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西銀座一丁目テーラー角田<4> 

「こんにちは」
扉を開いて入ってきた栄太を認めて、顔を上げた角田が微笑む。
「いらっしゃいませ、金沢さま」
今日は、珍しく店に先客がいた。高級そうなスーツを羽織った、年配の夫婦だ。
栄太は一気に気後れを感じて立ち尽くしてしまう。
こういう店に似合いなのは、こういう人たちではないのだろうか。布を手に取る仕草も優雅で、品の良さが滲み出ている。
「どうぞ、金沢さま。ちょうど本日形が仕上がったところです」
角田に促されて、ようやく店に足を踏み入れた。
「まぁ、こんなお若い方なのに、ここでスーツを?」
「目が高いな。若いうちから感心だ」
品の良い夫婦に手放しで褒められて、栄太は頬を染める。
女の子に注目を浴びることには慣れているが、こんな年配には眉を潜められることが多かった栄太にとって、賞賛は面映い。
「私たちなら構わなくてよ。どうせ、義彦のスーツなんて、私たちの自己満足ですもの。ゆっくり選ぶわ」
「ありがとうございます、鈴木さま。それでは失礼を。金沢さまはこちらへ」
以前に通された、表に面したスツールに座らされた。
裏へ姿を消した角田は、すぐに腕にスーツを掛けて現れる。
「試着室へどうぞ」
手渡されたスーツは、確かに自分が持ち込んだ父親のスーツだが、幾分形が変っていた。
単に、栄太の体型に合わせただけでは無かったらしい。
早速、着ているスーツを脱いで身につけたが、動きが楽なことに驚愕した。
「角田さん!」
それを早く伝えたくて、試着室の扉を開くと、皆が一斉に注目する。
「まぁ、素敵!」
一番に感嘆を吐き出したのは、年配の妻の方だ。
「シックな色合いなのに、現代的なラインだな。これは珍しい」
「うちの店には、お若いお客様は滅多に来られませんので」
角田は腕の振るいようが無かったのだと、ため息を吐いてみせる。それに、夫婦が笑った。
「いかがですか? 金沢さま」
にっこりと微笑まれて、やっと栄太は口篭った言葉を吐き出す。
「すごく動きやすいです! それにカッコイイ!」
スーツなんて、大人が着る堅苦しい服だと思っていたのに、いつも着ている普段着とそう変らないくらいに動きやすく、しかも鏡にに映った自分は、自分でも見惚れるくらいに格好良かった。
「それでは、このままお作りしても宜しいですか?」
「はい。もちろん!」
元気良くうなずく栄太に、鈴木夫妻も目を細めている。この素直さは栄太本来の性格だ。
誰もが好意を持つだろう。
「よくお似合いよ。何処から見ても立派な若社長さんで通りそうね」
すっかり気に入ったらしく、鈴木の妻は手放しで栄太を誉めそやす。
「この間、跡をお継ぎになったばかりの若社長でいらっしゃいます」
角田の紹介に、はっとした栄太が、名刺入れを取り出した。
もたついた手付きはまだ慣れないことを示しているが、この若さならそれもご愛嬌だ。
「金沢工業の金沢と申します」
「これはどうも。株式会社鈴木の鈴木です」
一方の鈴木も、慣れた手つきで名刺を差し出した。
「ちょっとした総合の卸業をやっております。そちらは?」
ちょっとしたというのは、かなり控えめな表現だ。かなりの資産家で、手広く商いを行っている。戦後に身を持ち崩すことの多かった華族の中にあって、成功している人物と云っていいだろう。
「あ、はい! 機械部品なら何でも作ります。注文があればお願いします!」
緊張しながら、栄太はがばりと頭を下げた。
「機会があればお願いしよう」
もちろん、栄太は鈴木のことなどまったく知らないに違いない。それは態度にも表れている。だが、素直に頭を下げる潔さに、角田は感心した。
「こんなラインなら、孫にも作ってみたいわ」
男同士の話が終わったことを見計らった妻が、スーツに話を戻す。
「ぜひ、お願いいたします」
お世辞では無さそうな鈴木の妻に、栄太は少しだけ誇らしく感じた。こんな自分でも角田の役に立つことが出来たのだと思うと、ひどく嬉しい。
再び試着室に入って仮縫いのスーツを脱いだが、なんだか脱ぐのがもったいない気がした。
もっと着ていたい。素直にそう思う。
角田のスーツをもっと着たい。それには自分がもっと角田のスーツに相応しくならないといけない。
「若ければ、それなりの着こなし。か」
こんな場所だ。思わずお任せにしてしまったが、あんな資産家っぽい夫婦が出入りしているような店だと、改めて『銀座』という場所の老舗だと意識してしまう。
「俺、ちゃんと払えるような男になるかな」
今回のスーツは、実は自腹ではない。父親の跡を継ぐと告げたところ、母親がそれなりの身なりを整えなさいと渡してくれた金だ。
最初は抵抗をしていたのだが、取引先や銀行の窓口での、いかにもな若造に対する扱いにしぼんでしまい、考えあぐねた末に父親のスーツを持ち出してきたのだ。
母親の指定した店だったが、今は感謝している。
「義彦も年だし、こんなシックな感じもいいでしょう」
「ああ、今度連れてこよう。あんな風に仕上げてもらえるなら贈り甲斐もある」
試着室から出ると、鈴木夫妻が熱心に布を取り上げていた。
「義彦さまはかなりほっそりした方ですし、それに研究職でしたら、あまり派手なデザインになさるのもどうかと思いますが」
「そうねぇ」
角田の進言に、鈴木の妻がぐらつく。
「義彦に決めてもらえばいいさ。渥美くんに頼めばいい」
「そうね。そうしましょう。とりあえず、色はそれでお願いするわ」
夫が云うのに、妻がうなずいた。それを期に角田が顔を上げる。
「金沢さま。良くお似合いでしたよ」
脱いだスーツを受け取りながら、角田が笑う。後ろ髪は引かれるし、本当は金のことも聞いてみたかったが、客がいるのでは仕方が無い。
「ありがとうございます。仕上がるのを楽しみにしています」
「はい。またおいでください」
それでも自分を見送りに出てきてくれた角田に手を振って、栄太は駅までの道を歩き出した。

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