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西銀座一丁目テーラー角田<5> 

「珍しいな、お前がこんな時間に来るなんて」
角田は店先に立つ旧友に、少しだけ丁寧な言葉を掛けた。
大体が、この男が銀座の店を訪れるのは、店を閉める前の時間だ。これから、夜の街へ遊びに行く前が多い。
夕刻の店に現れるなどというのは、非常に珍しかった。
未だ普通に客が訪れても可笑しくない時間だし、何よりも店先だ。ほんの少しだけ乱暴な口調を控える。
「お前の珈琲が久しぶりに飲みたくなってな」
「うちは喫茶店じゃねーっての。仕方ねーな。入れてやるから、店番してろよ」
「悪いな」
大して悪いとも思って無さそうな口調でシゲが云った。
店先でごねられても五月蝿いだけだ。角田は云われた通りに珈琲を入れるために立ち上がる。
最近では夕刻には作業の手を止め、訪れる客の相手をすることが多い。元々、角田の店に来るような年配の客は、銀座でのディナーも目的のひとつだ。
そこに最近では、仕事の終わった栄太が加わっている。
従業員も、栄太が仕事に真面目に取り組んでいることは理解してはいるが、まだ未成年の栄太に無理な残業など望んではいない。
もっとも、栄太にはそれも不満らしかった。仕事帰りに思い立ったように立ち寄っては、ちょっとだけ愚痴を零して帰っていく。
もっとも、それも栄太のスーツが仕上がるまでのあと数日だろう。
簡易キッチンから、店へと戻る傍ら、作業場のマネキンが羽織ったスーツが視線に入った。あれを着せたら栄太はどんなに男前だろうと、自作ながら頬が緩むのをおさえきれない。
「不気味な笑いだな」
「るせえ。飲みたきゃ黙ってろ」
その笑いに、改めて突っ込みを入れる友人に、角田はじろりと目線を投げ、珈琲を遠ざけた。
「へいへい、悪かったよ」
素直に謝る友人に、角田は珈琲を差し出す。それをシゲは満面の笑みで受け取った。
「お前、顔に似合わず美味い珈琲入れるんだよな」
「顔に似合わず、は余計だ」
シゲの手放しのつもりらしい賞賛に、角田は眉を寄せる。元々、愛想がいいとは云えない角田はその厳つい見目もあって、怖がられることが多い。
故に、客には必要以上に愛想良く、尚且つ丁寧で柔らかい言葉使いを意識している。
だが、そんな気遣いは無用の相手に、何処かほっとしている自分もいるのだ。
それをいいことに、シゲはよく角田の珈琲を飲みに来るのだが、それは大抵夜の街へと繰り出す前か、朝帰りの途中、店の準備中にだったりする。
これでも実業家でもあるシゲは、自由時間はどちらかといえば、経営する店の賑わいの済んだ深夜から明け方だ。
なので、こんな夕刻に店を訪れるのは、皆無と云って良かった。

店の入り口に取り付けられたカウベルが涼やかな音を立てる。
角田ははっと顔を上げ、銀座の老舗の店主の顔を作った。
「いらっしゃいませ、金沢さま」
にっこりと笑いかける視線の先には、相変わらず少しだけ緊張した面持ちの栄太がいる。
「こんにちは。角田さん」
笑って入ってきた栄太は、今日は一人では無かった。栄太の後ろに続けて入ってきたのは、華やかな容姿の若い女性で、栄太と並ぶとよく似合っている。
「へー、銀座のテーラーなんて云うから、もっと洒落た店だと思ったけど。ただの洋服屋じゃん」
入ってきた瞬間に、思わずといった感じで漏らした素直な感想に、角田は笑ってしまう。
銀座と云っても外れの裏通りの店なんて、若い子にとってはそんなものだろう。
だが、シゲは明らかにむっとした顔をした。
「こいつの腕で持ってる店なんだ。馬鹿にする気なら帰れ」
「さおり、角田さんに失礼だろう!」
シゲと栄太が同時に声を上げる。
「若い女性の方ならば、当たり前の感想でしょう。裏通りのテーラーなんてこんなものですよ。ようこそ、テーラー角田へ」
それを制して、角田がにっこりと微笑んだ。
ぷっと頬を膨らましかけたさおりが角田の笑いに小首をかしげる。そういうポーズも女の子らしくて可愛らしい子だ。
「オジサン、すごく優しそう」
「優しそうじゃねー。角田さんは優しいの!」
手放しの栄太に、角田はびっくりとした顔を向けてしまう。
「すみません、うるさくて。お客さんの邪魔にならないようにしますから」
頭を下げる栄太に、角田は心配ないと微笑んだ。
「こいつは私の旧友でして、お客なんてものじゃありませんよ」
「ひでぇな。ここ数年、俺はお前のスーツしか着てないぞ」
「毎度ありがとうございます」
ちらりと視線を流しながらの、棒読みの台詞に、シゲはムッとして黙り込む。
「金沢さま、スーツの出来上がり、ご覧になりますか?」
「ええ、是非!」
うって変わって栄太に微笑みかけた角田に、栄太は目を輝かせて応じた。
「こちらへどうぞ」
角田は栄太を作業場へと連れて行く。
シゲは驚いて腰を浮かした。今まで角田が客を作業場へなど通したことは、自分が知っている限りでは無い。
まさしく、晴天の霹靂という奴だ。
連れの女の子は、付いて行きたさそうな素振りは見せたものの、首を伸ばして覗き込むに留める。
入り口を開けたすぐの場所に、栄太のスーツはあった。
細身なのに肩幅のがっしりとした栄太を際立たせる現代的なライン。
なのに、シックな色合いのスーツは、栄太にしか合わない造りだとすぐに判る。
「すげぇ」
思わず、といった感じで栄太が呟いた。
自分のためのものであるのがひと目で判る。父親の古ぼけたスーツがこんなに化けるとは思いも寄らなかった。
ただ、ちょっと小奇麗でシックな感じで自分にあったものになれば。と思っただけなのに、見事に違うスーツが出来上がっている。
「うわー、すごい。カッコイイ! エータ、着て見せて!」
「残念ですが、仕上げに入っておりますので。あと数日いただければ」
感嘆の声を上げた女性に、角田が軽く頭を下げた。
「週末には仕上がりますが。お届けにあがりますか? それとも取りに来られますか?」
「取りに来ます!」
栄太が元気良く返事をするのに、角田は大きくうなずいた。
「承知いたしました。お任せくださいませ」

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