出来栄えだ。
胸を張った小男の隣には、桜を背負った張りのある背中がある。
小男は、この江戸でもその道で知らぬものは無いと云われる彫り師だ。この背中の見事なしだれ桜を彫る為に、日本橋の大店、端午屋伊衛門が呼び寄せたものである。
最初は、侍の背になんぞ彫り物は彫らないと主張していた男も、伊衛門の気迫に押されて、渋々ながら承知した。
だが、それも背に走る刀傷に沿うように枝を這わせた中途半端な彫りを見るまでの話だ。
「なるほど。庇い傷ですかい」
その背を目にした彫り師は、傷を辿り、何かを描くように指を動かす。
「随分と下手糞な彫りだ。この背には似合わねぇ」
憤慨したように呟くと、小男はうなずいた。
「ようがす。引き受けやしょう。このお人の背になら、彫り甲斐がありやす」
そう云って、彫り師が侍の背に墨を入れ始めたのは、ひと月ほど前だ。暖かくなると墨の乗りが悪くなると、夏になる前には仕上げると豪語していたが、言葉通りに、今は庭に藤の花が咲いている。

「見事なものだ」
伊衛門は、ため息と共に侍の張りのある背に触れた。
背なには、肩からしだれ桜が咲き乱れ、引きつった傷跡さえ枝の一部になっている。桜の下には蝙蝠が羽を広げ、桜の枝からは蜘蛛が糸を垂らして、闇の中に桜が咲く風情をかもし出していた。
「これがお礼です。ありがとうございました」
しばらくその背に見入っていた伊衛門が、思い出したように小男に向き直り、懐から袱紗包みを取り出し、男の目の前に差し出した。
かなりの厚みのあるそれに、小男はニヤリと笑って、袱紗ごと懐へとねじ込んだかと思うとおもむろに立ち上がる。
伊衛門も、背を隠すように着物を調える侍を、名残惜しげに見ながら、襖をぱたりと閉めた。
「色事は明日の夜まで待ちな」
囁くように云った彫り師に、伊衛門は、何もかも見透かしたような妖しい笑みを浮かべるに留める。だが、その笑みは喉元を狙う野獣のそれに似ていた。


侍の名は、羽黒陣三郎。旗本の三男坊で、博打で身を持ち崩し、家には帰れぬ身だと云うのが、語った全てだ。
確かに出会った通りには旗本屋敷が点在するあたりではあるし、旗本と云っても、ピンからキリまであり、お目見え以下の家など、知られてはいないのが実情だ。
羽黒という家だとて、実在するのかどうかすら不明だが、疑う理由も無い。
伊衛門は、家に連れ帰った羽黒に、店の『用心棒』になって欲しいと頼み込んだ。老父にも話を通し、渋々ながら番頭も受け入れる。最近では、店の小僧の手習いも見てくれ、何かと重宝していた。

「先生。よろしゅうございますか?」
襖の向こうから、伊衛門の声が掛かる。夜更けに何だろうと思いつつも、書見をしていた本から顔を上げた。
「ああ」
いらえと同時に襖がすっと開く。
「酒をお持ちしました。御一緒にいかがですか?」
「すまん」
主人自ら、酒などを運ばせてしまったことを詫びた。おそらく、台所に頼み損ねたのを悟られたのだろう。
「御遠慮などなさらなくとも、よろしいのですよ?」
酒を勧める伊衛門は、いつかの料亭のように、妖しい雰囲気を湛えていた。誘う視線と、それを裏切る隙の無さ。
その裏腹さが同居しているこの男を、もっと深く知りたいと望んでいる自分がいることを、陣三郎は感じていた。
「いや、俺は居候だ」
「先生は、居候ではなく、うちの立派な用心棒です。この間だとて、押し込みに入ろうとするやからを追い払ってくれたではありませぬか」
小僧のひとりの様子がおかしいのに気付いたのは、確かに陣三郎だ。気の利く良い子なのに、妙にそわそわしたり、そうかと思えば宙を見つめていたりする。そんな小僧が、夜更けに木戸を開きに行けば、何かあると思って差し支えないだろう。
脅されて、裏木戸を開けに行った小僧の先回りをして、店の木戸をくぐる前に、峰打ちで打ち倒した。
押し込まれた側とは云え、身内からお縄になるものが出れば、端午屋ののれんに傷が付く。
それを慮って、店に押し入る前に片付けた陣三郎の手際に、伊衛門はもちろん、今では番頭も一目置いていた。
「あれは、喜作がおかしいのが判ったのが、俺だけだっただけだ」
「でも、一緒に働いている私どもには判りませんでした。手習いを教えていた先生だけがお気づきになった」
しなだれかかるように、伊衛門が身を寄せてくる。
庭を通って来たものか、藤の香りが鼻を付いた。
「運が良かったのだ」
そう云って、陣三郎は伊衛門のそばから立ち上がる。がらりと襖を開けて、夜気を取り入れた。
襖に背をもたせ掛けるように座り込む。陣三郎に与えられた離れは、店の隣に位置し、庭の見渡せる、母屋からは最も遠い場所だ。
「先生、見せてくださいまし。あの絵」
伊衛門がじっと見つめてくる。蛇に睨まれた蛙のように、視線が外せなかった。伊衛門の云うままに、単を落とし、背なの桜を晒す。


*これより先、15禁。御承知の上おすすみください。

伊衛門が背に唇を落とした。そのまま、這う舌の感触に、思わず背が震える。
「お前は、もう俺に興味は無いのかと、」
やっとそれだけを吐き出した陣三郎を、伊衛門は笑った。
「馬鹿な。可愛いお方だ。この欲を抑えるのに、どれほどの力が要ったことか」
晒した胸と、裾を掻き分けてたどり着いた場所へと、伊衛門の指が這う。
「もう逃しませぬ。もっとも、逃れられもしませぬな。貴方さまの背に彫ったのは、桜だけではなく、私の象徴」
煽り立てる手管に逆らうような真似はしない。もう、それは無駄だと気付いているからだ。
「最初に云った。好きにするがいい」
伊衛門の象徴と云うのは、蝙蝠のことか、それとも蜘蛛か。しだれ桜の下に付け加えられた絵を、思い起こす。一度だけ鏡で彫り師が見せてくれた。どちらも夜の眷属だ。
まるで、妖かしのような、この主人には相応しいものに思える。
ゆっくりと主人の指が陣三郎の中を探った。
「ふ…ッ、」
思わず漏れた声は、主人の深い口付けに吸い取られる。
「可愛らしいお方。今日こそ私のものになっていただきましょう」
耳朶を噛まれ、囁かれる声に、躯の奥が震えた。
「ふふ。もう欲しいのですか?」
その躯の応えを、逃す伊衛門では無い。残酷に奥を犯していた指の代わりに、伊衛門自身が押し当てられる。
一気に奥まで貫かれ、陣三郎の背がしなった。
しだれ桜の枝が揺れる。汗が飛び散る様は、まるで桜の花が散るようだ。
「あ、ッ、く…、」
久しぶりの情交に、感覚が追いつかない。先を求めるこころと、慣れぬ躯の裏腹さに振り回され、陣三郎は苦鳴を隠しきれない。
「もうすぐ、良くなります。今宵は朝まで可愛がってあげましょう程に」
耳に囁かれる伊衛門の声が甘く響いた。


伊衛門が、陣三郎の元を去ったのは、もう、夜も白みかけるころだ。
「もう、小僧が起き出してきます故」
襟元を調えた伊衛門に、先ほどまでの激しい情交の名残は無い。
陣三郎は、頭を振って、身を起した。
背なの桜が揺れる。まるで、陣三郎が動くたびに、枝が風に揺らぐような動きを見せるのだ。
名残惜しげにそれを眺めた伊衛門は、ぱたりと襖を閉じる。
朝もやの中に、藤の香りが微かに漂っていた。


<おわり>


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~ Comment ~

Re: キレイ、キレイです!

アドちゃん>
綺麗な中に、暗い影を落とす話にしたいな、と思っています。
うっとりしていただけで、満足です!
[2009/04/30 20:42] 真名あきら [ 編集 ]

キレイ、キレイです!

全編通して、ずーーーっと、美しい。
一瞬たりともゆるまず美しい!!

うっとりしました。(>_<)
[2009/04/30 11:26] アド [ 編集 ]















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