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武士の背中<伍> 

小僧たちへの手習いを終えた陣三郎は、店の横に位置する離れで様子を伺いつつ、書見をする。
大勢の手代たちが客の注文を伺う、店先の賑わいと、隣に位置する小部屋の上客の上品な笑い声。どちらも、絶える事が無い。
繁盛しているのは、傍目で見ても判るというものだ。
その中でも、不審な動きをする客は無いか、妙な騒ぎは起こっていないかと耳を澄まし、気配を探る。
一応、表向きだとしても、陣三郎に与えられた役割は『用心棒』だ。
それを果たすことは、陣三郎の矜持を保つために必要であった。例え、主人の気まぐれで飼われる身だとしても、そこに自分の身以外の価値は見出したい。
既にそう思うことが、主人の思う壺なのかもしれないが。


「先生。いらっしゃいますか?」
襖の向こうから声を掛けたのは、主人の伊衛門だ。
「ああ」
短い返答を受け、改めて、すいっと襖が開いた。
「申し訳ありませんが、父があじさい市に出たいと申しております」
「今からか?」
夏も近い。日が高くなってから出掛けるのでは、老体で、ほとんど奥に引っ込んでいる伊衛門の父親には、きついのでは無いだろうかと、陣三郎は怪訝な声を上げてしまった。
「駕籠は呼びましたし、あまり早いと人出が多ございますもので」
「確かに」
市は早いうちに賑わうのはどこも同じだ。ゆっくりしたいのなら、確かに駕籠で出掛けるようなものは、こんな刻限になるのかもしれない。
「申し訳もございませぬ」
「いや」
駕籠で出掛けるとなれば、店の小僧や手代などでは着いて歩くのも必死に違いない。自分が行くのが当然だろうと、陣三郎は腰に大刀を挿した。


「すみませんな」
「いや、かまわぬ。このような時の為の俺であろうしな」
老体で奥に引っ込んだきりだと聞いていた伊衛門の父親は、存外にかくしゃくとしており、まだ隠居生活に入るには、早いのではないかと思われた。
駕籠の外を歩く、陣三郎に掛ける声もしっかりとしており、駕籠を降りて、市を歩く姿も背筋がぴんとたっている。
市の中でも、もっとも大きな店で、立派なあじさいを買いこむと、陣三郎を伴って、昼餉を取りに料亭の部屋へと上がった。
あじさいを日本橋へ届けるように命じるときも、料亭の部屋を取るときも、それが予めの行動であったことが判る。
成程、身代もちの買い物とはこういうものかと、貧乏育ちの陣三郎は、妙な感心をしてしまう。
「さ、先生。一献いかがですか?」
酒を勧められ、それに妙に重なるものを感じはしたが、要らぬ心配だと、注がれた杯をほした。
仕草や、物言いが、いちいち伊衛門と重なるのは義理とは云え、親子だからなのか。
伊衛門が、本当に隣家の伊乃四郎であるのならば、どういったいきさつで端午屋の養子になったのか。あの夜の後、伊衛門は何も無かったように接してくる。
それに、陣三郎は戸惑い、今では、あの夜のことは、自分の都合の良い夢想だったのではないかとさえ、思えてきていた。
「先生は、あれのことをどうお思いですか?」
「あれ、とは?」
老主人の云う事は判っていた筈だが、態と聞き返す。
「おとぼけは止してくださいませ。先生は、あれと一生連れ添う気がおありか?」
「連れ添う?」
意外な言葉を、鸚鵡返しに問うた。
「今はあれは、貴方様の身だけで満足しておりましょう。ですが、あれは業の深い男です。そのうち、貴方様自身を求める事になりましょう」
老主人は眼光も鋭く、陣三郎の瞳を見据える。
同じ家の中で行われている養子の行状を、見てみぬフリは出来なかったとみえる。
「連れ添えば、おぬしが困る事になるのでは無いか?」
それを見返しながら、陣三郎は新たに注がれた杯を飲み乾した。
「あれに跡を継がせる気はございませぬ。御安心くださいませ」
うろんな目で、陣三郎は老主人を見上げた。
養子にまでしておきながら、跡を継がせる気が無いとはどういうことだ?
「今、先生の使っている離れは、私があれのために用意したものでして」
老主人が語る昔語りは、そんな言葉で始まった。
「松谷家には、私の父がお世話になっておりました」
松谷家とは、伊乃四郎の実家である。お目見え以下の陣三郎の実家などとは比べ物にならないような、御大身の旗本であった。
端午屋の父親は、その名の通り、節句の染物職人であった。もちろん、何人もの職人たちの棟梁であり、職人と云っても、代官の家に節句ののぼりを届けるような家柄である。
それが、ある年に川が氾濫を起し、すっかり様相が変わった地元では、あと数年の間は染物が出来ぬと、ありったけの反物を抱えて、江戸へ売りに来たのだ。
だが、出入りの反物屋などいくらもある江戸のこと。端午屋の父が、商家や武家屋敷で、門前払いを受けていたのを、目に留めた松谷家の奥方が屋敷に招きいれたのである。
しっかりとした造りのそれを気に入って、松谷家の奥方がそれを身につけるようになると、あっという間に、派手な染が売りの端午屋の反物は人気となった。
地元の川が収まり、再び染を開始すると、順調に端午屋の身代も育っていく。
今では、日本橋に店を抱えるような、大店だ。
それは、息子である老主人の代になっても続き、老主人には娘も生まれ、いずれ店の誰かを婿にと考えるようになった。
「そんな折でございます。松谷様が改易になったと聞きおよびましたのは」
松谷は切腹。奥方は尼になり、息子の伊乃四郎は飛騨へと流された。
「あのままでは、いずれ、坊主にでもなるのは目に見えておりましたもので」
「よく、代官が承知したな」
やっかいとはいえ、預かりものだ。勝手には出来ない筈である。
「地獄の沙汰もなんとやらと申しましてな」
にやりと老主人が癖のある笑みを浮かべる。何処と無く、それも伊衛門に似ている気がするのは気の所為か。
「私は、客として迎えるつもりでしたが、あれは承知をいたしませんで。仕方なく、商売やら、商家の言葉遣いやらを仕込みましたところ、これが下手な小番頭より覚えが良うございまして。今ではすっかり楽をさせていただいておりますよ」
「そのまま、伊衛門に嫁をとろうとは思わぬか?」
陣三郎の疑問に、端午屋は目を見開く。まるで、そのようなことは考えてもみなかったと云った顔だ。
「そのようなこと、あれは承知いたしませぬよ。貴方様の背に彫り物までしたのは、そのためでございましょう?」
老主人に、そこまで云われては、さすがに尻のすわりが悪い。居心地の悪そうな陣三郎を慮ってか、端午屋がぱんと手を叩いた。
「駕籠を呼んでおくれ」
すっと襖が開いて、女将が顔を出す。それに帰る旨を伝え、端午屋も腰を上げた。


「どうかなさったのですか?」
伊衛門が覗き込んでくる。情交の最中に気もそぞろであったのだから、気付かない方がどうかしてはいるのだが。
「いや。おぬしは嫁を娶る気は無いのかと思うてな」
「嫁?」
陣三郎の頭の中を、最後に交わした端午屋の言葉が廻る。

「もし、あれと一生添う気が無いのでしたら、早う袖にしてやってはくださいませぬか。そうせねば、あれは貴方様と己の生きかたを、蔑ろにしてしまいましょう」

陣三郎が、自ら身を引くことが、伊衛門の為だと云われているような気がした。
「嫁など、娶りませぬ。それとも…」
「伊衛門?」
声の調子が変わった気がして、陣三郎が振り返る。
その唇を、噛みつくように奪われた。
「嫁でも娶れば、俺のお前に対する執着が止むとでも思うたか?」
貪るような口付けの後、伊衛門はじっと陣三郎を見つめてくる。
再び、肌に落ちる唇に、陣三郎は逆らわずに身を任せた。

庭に運び込まれたあじさいの花が風に揺れる。


<おわり>


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~ Comment ~

Re: そりゃ~♪

はじめまして。初コメありがとうございます!
漢受けの、オヤジ受けというものですが、楽しみにしていただいているようでありがとうございます。
連載はあと、数回で終わりの予定ではありますが、それまでお付き合いくださいませ。
[2009/05/17 22:49] 真名あきら [ 編集 ]

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[2009/05/17 02:18] - [ 編集 ]

Re: あ~~~もう!

さて、そのつもりはある旦那と、続く筈が無いと思っている用心棒。負けるのはどっちでしょう?
[2009/05/16 10:49] 真名あきら [ 編集 ]

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[2009/05/15 19:11] - [ 編集 ]















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