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番犬の憂鬱<2> 

「こんちわー。羽間酒店です!」
「ああ、悪い」
「悪いね。急に配達なんか頼んで」
「いいえ。お得意さまからの注文は大歓迎です!」
突然呼び出された先は、以前までバイトをしていた酒屋だ。酒の種類が多く、かなりマニアックな品揃えの為、この辺りのバーやクラブから納品を求められることも多い。
どうしても時間が深夜になることも多いので、大学に入ると同時に別のバイトを探していたのだ。
ところが、俺の後にと紹介した友人は、あまり真面目な性質では無かったらしく、まだ高校生のもう一人のバイト君に無理を掛ける事も多いらしい。
それを見かねて、オヤジさんから時折呼び出しが掛かるのだが、そういう事情では俺も断りにくい。
配達を引き受けた先は、新宿の外れにあるゲイバーだ。
マスターとバーテンの二人でやっているこじんまりとした店だが、客筋がいいのか、かなりのいい品の配達が多い。オヤジが最優先にする客先のひとつだ。
「圭く~ん。おかわりぃ」
客らしい男の声が響く。
かなり酔っているのか、陽気な声だ。
「はい。真幸さん、今行きます」
「じゃ、またお願いします!」
店へと視線を戻したバーテンに、頭を下げる。だが、どういうタイミングか、頭を上げたとき、その客と目線がばっちりと合ってしまった。
「よぉ。上総じゃないか」
俺を認めて、声を上げた客。それは、誰あろう、人事部の出来る男。宮川課長その人だった。
「こっち来て呑めよ」
相当酔っ払っているのだろう。カウンターから立ち上がって、こっちへと歩みだそうとするが、その足取りも覚束ない。
「あ、いえ、課長。俺、まだ、バイトあるんで。失礼します!」
こんなところで捕まっては堪らない。俺は急いで逃げ出す事にした。幸い、マスターが宥めてカウンターへ着かせようとする傍ら、俺にウインクを寄越す。
さっさと立ち去れということだ。これはかなり酒癖の悪そうな部類と見た。
俺はその日の配達を大急ぎでこなして、さっさと羽間酒店へと立ち戻る。
オヤジが怪訝そうに見るのも構わず、俺は急かすようにバイト代を受け取って帰宅した。


翌日、出社した俺の心配は、二重バイトの件を咎められないかということだった。別段、禁止されている訳では無いが、ここへ雇われる際、空き時間は社へつめることが条件になっていたことを考えると、咎められても不審は無い。
「おい、上総。人事の宮川が呼んでるぞ」
内線を取った鈴木さんのキツイ目付きが、こちらをギロリと見るのに、俺は身を竦ませる。
「何だ。お前、何かやったか?」
「はい。まぁ…」
「人事の宮川は俺も苦手なんだ。首になるようなことは無いだろうが、虐められるかもな。まぁ、頑張れよ」
さらりとキツイことをのたまう鈴木さんに、俺は余計にげんなりとなって、企画課を後にした。
「上総です」
「ああ、入ってくれ」
人事課長席は、人事部の奥まった仕切りの中にある。この社では、別室を与えられるのは、部長以上だ。
人事で目にしたことは、絶対に外へ漏らさないのが、この課への採用条件だと聞いた。
今日も人事課長は出来るオーラを振りまき、きっちりとスーツを着込んでいる。昨日の酔っ払いと同一人物だとはとても思えない。
素通しのメガネを外し、手にした書類から目を上げた。
それが何処と無く剣呑な光を帯びている気がして、俺は目線を合わせられない。
「仕事はどうだ?」
「はい。頑張ってます!」
「いや、働いてみたら、何か不満があるとか、無理なことがあれば云ってくれ。善処しよう」
人を食ったような笑みで『善処』などと云われても、とても言い出せるものではなかった。こんな腹の探りあいのようなことは苦手だ。
「いえ。何もありません!」
「結構だ。帰りたまえ」
くるりと踵を返した俺の背中に、人事課長の声が掛けられる。
「あ、そうそう。君と似た人物を昨日新宿で見掛けたんだが、人違いだね?」
来た来た。どう答えようか、逡巡したのは一瞬だ。隠し事なんか出来る訳が無い。
「いえ、俺です。人手が足りないときに、声を掛けられるので。俺もあそこの酒屋には世話になっているので、断れません」
真摯に真実を述べる。これで咎められたら、それはその時だ。一応、不満があってバイトの掛け持ちをしている訳ではないことは断っておかねば。
「ふうん。世話になっているのか?」
「予備校時代のバイト先なんです。随分、良くしてもらいました」
「そこを辞めた訳は?」
「深夜に帰宅だと、朝の練習が辛いので」
バイトに明け暮れる俺にとって、早朝の練習時間を取られるのはキツイ。深夜までのバイトでは、朝、起床が辛いのだ。
ここはどんなに遅くなったところで九時には終わるし、出先から直接帰ることも出来る。
「そうか。いや、君の性格は良く判った。戻っても結構だ」
伏せ目がちに口元に手を当てたその姿は、笑いを堪えているように見えた。いや、実際堪えていたのだろう。肩が揺れていた。
「そうだ、上総くん」
出て行こうとする俺を、宮川課長が再び呼びとめる。
「今度、呑みに行かないか? それとも、練習の邪魔かい?」
「土曜なら構いません。日曜は練習しないので」
さすがに足に休息を与える日は作るようにしている。だが、何で俺を誘ったりするんだ?
「君の正直さに免じてね。貴重な人材だよ。君は本当に」
クスクスと、今度は隠さすに笑い出した宮川課長は、癖のある笑顔で俺を見た。
確かに笑ってはいるんだが、その背中に黒い尖ったしっぽが隠れている気がするのは、俺の気のせいでは無いだろう。
「本当に、ね」
ちらりと赤い舌が覗く。それは凄絶なくらいに色っぽかった。


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