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転げ落ちた後で<4> 

「あの、すみません。いいですか?」
残業中の企画課に顔を出したのは、風見だ。
「何だ? 風見。昼の続きか?」
「あ、はい。ここの所なんですが…」
またしても、質問を持ち込んできたらしい。
帰り支度を整えていた鈴木に待っているように、と手で制して、渥美は再び席へついた。
「あ、これは、鈴木の方が詳しいな。ちょっと見てやってくれ」
「ああ。どれだ?」
立ち上がった鈴木に、渥美はさっと椅子を譲る。どっかりと課長机に腰を下ろした鈴木は、さっと風見に向かって、無言で手を差し出した。
『ファイルを寄越せ』ということかと判断して、風見が手渡すと、これまた無言で読み始める。
「何処だ?」
読みながら、睥睨するように云われて、さすがにむっとした風見が、ファイルを奪い返した。
「結構です。自分で調べる事にします。お忙しいところ失礼しました」
突然、かばりと頭を下げて出て行く風見を、鈴木は何事が起こったのか解らず、ただ呆然と見送る。
慌てたのは渥美だ。
「おい、風見!」
足音も荒く歩いていく風見の肩を捕まえる。
「一体、どうした? お前らしくも無い」
「らしくないのは、部長です! 何であんなセクハラなんか…」
呼び名が部長に戻っていた。これは平静ではないと、さすがの渥美も気付く。
「まぁ、らしくないか」
これは本格的に話す必要がありそうだ。席に放ってきた女王様は気に掛かるが、とりあえず、こっちを納得させないと、戻れもしない。
「まぁ、アレは自己防衛でもあるんだがな」
「自己、防衛…?」
「前の結婚で痛い目見たからな」
渥美の以前の結婚相手が、菱友化学の専務の娘だったのは有名な話だ。
「派閥って奴は、結構不自由でな。俺は専務派で、出世の一番乗りを求められてた。あの女は嫌いじゃなかったが、好きでも無いって程度だったが、気付いたら外堀埋められて、結婚しなきゃいけない事態になってた訳だ」
苦い顔をした渥美に、これは地雷だったのだろうかと、風見は奥歯を噛み締める。
「まぁ、俺もどうでもいいと思って、出世に吊られて結婚したんだが、当然、奴にはそんなのは見透かされている。挙句にあてつけの浮気で、出世の道は絶たれて、プライドはぼろぼろ。ここはやっと見つけた居場所なんだ。追い出される訳にはいかない」
ならば、余計に不味いのでは無いのだろうか? 今、セクハラはすぐに裁判沙汰になる。
「合点がいかないって顔だな。大丈夫だ、ちゃんと相手は選んでいる。その場で反撃してくるような相手ばっかりだ。男も女もお構いなしでやってるから、バイだってことになっているし。少なくとも、そんな危ない男は、いくら仕事が出来ても、派閥に引き込もうとは思わないだろう?」
風見が、ようやく穏やかな顔つきを取り戻した。
「納得したか?」
「はい」
「すまんな。それを聞きたかったんだろう? 察してやれなかった」
口実の質問に、あんな居丈高な態度で答えられれば、腹が立つに決まっている。華やかな顔でにこっと笑った風見の頭を撫でて、渥美は企画課へと戻るように促した。


「おい、鈴木」
企画課へと戻ると、鈴木は待ちくたびれたのか、課長机に突っ伏したまま寝ている。
揺らしても、起きる気配はまったく無い。
椅子から抱え上げようとする渥美に、慌てて風見が駆け寄った。
「俺が…」
自分の方が若いし、渥美より背も高い。そう思って申し出たのだが。
「いや、いい。それよりカバン持ってくれ」
そう云うと、さっと鈴木を抱え上げてしまった。いわゆるところのお姫様だっこ状態だ。
渥美と鈴木、あと自分のビジネスバッグを抱えて、後を追う。
エレベーターを押し、ドアを開き、車のドアを開けた。
「シート倒してくれ」
云われて、助手席のシートを倒す。
そこへゆっくりと、まるで壊れ物を扱うように、渥美は鈴木を寝かせた。
シートベルトを緩めに締め、渥美は運転席へと廻る。
「この時間じゃバスは捕まりにくい。乗っていけ」
埋立地にあるこの会社への足は、会社の前にあるバス停だけだ。
しかも、遅くなればなるほど本数は少なくなる。素直に勧められるまま、風見は渥美のセルシオに乗り込んだ。助手席のシートが倒されているので、眠っている鈴木の顔が良く見える。
対向車のライトが車内を照らす。渥美と同年代だろう。眠っていると、余計に不健康そうな顔色が目立つ。体毛が薄いのか、二、三日は剃っていなさそうな無精髭はあごに残っている程度だ。
メガネがずり落ちそうな感じがしたので、そっと外そうと手を伸ばすが、その腕をがっしりと掴まれた。
意外に強い力で掴まれて、驚いて顔を上げると、怖い顔をした渥美と視線が絡まる。
「あの、課長。痛いです」
「何をしていた?」
「メガネが落ちそうだったので、外そうかと」
何故そんな顔をされるのか判らずに、掴まれた腕の痛みを訴えた風見に、渥美は鈴木に何をしていたのかと詰め寄る。
「分かった」
納得したらしい渥美は、風見の腕を離すと、自分でメガネを外して、ダッシュボードへと放り込んだ。
後ろの車がクラクションを鳴らす。
渥美は、それきり無言で前を向いたまま、車を走らせた。

「ありがとうございました」
アパートの前まで送られて、頭を下げる。だが、渥美は何故か不機嫌なまま、それでもビジネスバッグを差し出してくれる。
「お疲れさん。おやすみ」
それだけ云うと、車を発進させた。
何処か渥美の様子が違う。
変ったのは、あのメガネを外そうとした時からだ。
まるで、大事なものを奪われまいとするような……。
そう云えば、抱き上げる時も、さっと自分で抱き上げていた。
「まさか、な」
渥美がゲイだとは聞いた覚えが無い。
第一、結婚歴もある。
よしんばゲイだったとしても、あの趣味は悪すぎる。
痩せて、無精髭を生やした、メガネの元研究員。若くも無ければ、美しくも可愛くも無い。
「まさか、だよな」
風見は呟いて、走り去って行く渥美の車を見送った。


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