2010.11.14 *Edit
ずるりと身体から神楽くんが出て行く。
その妙にリアルな感触に、俺はぞくりと身体を震わせた。
「ありがとうございます」
脱力しきった俺のこめかみに、神楽くんのキスが落ちる。
神楽くんの唇が俺に触れた瞬間、今まで強張っていたのが嘘の様に、払いのけ俺は咄嗟に身を引いていた。
それを神楽くんは悲しげに見つめ、開きかけた唇をきゅっと引き結ぶ。
そのまま背を向けた神楽くんが部屋から出て行く音に、俺は詰めていた息を吐き出した。
「殴ってくれてもいいぞ」
後ろからした声に、俺は松平に支えられていたことを知る。
混乱しすぎて、現実を認識できない。
松平は俺を支えて、ベッドへと移動させると、服を脱がせ、かいがいしく身体まで拭いてくれる。
温かな布団と、さっぱりとした身体が眠気を誘ったが、同時に現実に引き戻してもくれた。
「何で、お前…」
「一度だけだ。それが神楽くんがお前を諦める条件だ」
「そのために、俺を売った訳か?」
神楽くんに俺を諦めさせて、自分が神楽くんを好きにしようって腹か?
「そんなつもりは無い! 絶対だ!」
だが、俺の腹立ちは意外な強さで否定された。
「だが、それでお前の気が済まないのは承知の上だ」
がばりと松平が俺の前に土下座をする。
「いくらでも殴ってくれていい。どんな無理も聞く」
松平の真剣な様子に、俺は思わず息を呑んだ。
「責任は取る。そう云ったのは本気だ」
「お前。何故?」
引き換えじゃなきゃ、何でこんなことに加担したんだ?
「神楽くんが自由になる為には、自分で行動しなければ駄目だ。彼自身が『男』になることが」
そこまでしたいくらいに神楽くんに本気だってことか?
「神楽くんにはとっくに振られた」
俺の疑問は顔に出ていたのだろう。松平はさっぱりとした顔をして、俺を見た。
そこには後悔も悔しさも無い。ただ静かな決意があるだけだ。
「じゃ、何で」
「お前が神楽くんに優しくするのが嫌だった」
「それは、お前の惚れた相手だったからで」
いつもの松平らしくも無い。何でそんなに引き摺っているんだ?
「お前が俺の相手に、そんなに入れ込んだことがあったか? しかも、神楽くんを護るお前は最高に男前だった」
確かにいつもの相手とは違う松平の本気に、つい入れ込んだことは確かだ。しかも、俺の方がいいと云ってくる相手なんかいなかったしな。
気分が良くなかったといえば嘘になる。
「途中からは意地になってたんだ。いつもなら、とっくに諦めてる」
俺の頭の中は疑問符で一杯だ。俺が神楽くんに優しくするのか気に入らなかった?
それってまるで。
「お前が俺に惚れているみたいに聞こえるんだが?」
「云うな!」
激しい否定に、それが図星だと知った。
じゃ、余計に判らない。好きな相手が他の相手とやってもいいってのか?
いくら、それで諦めると云われたからって。
「神楽くんの思いつめ方は尋常じゃ無かった。俺が断ったら、もっと剣呑な連中を雇っていたかもしれない」
まったく、純朴と云うか、松平らしい。
「お前、担がれたんだよ。そう云えば、協力すると踏んだんだろう。意外と強かだな」
からくりが見えて、俺はほっと息を吐いた。
最初に俺が感じた神楽くんに対する印象は、まったくもって正しかった訳だ。あの整形美人に、俺たちは振り回されている。
「ところで、松平」
俺は、唖然としたままの松平に声を掛けた。
「とっとと、出て行け! 俺の半径2メートル以内に近づくな!」
怒鳴り声に、弾かれたように松平が飛び上がる。
松平が扉を閉じたことで、俺はやっと安心して睡魔に身を任せた。
「真田さん。お世話になりました」
翌日、うちに来たときに抱えていたドラムバッグを肩に出て行く神楽くんは、綺麗な顔に何処かふてぶてしい色を浮かべていた。
これなら皇姫の云うことなど、一発で蹴飛ばしそうだ。
それに松平に関わりがなくなったこの美人を、これ以上心配する気も俺には無い。
俺はだるい腰を庇って、意地になって玄関先で神楽くんを見送った。
後ろでは、松平が心配そうな視線で俺を見守っている。
ドアが閉じて、神楽くんの姿が消えた。
へたり込みそうになる足を叱咤して、俺がきびすを返す。
今日が土曜で、本当にありがたかった。
ベッドに再び沈み込んだ俺の周囲では、松平がおろおろと俺にまとわりつく。
「大丈夫か? 水はいるか? 何かいるものは…」
「松平…」
俺のドスの効いた声に、松平の背筋がしゃっきりと伸びた。
「もう忘れたのか?」
半径2メートル以内に近寄るなと言い渡したのは昨日のことだ。
「だが…」
「責任を感じてるなら、月曜まで顔見せんじゃねぇ!」
俺の勢いに、松平がさっと腰を上げ、部屋から出て行く。
俺は再び、ベッドに沈み込んだ。
本当は怒鳴るのさえ、キツイが、とりあえずあの野郎のしつけをしておかないと、また、神楽くんの二の舞になる。
「とんでもない、美人だったぜ」
引っ掻き回して、俺をとんでもない目に合わせて、しかも、松平の隠れた感情まで引き出した。
俺たちのこれからを思うと気が重いが、すでに松平との縁を切る選択肢が無い辺りが、俺の甘さかもしれない。
「嘘から出た誠か。こんな展開は想像してなかったけどな」
<おわり>
これにて整形美人は終了です。
思いつきのネタだっただけに難産で、どう転ぶかは作者にも不明という話でした。
無事に完結してくれて、ほっとしています。
いかがでしたでしょうか? 感想お待ちしてます。
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その妙にリアルな感触に、俺はぞくりと身体を震わせた。
「ありがとうございます」
脱力しきった俺のこめかみに、神楽くんのキスが落ちる。
神楽くんの唇が俺に触れた瞬間、今まで強張っていたのが嘘の様に、払いのけ俺は咄嗟に身を引いていた。
それを神楽くんは悲しげに見つめ、開きかけた唇をきゅっと引き結ぶ。
そのまま背を向けた神楽くんが部屋から出て行く音に、俺は詰めていた息を吐き出した。
「殴ってくれてもいいぞ」
後ろからした声に、俺は松平に支えられていたことを知る。
混乱しすぎて、現実を認識できない。
松平は俺を支えて、ベッドへと移動させると、服を脱がせ、かいがいしく身体まで拭いてくれる。
温かな布団と、さっぱりとした身体が眠気を誘ったが、同時に現実に引き戻してもくれた。
「何で、お前…」
「一度だけだ。それが神楽くんがお前を諦める条件だ」
「そのために、俺を売った訳か?」
神楽くんに俺を諦めさせて、自分が神楽くんを好きにしようって腹か?
「そんなつもりは無い! 絶対だ!」
だが、俺の腹立ちは意外な強さで否定された。
「だが、それでお前の気が済まないのは承知の上だ」
がばりと松平が俺の前に土下座をする。
「いくらでも殴ってくれていい。どんな無理も聞く」
松平の真剣な様子に、俺は思わず息を呑んだ。
「責任は取る。そう云ったのは本気だ」
「お前。何故?」
引き換えじゃなきゃ、何でこんなことに加担したんだ?
「神楽くんが自由になる為には、自分で行動しなければ駄目だ。彼自身が『男』になることが」
そこまでしたいくらいに神楽くんに本気だってことか?
「神楽くんにはとっくに振られた」
俺の疑問は顔に出ていたのだろう。松平はさっぱりとした顔をして、俺を見た。
そこには後悔も悔しさも無い。ただ静かな決意があるだけだ。
「じゃ、何で」
「お前が神楽くんに優しくするのが嫌だった」
「それは、お前の惚れた相手だったからで」
いつもの松平らしくも無い。何でそんなに引き摺っているんだ?
「お前が俺の相手に、そんなに入れ込んだことがあったか? しかも、神楽くんを護るお前は最高に男前だった」
確かにいつもの相手とは違う松平の本気に、つい入れ込んだことは確かだ。しかも、俺の方がいいと云ってくる相手なんかいなかったしな。
気分が良くなかったといえば嘘になる。
「途中からは意地になってたんだ。いつもなら、とっくに諦めてる」
俺の頭の中は疑問符で一杯だ。俺が神楽くんに優しくするのか気に入らなかった?
それってまるで。
「お前が俺に惚れているみたいに聞こえるんだが?」
「云うな!」
激しい否定に、それが図星だと知った。
じゃ、余計に判らない。好きな相手が他の相手とやってもいいってのか?
いくら、それで諦めると云われたからって。
「神楽くんの思いつめ方は尋常じゃ無かった。俺が断ったら、もっと剣呑な連中を雇っていたかもしれない」
まったく、純朴と云うか、松平らしい。
「お前、担がれたんだよ。そう云えば、協力すると踏んだんだろう。意外と強かだな」
からくりが見えて、俺はほっと息を吐いた。
最初に俺が感じた神楽くんに対する印象は、まったくもって正しかった訳だ。あの整形美人に、俺たちは振り回されている。
「ところで、松平」
俺は、唖然としたままの松平に声を掛けた。
「とっとと、出て行け! 俺の半径2メートル以内に近づくな!」
怒鳴り声に、弾かれたように松平が飛び上がる。
松平が扉を閉じたことで、俺はやっと安心して睡魔に身を任せた。
「真田さん。お世話になりました」
翌日、うちに来たときに抱えていたドラムバッグを肩に出て行く神楽くんは、綺麗な顔に何処かふてぶてしい色を浮かべていた。
これなら皇姫の云うことなど、一発で蹴飛ばしそうだ。
それに松平に関わりがなくなったこの美人を、これ以上心配する気も俺には無い。
俺はだるい腰を庇って、意地になって玄関先で神楽くんを見送った。
後ろでは、松平が心配そうな視線で俺を見守っている。
ドアが閉じて、神楽くんの姿が消えた。
へたり込みそうになる足を叱咤して、俺がきびすを返す。
今日が土曜で、本当にありがたかった。
ベッドに再び沈み込んだ俺の周囲では、松平がおろおろと俺にまとわりつく。
「大丈夫か? 水はいるか? 何かいるものは…」
「松平…」
俺のドスの効いた声に、松平の背筋がしゃっきりと伸びた。
「もう忘れたのか?」
半径2メートル以内に近寄るなと言い渡したのは昨日のことだ。
「だが…」
「責任を感じてるなら、月曜まで顔見せんじゃねぇ!」
俺の勢いに、松平がさっと腰を上げ、部屋から出て行く。
俺は再び、ベッドに沈み込んだ。
本当は怒鳴るのさえ、キツイが、とりあえずあの野郎のしつけをしておかないと、また、神楽くんの二の舞になる。
「とんでもない、美人だったぜ」
引っ掻き回して、俺をとんでもない目に合わせて、しかも、松平の隠れた感情まで引き出した。
俺たちのこれからを思うと気が重いが、すでに松平との縁を切る選択肢が無い辺りが、俺の甘さかもしれない。
「嘘から出た誠か。こんな展開は想像してなかったけどな」
<おわり>
これにて整形美人は終了です。
思いつきのネタだっただけに難産で、どう転ぶかは作者にも不明という話でした。
無事に完結してくれて、ほっとしています。
いかがでしたでしょうか? 感想お待ちしてます。
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