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転げ落ちた後で<6> 

金曜の夜は、平均的に遅い。週末前とあって、何処の取引先も月曜の朝一で、などと云う極道な注文が入ってくるからだ。
今、何時だと思っているんだと怒鳴りつけたい気持ちを押さえ、こめかみに四つ角状態で、口先だけは愛想良く、注文を承る。
嫌味を云われつつ、倉庫と配送に伝票を廻し、ギリギリまで入ってくる注文に備えるのが、営業部の週末の締めの姿だ。
そこは部が違おうが課が違おうが、変りは無い。ここでミスれば明日の休日出社は確実。
しかも、この不況で残業もうるさくなっている。もちろん、休日出勤手当てなど付く筈が無かった。
「遅くなったな」
今日は、抱えている顧客の変更事項が、皆、月曜の朝一に集中してしまい、営業部はてんてこ舞だった。だが、その連中も一人減り、二人減りして、今では風見を残すのみだ。
隣の企画室にも、もう人は残っていないのを確認して、電源を落とす。
この時間は、警備員のいる裏口しか開いていなかった。
警備室に声を掛け、駐車場を見ると、まだ車が残っている。
「渥美課長だ」
営業課長は帰宅したし、部長は部下の残業に付き合うような人ではない。
こんな時間にいるのならば、もしかして送って貰えるかも。
と若者らしいちゃっかりさで考えて、渥美のセルシオに近づこうと足を速めた。
暗い駐車場。渥美のメタルグレイのセルシオは月の光を受けて、ぼんやりと光っている。
それに照らされるように二人の男が立っているのが判った。
薄暗い中でも、明らかな体格の違い。渥美と鈴木に間違いない。
その影がゆっくりと重なり合った。
「え?」
スーツを着ていても判る、細い腕が上がって渥美の頭へと廻される。
それを見た瞬間に、風見の足はその場へと凍り付いていた。
――――キス? え? 渥美課長が?
二つの影が名残惜しげに離れ、渥美が細い腕をそっと取ると、まるで貴婦人にするように、手の甲をささげもつとキスを送る。
そのまま、助手席のドアを開いて、うやうやしく頭を垂れる様は、何処かの高級ホテルのホテルマンの様だ。
「お待たせいたしました。女王陛下」
ふざけているのか、そういう声はよく通る。
「うむ。よきに計らえ」
それに応える声は、抑揚のない、ちっともありがたいとは思っていなさそうな、独特の声だ。
運転席へと廻った渥美が、車を発進させる。
あまり音のしない、綺麗なステアリングは、あの男への気遣いなのだろうか?
そのまま、出て行くことさえ出来ずに、風見は渥美の車を見送った。

「キス。してたよなぁ?」
バス停でバスを待つ風見の頭は、すっかり先ほどの光景が廻っている。
まさかと思っていた。
結婚もしていた(奥さんをみたことがあるが、ものすごいグラマーな美人だった)し、そんな噂も聞いたことが無い。
だが、この間の鈴木のメガネを触ろうとしたときの渥美の態度は、嫉妬だと考えれば、符丁が合うのだ。
にらまれるようなことをした覚えも無い。しかも、渥美は平静に普通に振舞おうとしていたが、妙に機嫌が悪かった。
「うわ~、信じたくねぇ」
あれで鈴木が、もっと綺麗な男だったり、可愛げがあったりすれば、男でもさすが渥美の選んだ相手だ。と思ったかもしれない。
だが、仕事は出来るが、高飛車だわ、抱き心地の悪そうなガリガリの身体だわ、おまけに無精髭とあっては、どう見ても渥美に相応しいとは思えない。
しかも、あれだけ大事に扱われていながら、それがさも当たり前であるかのような態度。
『女王陛下』と渥美は呼んでいた。
嫌味なのか、それとも本気でそう思っているのか。
「どっちにしろ、性質が悪いぜ」
つい考え込みすぎてしまったようだ。バス停に止まったバスが、短くクラクションを鳴らす。この時間は、これしかバスが無かった。
はっと顔を上げて、バスに乗り込む。
「あれなら、俺の方がマシじゃないか?」
呟いた風見には、それは非常に妙案に思えた。残業で疲れて頭がちょっとぶっとんでいたのかもしれないが。


鏡で己の顔を見る。髭を剃り、いつもより念入りに風見は自分の頭に櫛を通した。
ちょっと明るい栗色の髪と、同色の瞳。染めた訳では無い。色素が多少薄いのだ。
綺麗系の顔は、笑うと親しみがあると女の子たちは云ってくれる。
背が渥美よりも、少しだけ高いのが難点だろうか?
相手が高いと嫌がる男も多い。
スレンダーなボディは、風見の自慢だ。華奢な印象を与えるが、筋肉は付いている。
普段から身だしなみには気を使っているが、今日はより一層時間を掛けた。
スーツは細いラインの目立つイギリスブランド。靴も磨いて、ビジネスバッグにも皮用のクリームを塗る。
「よし!」
ベストの勝負服だ。
後は、渥美に懐いて懐いて懐き倒すのみ。
渥美は部下には厳しくて甘い。出来る部下になれば、大抵のことは聞いてくれる。
「頑張るぞ!」
握りこぶしを作った風見は、本気で渥美を口説き落とすつもりでいた。


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