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残り香<3> 

「一之瀬、起きろ。俺は先に行くぞ」
俺の布団の中で眠る一之瀬に、声を掛けた。
結構寝起きがいい一之瀬は、俺の声にそのまっすぐな瞳を上げて、俺の姿を捉える。俺はその瞳に捕らえられるのが怖くて、するりと扉の外へ出た。
エレベーターに乗って1階へ降りると、俺はエントランスの自動販売機でコーヒーを買う。それを玩びながら、俺は1階へ降りてくる一之瀬を待った。
多分、10分ほどで一之瀬は降りてくる筈だ。いつも、この時間に起こしてるが、一之瀬は決して会社に遅刻したことは無い。

しばらくするとバタバタと階段を走り降りる音がする。リズミカルなソレは、聞きなれた一之瀬のものだ。
まっすぐに前を見た一之瀬が、エントランス奥の自販機の横にいる俺に気付くことは無い。

多分、もう二度と見ることは叶わないだろう背中を見送って、俺は振り切るように、手にしたコーヒーを飲み干した。
引越し業者が来る時間までは一時間も無い。
一之瀬の使ったものくらいは片付けておきたかった。



一之瀬は弾みだと思っているかも知れないが、明らかにあの時、誘ったのは俺だ。
付き合いの広い一之瀬に誘われて行った、幾度目かの合コンで、一之瀬とカップルになった女。地味な女だったが、真面目な一之瀬には似合いだと思っていた女。
だが、女は判らない。地味だと思った女には他に男がいて、一之瀬をあっさりと捨てた。
やけになっていた一之瀬は、その日べろべろな酔っ払いで、俺の部屋に連れ込むのは簡単だった。

「なぁ、俺の何処が悪かったんだよ」
「悪くないよ、一之瀬は悪くない。一之瀬のいいところは俺が知ってるよ」
すっかり泣き上戸になって酒をあおる一之瀬の肩を抱いて慰めながら、俺は密着した一之瀬の体温に熱くなっていた。
「俺が女だったら、一之瀬のことフったりなんかしないのに。もったいない。カッコイイよ、一之瀬は」
人一倍要領は悪いが、頑張り屋で一生懸命で素直な一之瀬に、皆が好意を持った。
もちろん俺もだ。女に興味の無い俺にとって好意の意味が擦り変わるのに大して時間は掛からなかった。
「鮎が女なら良かったのに……」
俺にしな垂れ掛かる一之瀬の瞳をじっと見据える。
「男でも構わないよ。俺は」
誘うようなキス。
正気じゃ無かったらしい一之瀬は、そのまま俺に覆いかぶさってきた。



抱かれるのは駄目でも、抱く方なら何とかなるかもと云う俺の読みは当たったらしい。
一之瀬は事あるごとに俺の部屋へ来るようになった。
やった後に、一之瀬が自分の部屋に帰るのが嫌で、歯ブラシを貸し、カミソリを貸し、ネクタイを貸した。
そうして段々と一之瀬の荷物が俺の部屋を占領して行く。
だが、一之瀬自身が後から持ち込んだのは歯ブラシとカミソリくらいだ。
浮かれていた俺だが、そのことにはすぐに気が付いた。
楽しかったが、俺は忘れていなかった。一之瀬が女の子が好きなノーマルな男だと云うことを。

用意したものはあくまで田舎の祖母が送ってきたもので、サイズが違うとか趣味が合わないとか適当な理由で一之瀬に押し付けた。
今にも出そうになる『帰らないでくれ』『一緒に暮らしてくれ』という言葉を飲み込むのは辛かった。
関係を始めて三年――――入社から、九年が過ぎている。俺も一之瀬も三十過ぎだ。
俺にもそろそろいくつかの縁談が持ち込まれているくらいだ。一之瀬にそういう話が持ち込まれるのは時間の問題でしか無い。
さすがにソレを目の前で見る勇気は俺には無かった。笑って終わりにも出来ない。
優しいあいつが俺と女の間で苦しむのも嫌だった。

「え?」
「だから、ちゃーちゃんのおばぁちゃん、昨日亡くなったんよ。お葬式どげんする? 帰って来れそう?」
そんな時、田舎に一人で住む祖母が亡くなったと連絡が入った。
高齢の祖母はもう何年も入院したきりで、親戚も俺だけだ。
俺のことを子供の頃から知っている隣人は、快く祖母の面倒を見ていてくれたが、亡くなった後の始末まで頼むわけには行かない。
田舎のことだから、むしろ通夜と葬儀の準備はご近所に任せて、寺の手配等をこちらでやると打ち合わせを済ませる。
「金曜の夜に戻る。福岡まで飛行機で戻ってレンタカー借りる。それまでばぁちゃんのこと任せても良か?」
「良か良か、任せなっせ。ちゃーちゃんも仕事大変かろうが」
「おばちゃん。俺、もしかするとそっちに戻るかもしれん。家も放って置く訳にもいかんし」
「好きなごつしなさい。バイパスが出来たけん、市内にもすぐに働きに行けるよ」
就職難だと云われて都会に出た俺たちの世代は、田舎にはほとんどが残ってはいない。もちろん、農家のあととりも素直に農家やってる奴なんかいない筈だ。年の行った青年団にまた独り者が加わったところで、どうということも無いだろう。
これは、もう『諦めて田舎へ帰れ』ということなのかもしれない。



葬儀から戻った後、誰にも内緒で退職の準備をする。
社長にだけは適当な理由をでっち上げて、交代の人員を雇ってもらった。
雇ってもらった里美は覚えが良い。もう引き返せない。俺が戻ってきても居場所は無い。
そんな風に自分で自分を追い詰めていった。


一之瀬と過ごす日は残り少なくなっていく。
何かを感じている訳でも無いだろうに、一之瀬はやたらと俺の部屋に泊まりたがった。
思いも掛けず、一之瀬の誕生日を一緒に過ごすことが出来たし、渡せないだろうと諦めていたプレゼントも渡せた。
「もう思い残すことも無いや」
業者が引き上げて、空っぽになった部屋で、俺は呟いた。

怒るかもしれない。いや、多分あいつは怒るだろう。
だけど、俺は卑怯者だ。一之瀬と向き合う勇気は俺には無い。
友達に戻ることも出来ないし、フられる覚悟も無かった。
出来ることは、逃げ出すこと―――――

俺は涙で曇る眼鏡を上げて、ぐいっと涙をぬぐった。
このとき程、視力が悪いのに感謝したことは無い。少なくとも、泣きはらした目だけは見られる心配が無かったから


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