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武士の背中<七> 

「失礼いたします」
遠慮がちな声に、陣三郎は書見をしていた本から顔を上げた。
「入ってもらって構わぬ」
許可を得て、襖を開いたのは、雛も稀なる美女、伊衛門の義妹・初である。
しかも、今日は、白無垢に身を包み、高島田に結われた髪には伊衛門が作らせたきらびやかなかんざしが、華を添えていた。
「おお。美しい花嫁だ。これは伊衛門も自慢であろう」
「先生」
思わず、陣三郎が素直な感嘆を漏らすと、初の頬がほんのりと染まる。
「御挨拶を述べに参りました」
深く頭を下げる初に、陣三郎が居住まいを正す。
「いろいろとお世話になりました。私は、縁あって佐久蔵さまに嫁ぐこととなりました。これから共に店を守って参る所存でございます。これからも、なにとぞ、先生のお助けを頂きますよう、お願いを申し上げます」
型どおりの挨拶を述べる初に、陣三郎は微笑んで頭を下げた。
「私のようなものにまで、過分な挨拶、かたじけない。微力ながら力を尽くさせていただこう」
初は、店の小番頭、佐久蔵と一緒になるのだ。伊衛門は、そのうち二人に店を譲るつもりであるらしい。伊衛門には跡を継がせるつもりは無いと云った、老主人の言葉は真実であった訳だ。
初の婿が家を継げる程の実力をつけるまでの繋ぎといったところなのだろう。
「先生」
すっと顔を上げた、初が、陣三郎の顔をじっと見つめる。
「兄様を、どうかよろしくお願いいたします」
意を決したように、そう云うと、初は深々と頭を垂れた。
「初殿」
嫁ぐ妹の願いとしては、異様なものだが、ここでうなずかねば、初はいつまで経っても頭を上げないに違いない。
「解った。伊衛門のことは任せるがいい」
「ありがとうございます」
複雑な胸中を押し隠し、そう云った陣三郎に、またしても初は深々と頭を下げる。それを上げさせて、控えている女中頭を呼んだ。
「花嫁が、こんなところに何時までもおるものではない。端午屋や、伊衛門に挨拶は済んだのか?」
「はい。もう済ませました」
可愛らしくうなずく初を女中に預け、離れの襖を閉じる。
そのまま、襖の向こうに離れていく気配を追いながら、陣三郎はため息を付いた。
『兄様を』という言葉に、どれほどの真実が隠されているのか、陣三郎はしかとは確かめられない。というか確かめることが怖かった。
「あにさま、か」
兄と云うその響きで思い起こす人間はふたり。
母親違いの弟と、念兄であった伊乃四郎だ。伊乃四郎とも弟とも、何時か袂を分かつ時が来るだろうとは思っていたが、今現在、自分は家から出奔する形で弟と離れ、名を変えた伊乃四郎とは妹背を契る仲だ。
納得をした訳では無いが、初や端午屋の真っ直ぐな視線を裏切ることは出来ない。
おそらくは、このまま、伊衛門が飽きてくれるのを待つだけだ。
いや、それだとて己に対する言い訳だと判っていた。伊衛門から離れたくないのは、おそらくは自分自身だろう。
初が店を継ぐのだと聞いて、胸を撫で下ろした己がいることを、もう誤魔化すことは出来なかった。


高砂の唄が母屋から響いてくる。
朗々とした唄声には、聞き覚えが無い。親戚筋の誰かか、それとも、仲立ちを頼んだ商売上の付き合いの相手か。
陣三郎は、その声に目を閉じて聞き入る。
「兄上」
木戸から掛けられた遠慮がちな声は、いつもならば聞き逃してしまうような声であった。
だが、母屋から流れてくる高砂の声以外、しんとした庭に、その声は妙に響き渡る。
「兄上」
もう一度呼ばれて、陣三郎は腰を上げた。
木戸を開くとそこに、自分に似た面差しの弟が立っている。
それを離れへと招き入れた。
「婚礼だと伺ったので、兄上と話せるのはおそらく今日しか無いと…」
正面に座った弟が口を開くのに、陣三郎は開いた襖から庭へと視線を移す。
思い悩んでここまで来たのだろうか。伊衛門は弟に会ったとは云ったが、それ以上のことは聞いてはいない。
「伊衛門と会うたそうだな」
「はい。兄上を家に帰す気は無いと申しておりました」
「そうか、他には?」
伊衛門は、何処まで弟に話したのだろうか? 
「母上と兄上の確執も知っていると…。隣家に出入りの商人ならば、当たり前なのでしょうが」
どうやら、伊衛門は己が伊乃四郎であることは話さなかったらしい。
「母上はどうだ?」
問われて、弟が口ごもる。
「はっきりと申せ。今更のことだ」
多分、義母は喜んでいるだろう。妾の子とは云え、長男がいれば、自分の子を跡継ぎには出来ない。それが、公明正大に消えてくれたのだ。
「はい。私の嫁取りの話を強引に進めております。このままでは、兄上がお帰りになっても、身の置き場がございませぬ。何卒、今のうちにお帰りを…」
弟は、いつも陣三郎を慕ってくれた。今でも、陣三郎が跡を継ぐのが当然だと考えているようだ。
だが、残念だが、弟の期待には添えぬわが身を、陣三郎は知っていた。
「俺は家には帰らぬ。いや、帰れぬ」
「兄上。母上は私が何とかいたします。どうか、お帰りを」
義母を抑えてみせると、弟は云う。だが、もうそういう問題では無かった。
「母上を抑えてもらう必要など無い。俺には帰れぬ訳がある」
「兄上…」
眉を寄せる弟の前で、着流しを落とした。
背には一面のしだれ桜。肩越しに振り向いた陣三郎の目には、刻まれたそれを、呆然と眺める弟がいた。
「あ、にうえ…、何ゆえに」
「背なにこのような彫り物をした男を、義母は家には入れぬだろう。親戚だとて、判らぬな」
親戚筋では、陣三郎が家を継ぐのは当たり前だと云う風向きもあったが、この彫り物を目にすれば、みなの目も変るに違いない。
「お前は忘れるがいい。俺も忘れる」
襟を正した兄のその姿を、弟はすがめるように見やる。
これが、最後だと、どちらからともなく思った。
「兄上。しばしの別れでございます」
「達者で暮らせ。嫁を貰い、家を守るがいい。それが、お前の役目だ」
背負うべき重荷であったのかもしれぬ。だが、それを背負うことは許されぬ身だ。
「御免」
頭を垂れて、出て行った弟を、陣三郎は見送りはしない。背を向けたまま、その気配だけを追った。
婚礼の宴は未だ続いている。にぎやかな声が、母屋から響いていた。


酔った伊衛門が、襖を開いたのは、夜半を過ぎてからだ。
倒れこむように、陣三郎の膝へとしなだれかかる。
「足元もおぼつかぬでは無いか」
陣三郎が立ち上がり、水差しを取ろうとするのを、伊衛門の腕が捉えた。
「先生、ここに誰か参りましたか?」
「ああ。初殿が挨拶に来られた。美しい花嫁御寮であった」
さぞ自慢だろうと匂わせるが、伊衛門は陣三郎の口を、己のそれで突然に塞ぐ。
吐息ごと吸い取るような口付けに、陣三郎の息が上がった。
「誰が参られた?」
そう聞かれて、目を伏せる。どうやら、嘘はつけぬらしい。
「弟が訪ねて来た。もう帰らぬと申し渡した。二度とくることはあるまい」
そう告げた陣三郎に、伊衛門はむしゃぶりついた。
押し倒され、単を剥ぎ取らんばかりに広げ、口付けを落とす。

三味の音が、母屋から流れてくる。
祝い酒交じりの無礼講は、まだまだ続いていた。


<おわり>


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~ Comment ~

Re: (´;ω;`)ブワッ

切ないですか?
これで伊衛門は心置きなく、陣三郎との恋に走るつもりですよ。こいつ。
[2009/06/06 11:30] 真名あきら [ 編集 ]

(´;ω;`)ブワッ

妹夫婦と伊衛門カップル、光と影という感じでなんとも切ない!!
賑やかな婚礼の宴を遠い背景に、静かな部屋で恋の炎を燃やす伊衛門と陣三郎・・・
哀しいけど萌える!!!o(>∀<)o
[2009/06/01 11:16] りずむ [ 編集 ]















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