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転げ落ちた後で<3> 

「ああ。鈴木さん? 一緒にメシ食ったの? 驚いただろ?」
香坂は、途中入社の風見の教育係だ。
「何すか? アレ。ダイエット中の女みてーな…」
「仕方ないよ。鈴木さん、胃が半分しかないんだって」
「え?」
「それで、渥美課長といつも一緒にメシ食いに行くんだよ」
「いつも?」
胃が半分というのは、癌か潰瘍で悪くして切ったと云うことだろう。それで食事のときに残り物を渥美が食っている訳は解ったが、いつも一緒に行くということだろうか?
「ほぼ毎日じゃないかな? 独り者同士で、誰が待ってる訳じゃないと、面倒になるのは解るしな」
「渥美ぶちょ、いや、課長って恋人はいないんですか?」
毎日、あんな男と付き合ってメシ食ってたら、恋人なんて出来ないじゃないか。これは、渥美のためにも良くない。
「いないんじゃない? いたら、あんな風に鈴木さんと一緒にメシ食いに行かないだろ?」
香坂の意見はもっともだ。だが、何故に鈴木なのか?
「あ、そうだ。これ、鈴木さんに届けてくれない? 昼までに見て欲しいって、俺が云ってたって」
ばさりと香坂に渡されたのは、分厚い書類の束だ。ぱらぱらとめくると、ドイツ語で書かれているらしいことが判る。
香坂は、そこで話を切り上げ、残った缶珈琲を飲み干すと、デスク上のパソコンに向かった。
「はい、分かりました」
渥美に会えるのは嬉しいが、正直、鈴木への届け物は気が進まない。もっとも、即戦力の中途入社とは云え、新入社員にはかわりが無い。渋々ではあるが、風見は腰を上げた。

「すみません。これを香坂さんに届けてほしいと云われたんですが」
「ああ」
悪いなでもありがとうでも無い。鈴木の返事は簡潔なものだ。
「それで、昼までに見て欲しいって伝えてくれと言付かったんですが」
「昼までは掛からん。十分待ってくれ」
メガネのブリッジを押し上げると、分厚い書類のファイルに目を落とす。
すばやくファイルをめくり、パソコンに向き合うことも無く、片手で打ち込みをしていたかと思うと、即座にプリントアウトされた書類を手渡される。
「香坂に渡してくれ。判り易くはまとめたつもりだが、疑問があったら聞いてくれ」
それだけ云うと、再び別の書類に向き直ると打ち込みを始めた。
風見はあっけに取られて、手元に渡された書類を見つめる。
緑化プラントに使える新植物に関する、どこぞの研究発表であるらしいことは、辛うじてファイルの表紙に打たれたドイツ語から想像できるが、中身については、まったくと云っていいほど、解らない。
それが、鈴木はこの十分程で読みながら、中身を要約したらしい。
はっきり云って化け物だ。
「それ、香坂、急いでたから。早く渡してやってくれ。多分、午後の会議に使うはずだ」
鈴木は、風見の方をちらりとも見ずに、云う。
「あ、ありがとうございました!」
頭を下げると、急ぎ足で営業課へと戻った。途中、留守をしていた渥美が戻ってきていたのすら気付かなかったのだから、受けた衝撃の程が知れる。
「あの、香坂さん。行ってきました。これを渡して欲しいそうです」
「すげ、早いなぁ。さすがだよ、鈴木さん。ラッキー!」
ファイルの束を見た香坂は、素早くその意味を理解した。ということは、これが通常の状態だと云うことだ。
「さすがに研究発表になると、言い回しが独特すぎるし、専門用語多くて、理解できないんだよなぁ」
「一体、あの人って、どういう人なんですか?」
好奇心を抑えきれず、風見は突っ込む。少なくとも普通の会社の勤め人だとは思えない。
「我が社の翻訳担当かな。しかも、ちゃんと中身が解った上で訳してくれるから、解りやすいしな。営業部と研究室の橋渡し役も兼ねてる」
「研究室の中身が解ってるってことですか?」
「もちろん。工科大大学院卒の元研究員だからね。俺もあの人には随分と助けられてる」
香坂がニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。要は、鈴木を馬鹿にしたような、風見の態度が許せなかったのだろう。
「これに懲りたら、見掛けで人を判断するようなことはしないことだ」
受け取ったファイルで、頭をぽかりと叩かれて、風見はむっとはしたが、反論はせずに黙り込んだ。
それだけ大事にされている価値はあるということらしい。
だが、いくら仕事が出来るからと云って、何故に渥美があそこまでかしずかなければならないのか。
尊敬する渥美の態度に、何処か割り切れないものを感じつつ、これは自分なりに、仕事に対するアプローチの仕方を考えなければならないと、改めて考える風見だった。


「渥美課長。質問があるんですが、よろしいでしょうか?」
「ああ。入れ」
昼休みになると、風見は企画課に現れるようになった。企画課で企画した営業のパテントについて、細かな質問を持ってくるようになったのだ。
正直、研究室が絡むものだと、確かに質問は企画課へ持ち込んでもらう方が話は早い。
「これなんですが、ここの表現がちょっと解らなくて」
「うん? ああ。これな」
渥美も風見を可愛がっているらしく、真摯に質問に向き合っている。もちろん、渥美はどちらかといえば、部下の面倒見は非常にいい方だ。だが、休み時間はきちんと取らせたがる方なので、休み時間を潰してまで付き合うと云うのは珍しい。
しかも、どんなに専門外でも、休憩中の質問は、絶対に鈴木のところには持ち込まない。
「ありがとうございます! お昼食べに行く時間無かったですよね? 良かったらどうぞ!」
差し出された、某コンビニの『こだわりのおにぎり』のシリーズが、いくつか入れられたビニール袋を、渥美は笑って受け取った。
昨日、昼を食いに行けなかったと云ったのを覚えていたのだろう。
昔から風間は物覚えが良かった。教えたことは聞き逃さず、熱心で真面目で礼儀正しい。しかも、上司として最大限の尊敬を与えてくれる。これで可愛くないなどと云う奴がいたら、お目にかかりたいくらいだ。
「じゃ、お手間取らせました!」
ぺこりと頭を下げて出て行く風間の腹から、きゅるりと音がする。
「おい、お前も昼、食ってないんだろう?」
聞きとがめた渥美が、呼び止めた。
「一緒に食え。どうせ、お前のことだ。多めに買ってあるんだろう?」
「はいッ!」
にこにこと笑った風見が、パイプ椅子を引き寄せて、渥美の向かいにちょこんと腰掛けた。その様子も、大型犬がしっぽをふっているように見えて、何処かほほえましい。
「課長、お茶入れますね」
企画課の女子社員は二人。おとなしやかな外見に似合わず、非常に大胆な企画を発想する山崎と、事務担当の村山がいる。
珍しい事に、昼休みにも関わらず、お茶出しを買って出た村山が、すばやくお茶を入れるのを横目で見ながら、これまた珍しく人のことには無関心な鈴木が、ぼそりと呟いた。
「いい男にはサービスがいいのは、うちの伝統か?」
「もう、そんなんじゃありません!」
耳ざとく聞きつけた村山が反論する。
「そう云えば、下山も香坂が来ると、よく茶入れてたなぁ」
「そうそう」
昼に行っていないのは、既婚の弁当組だ。さっそく、オヤジらしいセクハラをかましてきた。下山裕美は村山の前に企画課で事務をやっていた女性社員で、営業部の香坂の妻である。香坂は当時から鈴木を頼ってくることが多く、いつも香坂に茶を入れていたのが、下山だと云うのは、企画課の連中ならば誰でも知っていた。
「二匹目のドジョウか。確かにお買い得物件だぞ。真面目だし頭もいいし、礼儀正しい」
渥美が笑って、村山の尻に伸ばした手を、村山は持っていた盆でばしっとガードする。
「課長と違って?」
「そうそう」
にっこりと笑って、キツイひとことを吐く村山に、渥美が痛む手を押さえながら、笑ってうなずいた。
それを冷たい目でちらりと見やった鈴木が、メガネのブリッジを押し上げると、呆れ返ったかのように視線を外す。
呆気に取られているのは、風見だ。
他の社員たちが笑いとばしているところを見れば、これが通常状態なのだろう。
こんなセクハラをするような男では無かった。女子社員から迫られることはあっても、女子社員に迫るような野暮なことは、決してしなかったはずだ。何が渥美を変えたのか。
風見はわからないままで、昼の食事は、ほとんど喉を通らなかった。


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