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番犬の憂鬱<3> 

「この間の店でいいか?」
「この間の?」
宮川課長と待ち合わせたのは、土曜の夜だ。
仕事は無いし、練習は夕方には終えている。時間が遅い為、風呂へ入って着替えても充分に間に合った。
新宿駅の交番前。にっこりと癖のある笑みを浮かべた宮川課長は、俺を見るなり、そう切り出した。
「ああ。エルミタージュですか?」
「そう。呑みにいったこと、ある?」
「いえ」
予備校の頃から、呑みに行く店といえば、そこらの居酒屋チェーンだ。バーやクラブなんぞは、学生の俺にはまだ敷居が高い。ついでに云えば、値段も高い。
配達に行ったことは何度もあるが、客として行ったことなど、当然あるはずが無かった。
「あそこのマスターとは友人なんだ。だから、新宿で呑むのは必ず、あの店」
「へぇ」
マスターは確か四十越したオッサンで、何処のK1の選手かと見まがうような身体つきの男だった。
「いらっしゃい。真幸さん」
店へ入ると同時に、視線が集中する。どうやら、見られているのは俺らしい。
スリムなバーテンの魅力的な笑顔に、課長は軽く手を上げ、カウンター席へと着いた。
「俺には、アカプルコ。上総、何にする?」
「ビールなんて無いですよね?」
「ありますよ。何にしましょう? 地ビールの類ですが」
「綾の地で」
「お前、そんなもの呑むんだ?」
「いえ、ビールしか呑んだこと無くて」
銘柄を指定したのが意外だったらしいが、配達している中にあったのを覚えていただけだ。
「乾杯」
グラスをそっと掲げて、にっこりと笑う。学生たちの集まるような雑多な雰囲気の居酒屋では無い。周囲の話し声を邪魔しない程度の声だ。
俺も真似をして、グラスを掲げた。
つまみはナッツとかポテトチップくらいだが、酒は美味い。
いや、俺はそんな感想しか云えないけど、とにかく、美味いんだ。あのK1の選手顔負けの筋肉質な身体から、生み出されるとは思えない、繊細な味。
勧められるままに、二杯目からはカクテルにしたんだが、やっぱり高い店は違う。
大人たちが金を払うのは、雰囲気にだと思っていたけど、やっぱり、こういう店の味ってすごいと思ったね。
子供が来る店じゃないな。こんな味、判らない内から呑むモンじゃない。
課長は聞き上手で、話題も豊富だ。
酒の美味さに引き摺られるように、大学のことや家族のことを話す。
「よ、真幸。今日のお相手は、カレ?」
ぽんと課長の肩を、誰かが叩いた。
俺の方を向いて云ってるってことは、俺のことが話題になっていることは解るが。
「はは。そうだと嬉しいけどね」
「なんだ? 呑みに来ただけ? じゃ、この後、俺とどう?」
馴染みの客なのだろう、なれなれしく課長の耳元に囁く。但し、目線は俺に固定されたままだ。
何を当てこすられているのかは謎だが、俺に対する嫌味を含んでいると云うのは明らかだ。
「いや、今日は保護者なんでな。またにしてくれ」
「ふぅん。お子様に飽きたら、声掛けてくれよ」
話をするだけと云うのには不自然な程密着して、顔を寄せ合っていたかと思うと、離れ際に男が、宮川課長の唇の脇、ギリギリの場所に口付けた。
「な…ッ、」
俺は驚きのあまり、つい声を漏らしてしまう。
宮川課長は、そんな俺の驚きの視線を軽く受け止めて、男に手を振った。
「何だ? 驚いたか?」
「え?」
悪戯を思いついたような意地の悪い表情で、ニヤリと宮川課長が笑う。
そう、呑みに誘われたときに見た表情と同じだ。まるで、黒い尖ったしっぽが閃いているような、そんな顔。
「お前、配達に来ていたんなら、ココが何の店かは知っている筈だと思ったんだがな」
何の店って。ココは、エルミタージュって云う名前のゲイバーだ。
「あ…」
そうか、ゲイバーだよ。
慌てて周囲を見回すと、そこに女性の姿は無い。
でも、皆男同士だと云うだけで、女性の格好をしているわけでも無ければ、妙に女っぽかったりする訳でも無い。
普通の男たちが、普通に呑んだり、しゃべったりしているだけの店。
「俺はバーに来るのは初めてですが、普通の店じゃないでしょうか?」
そう、何も変らないように見える。それとも、何か可笑しいところでもあるのか?
「うん。君はそういう人だな」
「はぁ」
笑いを含んだ声が、楽しげだと思うのは俺だけでは無いと思う。
だが、何を思っていきなり機嫌が良くなったのか解らなくて、俺は首を捻った。
「俺がこの店にいたのを見たのに、君は何にも変らなかったからな」
バーで酔っ払ってるバイト先の上司を見たときに、何を考えろと? 俺としては二重バイトを咎められて首にならなければどうでもいい。
「別に隠している訳じゃないが、普通に会社には知られたくない人の方が多いマイノリティだからな。ゲイってのは」
そこまで云われて、俺は何が問題だったのか、やっと思いついた。
「つまり、俺が脅すとか、そういうことを考えていた訳ですね?」
いやはや。そういう考え方もある訳か。
「まぁな」
あんな探るような言い方をされた筈だ。思いつきもしなかった。
苦笑いをしている宮川課長は、何処か呆れたように見える。
「俺、馬鹿なんで、そういう聡い物の考え方は出来ないと思います」
正直に云うと、ますます苦く笑う。
「人を見る目だけはある筈なんだが、君に関しては失敗したな」
「今日のコレも、口止めですか?」
大人扱いされた気分で、すごく楽しかったのに。どうやら、それは俺だけだったらしい。
「いや、悪かったよ。ほら、呑もう」
宥めるように、俺の頭を撫でる宮川課長の、男にしては細い指が気持ちいい。
俺に勧めながら、課長は自分でも自嘲するように酒量を増やしていく。
トイレに立つ足が覚束なくなるくらいになると、マスターが俺にウインクをした。
首を捻る俺に、マスターが囁きかける。
「真幸は酒癖悪いよ。そろそろ絡み酒になるから、もう帰った方がいい」
マスターに合図を寄越されたバーテンが、何処かへ電話を入れ始めた。
「すみません、ヒロさん。エルミの圭です。ええ、そうです。はい、はい」
電話を切ったバーテンが、マスターを振り返る。
「ヒロちゃん、どのくらいで来るって?」
「一時間、面倒見てくれって云われました」
報告を受けたマスターが、俺にもう一度念押しするように告げた。
「真幸は迎えを呼んだから、君はもう帰りなさい。それとも、ひとりで呑んでいくかい? 見たところ、ノンケだろう?」
あんな酔っ払っている人を置いて帰れって? 冗談だろ?
「心配なのは解るけど、君みたいなゲイでもない子がうろついていい場所じゃないんだ」
「で、でも…」
「上総~。ほら、もっと呑むぞ~」
トイレから千鳥足で戻ってきた課長は、ご機嫌で俺の肩を抱いて、座り込んだ。
マスターが明らかな舌打ちをするのが見える。
迷っているうちに、俺は酔っ払いから逃げそびれたことを知った。


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