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西銀座一丁目テーラー角田<7> 

「今度は着て見せてくれるんでしょ?」
いいわよね?と小首をかしげる仕草が、さおりの可愛らしい容姿に似合っている。
「もちろん。金沢さま、お召しになりますか?」
数日後、さおりを連れて店へと現れた栄太は、複雑な表情を浮かべていた。可愛い彼女に試着をねだられるまま、角田へと視線を移す。
角田に微笑まれるまま、スーツを手に試着室へと姿を消した。
何か云いたげな栄太を、あえて促すような真似はしない。柔らかな言葉と優しい微笑で作られた店主の幕を被った。
確かに素直な栄太の性質を可愛いと思ったのは事実だ。
まだ、青年になりかけの背ばかり高い細い肩に、懸命に責任を背負おうとする姿は、健気で支えてやらなければと思ってしまう。
だからこそ、その隣には可愛らしい少女が相応しい。
例えば、隣で試着室の扉が開くのをわくわくしながら待っているような。
「珈琲を入れましょう」
「すみません」
さおりがはっとして、頭を下げるが、その視線はすぐに試着室の扉へ向けられた。

「気の迷いだ」
珈琲が落ちるのを眺めながら、ふっと呟く。
抱き締めた腕が覚えている確かな感触も、涙を吸ったシャツの染みも。
自分を見上げた濡れた瞳も。

「お待たせいたしました」
テーブルへ珈琲を二つ置いた。
「ありがとうございます」
品の良い仕草でさおりが頭を下げる。その仕草でそれなりの家のお嬢さんだと角田は検討をつけた。
小なりとは云え、会社の社長としての栄太には必要な相手だ。
さおりがふっと視線を上げる。
試着室の扉が開いて、栄太が姿を現した。
「すごい、エータ。素敵! エータじゃないみたい。大人っぽい」
落ち着いた色合いの父親のスーツは、栄太の細身の身体を引き立てるラインになっている。
栄太が求めたのは、見くびられないようなキチンとした身なりを、ということだった。
角田は、栄太に似合うようにラインを整えながら、だが、あまりにも若者向けに仕立ててしまうことは避けた。
非常に微妙な、だが、今の栄太だからこそ似合うものにしたかった。
さおりの賛辞を受けながら堂々とそこに立った栄太は、まだ発展途上ではあるが、立派に大人の男だ。
「角田さん。どうかな?」
「ご立派ですよ。良くお似合いです」
世辞などではなく、心から角田はそう思って口に出すが、何故か栄太の表情は晴れない。
「ねぇ、エータ。そのまま帰っちゃおうよ。そのスーツを着たエータと歩きたいな」
「それは良い提案でございますね。今日、お召しのスーツはこちらでお預かりしましょう」
にっこりと笑って云った角田の提案に、栄太は無言でうなずき、スーツを差し出した。
スーツが角田の手に渡ったのを待ちかねたように、さおりが栄太の手を引く。
「また、どうぞ」
手を繋いでカップルが一組、銀座の街へと歩き出す後姿を、角田は外へ出て見送った。
角を曲がる栄太が振り返るが、子供の様に手を振ったりすることは無い。出来もしないだろう。何故なら、その腕にはしっかりと細く柔らかな腕が絡みついていたからだ。
角田は無言で頭を下げ、そのまま店へと入る。
店の中には、口を付けられることの無かった珈琲の芳香が漂っていた。


作業中は基本的に店も開けておくのが角田の方針だ。
現在、作っているのは鈴木夫妻の次男坊のスーツだ。やせぎすな身体にシャープな男性的な美貌の持ち主で、栄太とは逆に、あまりラインが目立たないようにとの注文だった。
手足が長いので、絞りすぎるとやせぎすな体型とこけた頬の所為か、非常に神経質そうに見える。
スーツを作っている間は、考えを他にまわすことが出来ないために、入り口のカウベルとは別に、カウンターには呼び鈴も置いてあった。
だが、それは使われることも無く、はっと角田が気付いた時には既にいい時刻を廻っていた。
キリがつくまでと、つい根を詰めてしまったが、いい加減店を閉めなければ明日に差し障る。
腰を伸ばし、肩をまわした。一定の姿勢をとっていた身体は、さすがに解さなければすぐに痛みを訴える。
腰を上げ、窓と扉のロールスクリーンを下ろす。店の簡易キッチンの引き出しにしまった鍵を取り出し、店へ戻ると、扉が開いた。
「すみませんが、もう…」
店じまいです。と続けようとした角田の視線が止まる。
そこにいたのは、昼間さおりと共に帰った筈の栄太だった。
「金沢さま。スーツを取りにいらっしゃったのでしょうか?」
着ていたスーツは、角田が預かったままだ。プレスして整え、スーツカバーを掛けてある。
それを思い出して、スーツを持ってこようとした角田の後ろから腕が絡みついた。
「金沢さま?」
「角田さん。この間、俺に何をしようとした?」
直球で答えを求めるのは、やはり子供だからだ。
「金沢さま。手を離してください」
「嫌だ!」
栄太の腕は、角田にしがみつくように廻されている。が、体格が違いすぎた。角田にそれを解く事は簡単だ。
「お願いします。お客様に乱暴な真似はしたくはございません」
「角田さんが答えてくれたら、離す」
まるきり子供の駄々だ。だが、そうでもしなければ答えが得られないことは判っているのだろう。
客の前でありえないことに、角田は深いため息を吐いた。
「仕方がございません。金沢さまがあまりに可愛らしくお誘いになるので、口付けでもしてさしあげようかと考えてしまいました。申し訳がございません」
態と栄太から誘ったかのような云いまわしを選ぶ。
お前が誘うから、お情けをかけようかと思ったのだと。
「じゃ、どうして止めたんだ?」
「お客様に無体を働けば、私の方が罪に問われます。正直に申し上げました。もうお離しください。でないと…」
栄太の腕はますます角田へと絡みついてきている。このままでは脅しではなく、本当に角田の理性は焼ききれそうだ。
「いいよ。角田さんならいい」
カッとなって、角田は栄太の腕を乱暴に引き剥がす。
「ご冗談もいい加減になさってください。貴方のお遊びに付き合って身を持ち崩したくなどございません」
引き剥がされて悔しそうな栄太に、角田はスーツを押し付けた。
「二度といらっしゃらないでください。しがないテーラーですが、客を選ぶ権利ぐらいはございます」
毅然と云い放った角田は、もう云うことなど無いとばかりに背を向ける。

ばさりと何かが落ちた音が響く。
再び角田の腕が引かれ、栄太の唇が角田のそれを強引にふさいだ。

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