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西銀座一丁目テーラー角田<2> 

「いらっしゃいませ」
にっこりと微笑む店主の瞳が、自分を認めた事に、栄太はほっと息を吐いた。
今日の栄太は出来あいではあるものの、きちんとしたスーツ姿だ。惜しむらくは。
「本日のネクタイはどなたからかプレゼントでございますか?」
「ああ。ダチからなんだけど、不味い?」
ホンの少しだけ、眉を寄せた事に気付かれたらしい。角田は、意外と鋭い栄太の観察眼に舌を巻いた。
「いえ、そのスーツには合わないだけで、不味いということはございません」
派手目ではあるが、若者に人気のあるブランドのキチンとしたネクタイだ。
おそらくは友人と云うよりは、女性からのプレゼントだろう。かなりの張り込んだ品であることは確かだ。
だが、今の栄太が着ている地味なリクルートスーツには、まったくといって良いぐらい合っていない。
「そうですね。ちょっと、こちらへ」
気まずそうな顔をしている栄太の背を押し、姿見の前へと立たせる。
「上着は脱いでいただいてもよろしいですか?」
素直に栄太が上着を脱いだ。その肩に、暗めの色のイタリアンデザインのスーツを着せ掛ける。スーツ自体の色は地味な感じだが、ちょっと変ったラインで、栄太の一見すると細身だが、肩幅のある身体にはフィットしている。
「こういうスーツだと、御髪にも映えます」
いまだ、栄太の髪は根元と先の色が違うままだ。
「まだ、お若いうちはこういうスーツもお召しになれば宜しい。会社ではどうかと思いますが、遊びに行くのであればこういうお洒落心もいいものです」
栄太は、鏡を見つめていつもと違う自分に見惚れている。
「俺、スーツってもっと堅っ苦しいもんだと思ってた」
「あまり、お召しにならない方には、そういう誤解もございますね」
角田は、スーツというのは、男の粋だと思っている。若い頃にはそれなりの、年を食えばそれなりの着こなしと云うのがあるのだ。
「もちろん、TPOと云うのもございますが、まずはスーツに慣れることから始めてみてはどうでしょうか?」
「スーツに慣れる?」
角田が背中をぽんと叩く。
誰もがブランドスーツを着ることが出来る訳ではないし、テーラーで作るスーツなど、それこそ冠婚葬祭用のブラックフォーマルがいいところだ。
元来、仕事着としてのスーツなら、そこいらの量販店で充分だという考え方が大半だろう。
だが、身体に合わないスーツは疲れるし、身体にぴったりとフィットしているスーツは、男前を三割は上げる。
それをもっと知って欲しいが、銀座の片隅のテーラーではいかんせん荷がかち過ぎる。
「失礼ですが、お父様のように社長としての着こなしが身に付くのは、まだまだ先でしょう。せめて、普通の服のように自分の持ち物として、スーツを着ることが大事です」
「自分のものとして…」
呆然とつぶやく栄太が、はっとしたようにスーツに手を掛けた。
「すみません。早く脱がないと、汚れちまう」
それを角田は押し留める。
「ここはテーラーです。デザイン見本のスーツなど、いくらでもございますよ」
角田の欲目でなく、良く似合っていた。すぐに脱いでしまうには惜しい。
「角田さん」
「そのままでお待ちを。珈琲をいれますので」
角田に勧められるまま、窓際のスツールへと腰を下ろした。いつもであれば、楽に組めるはずの足が上がらないのがもどかしい。
仕方が無く足を揃え、窓の外へと目を移す。
向かい側の蕎麦屋から出てきたスーツ姿のOLが、こちらを見ながらひそひそと会話を交わしていた。
何処か可笑しいのだろうかと、自分の格好を見下ろした。
「貴方が格好いいので、噂をしているだけですよ」
カップを手渡しながら、角田が微笑む。
高そうなカップをソーサーごと手渡されて、栄太は緊張してカップを受け取った。
「上半身に比べて、下半身が動きづらいでしょう?」
「どうして?」
足を組めないことが判ったのだろうと、栄太は不思議そうに角田を見上げる。
「金沢さまはおみ足が長いので、既製服ではどうしても膝の位置が違います。低コストで作りますので、遊びの部分も少なく、結果として動きが規制されてしまうのですよ」
「へぇ」
栄太はまじまじと自分のスーツを眺めた。
「じゃあ、アンタのスーツは俺にフィットするワケ?」
「もちろん。そのように作らせていただきます」
角田が微笑む。その笑顔は、何処か子供を見守る親の様な表情だ。
「楽しみにしてる。いや、楽しみにしてます、かな?」
「お客様のお気に召しますように、精魂込めさせていただきますので。お楽しみにお待ちください」
何処かおどけたような角田の台詞に、栄太は満面の笑みを浮かべて珈琲を口にした。
スツールに腰を下ろしたまま、カップを口に運ぶのは、結構至難の技だ。自然と背筋が伸びる。
ゆったりとした時間が流れているような銀座の一角で、老舗の店主の入れた美味い珈琲を飲むのは、何だか自分が上等な人間になったような錯覚を覚える。
「あ、忘れるところだった」
栄太は、せっかく来た目的を忘れそうになり、慌てて懐からプラスチックのケースを取り出した。
「やっと出来たんだ」
嬉しそうに笑うと、目の前で開けて一枚取り出す。
「金沢工業の金沢です。よろしくお願いします」

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