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転げ落ちた後で<2> 

「鈴木。終わったか?」
「ああ」
今現在、さして急ぐ物件は無い。クライアントに迷惑を掛けない限り、無理な残業をさせないのは渥美の主義だ。
営業の田沼部長は、部下の功績はすべからく自分の功績、部下の失敗は自分の責任ではないという、大企業にありがちな、よくいるタイプのありがたくない上司の典型だが、今年一杯で定年退職の予定だ。次席にと噂されているのは、営業部を二分する、営業課と企画課のそれぞれのTOPである。
鈴木と渥美は、連れ立って駐車場へと向かった。
表の出入口は、受付が帰社した時点で、とっくに締まっている。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。営業のフロアはもう誰もいないから」
ガードマンに声を掛け、裏口から出た。
目指すのは、一番奥に止めてある、渥美のセルシオだ。
だが、いつもならば誰もいない筈の駐車場に人影がある。車通勤が許されているのは、営業課と役付き以上である。営業部が帰った後であれば、誰もいない筈なのだ。
渥美は、鈴木の薄い身体を、自分の背に庇う。
「誰かいるのか?」
「渥美部長!」
そこには、今日、転職してきた渥美の元部下・風見の姿があった。
「風見。お前、何故?」
「部長を待っていたんです!」
車のところでずっと待っていたのだろう。走り寄ってきた息が弾んでいた。ごそごそとポケットを探ると、両手ではいっと元気良く差し出す。
何処と無く、その姿がご主人様にボールを持ってきた犬に似ている気がして、鈴木は渥美の身体の影に隠れて、笑いを堪えた。
「だから、部長は止めろって。何だ? これ」
「お誕生日、おめでとうございます!」
良く見ると、差し出された包みには、光沢を抑えた、品の良い茶色のリボンが掛かっている。
ちなみに渥美サクヤは今年、三十八になる大の男だ。
母親が死んでこの方、誕生日なんぞ祝って貰ったのは、それなりにモテる男だった独身時代だけだ。
第一、祝ってもらっても嬉しい年ではとっくに無い。
「あ、今日だと思ったんですが、違いますか?」
何時までも受け取ろうとしない渥美に、風見はスリムな長身をちじこまらせて、しゅんとなっている。
「いや、こんな高価なものは……」
受け取れないと続けようとした渥美の言葉が、頭を垂れている風見を見て止まった。
それなりの華やかな感じの顔が、しゅんとなっている様は、まるで大型犬がしかられるのを待っているように見える。
鈴木は、とうとう堪えきれずに噴出してしまった。
「受け取ってやれよ? 今更返されても困るよなぁ?」
くすくすと忍び笑いを漏らしながらではあるものの、最初は渥美に、後半は風見に向けての言葉だ。
「解った。風見、今から暇か?」
「はいッ!」
ぱぁっと明るい表情で顔を上げた風見が、元気一杯にうなずいた。
「就職祝いに奢ってやる。乗れ」
渥美が後部座席を指し示すのに、素直にセルシオのドアを開いて乗り込む。
それを見届けて、鈴木のために助手席のドアを開いた。
相も変わらず、礼も云わずに鈴木が乗り込むと、そっとドアを閉じて、運転席に廻り、セルシオを発進させる。
「鈴木。何でもいいか?」
「ああ。俺より、後ろに聞けよ」
鈴木の言葉に、渥美が後ろを振り返った。
「風見、何が食いたい?」
「何でもいいです! あ、出来れば肉が…」
率直に云う風見に、助手席の鈴木がまた噴出す。
「肉か。お前、知ってる?」
「ステーキなら橋向こうの安東だろ」
「了解」
鈴木の指示で、車は方向を変えた。
風見は後ろから、軽くステアリングを切る渥美と、部下らしい男を見比べる。
風見の元上司である渥美は、かなり出来る男であった。
入社した当時には、もう結婚していたが、古株に聞くと、かなりのモテモテぶりだったようだ。
営業でも一二を争う成績を上げ、元モデルだったという噂もあるほどの、美男だったのだ。当然、女が放って置く訳が無い。
上司に見込まれ、娘婿に望まれるのも当たり前だろう。
部長に昇進してからは、部下の能力を見極め、仕事を効率的に割り振り、出来れば必ず手放しで褒めてくれた。しかも、口だけでは無く、きちんと評価と査定をしてくれる理想的な上司。
一番の出世頭だと云われたのも、決して専務の一族であるからと云うわけでは無い。
妻の浮気が発覚したときも、その地位にしがみつくことなく、すっぱりと会社を退いた。
そして、新しい会社でも、やはり頭角を現してきていると聞いて、矢も楯もたまらず、転職してきてしまった。
風見の知っている渥美より、数年、年は取ってはいるが、以前と変らず、いや、年を取って落ち着きが増した分、カッコよくなった。中年太りする気配など欠片も無いし、女性社員にも、絶対にモテている筈だ。

なのに、何でこんな奴と一緒に食事に出たりしてるんだろう?

風見は、まじまじと助手席に座る男を観察する。
渥美と話し方は対等な感じだから、会社では上司と部下だが、私生活は友人と云ったところだろうか。
だが、渥美は全てに置いて、この男に気を使っている感じがする。
痩せて不健康な顔色と、全てにおいてたるそうな動き。なのに、目付きだけは鋭くて、ノンフレームのメガネの下から、見透かすようにこちらを見る。
――――苦手なタイプだ。
確か、営業部の香坂と一緒に仕事の打ち合わせをしていた。
「着いたぞ」
渥美に投げかけられた声で、風見は我に返る。
ドアを開けて、駐車場へ降り立つと、またしても渥美が助手席のドアを開いているのが見えた。
まるで、それが当たり前であるかのように、鈴木は渥美を一顧だにせずに車を降りる。
しかも腹立たしいのは、それを渥美が『当たり前』として、許容しているところだ。
店に入ってからもその状態は続いていて、主に会話をしているのは渥美と風見で、鈴木は決して会話には入ってこようとしない。もっとも、話題は主に前の会社についてだったから、解る筈も無いのだが。
鈴木はひたすら無言で食事をしている。しかも、一口二口くちをつけたものを、渥美が引き寄せて、食べると云った具合だ。
その仕草が自然なところを見ると、いつもこういう食事らしい。どうりで、渥美が前菜しか頼まなかった筈だ。
口調だけは楽しげに会話をしながらも、風見はムカついて仕方が無かった。


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