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関東小話<4> 

【仕事と使命】


「すごいんですよー。もう列が出来てて、スーパーで入場制限なんて初めてです」
村田はそのときのことを思い出したのか、げんなりとした表情を浮かべた。
営業部・企画課は、二時間に一度、必ず休憩を取らせる。
ほとんどの作業がパソコンを使うものであることと、根を詰めた作業はミスが発生しやすいことを、部長の渥美が嫌う為だ。
「そんなに並んで何を買うんだ?」
「卵とか、牛乳とか、パンにお米! 後は電池ですよ! 全然無いんですもん」
不思議そうな声を上げたのは、企画課の頭脳と評判の鈴木だ。答えを聞いた鈴木がいよいよ持って首をかしげる。
「卵も牛乳も無くても事足りるだろう。米とパン、両方買うのか?」
「だって、無いと思うと気が急いちゃって」
呆れたような鈴木に、村田の反論が段々と小さくなる。
「米とパンは、今は被災地に回されてるだろうし、ガソリンが無いなら配送が無いのは当たり前だろう。俺と部長は普通に買い物してるぞ」
「ええ~~~~ッ、あの行列に並ばないんですか?」
「夕方いくとスーパー空いてる。確かに棚は空いてるけどな。自分で料理しなきゃいけないのが骨だが、ものは買えるぞ」
がっかりした村田の声には悲壮感が混じっていた。
「第一、牛乳が無いんじゃない。紙パックが無いんだ」
「そうなんですか?」
「そうなの。お前、商社の社員なら、今回の地震で痛手を受けた流通の要くらいは勉強しておけ」
実は東北にある大手の製紙工場が現在操業不能な状態だ。
「朝からこの道に出来てる行列は何だと思ってるんだ?」
「ガソリン渋滞でしょう?」
会社の先にあるガソリンスタンドには、店を開ける数時間前からすでに行列が出来ている。
鈴木と渥美は地震後、ガソリン温存のために、通勤をバス停まで徒歩に切り替えた。バスも電車も停電に備えての節電で、未だ日祝ダイヤである。
通勤時間帯は押して知るべしだ。
都心に勤めている訳でも無いのに、ラッシュ時の山手線状態は勘弁してほしい。
そのくらいなら、歩いた方が幾分マシだった。
「ガソリン渋滞で、昼過ぎも混むわけないだろう。とっくに売り切れてる。昼からの車は全部その先の製紙会社のトラックだよ。東北の分も生産するんだと」
「でも、停電がありますよ?」
京浜地区の火力発電所は二箇所が未だ止まったままだ。業界内部では情報は出回っているが、マスコミなどは派手な原発のニュースしか取り上げない。
「停電時間をずらして、生産ラインを組んだらしい」
人数がいればこそ、可能な技だ。正直、くるくる変わる停電にあわせて生産ラインを組むのは苦しい。
特に今は通勤の足が確保されていない。鈴木の勤める創技でも、停電にあわせていきなり飛び込んでくる運休の知らせに、あわてて社員を帰したりもしていた。
「夜勤作業もありですか?」
「そうだろうな」
停電しないのは、午後十時から、朝の六時までである。しかし、夜間作業はより電力を使う。諸刃の剣だ。
「さて、停電の前に作業済ませちまおう」
独り言のようにつぶやいた鈴木に、皆がデスクへと戻る。

商社マンが出来ることは、今は自社のもっている流通をいかに回すか。それが今の買占めに歯止めを掛ける唯一の方法だ。
ガイガーカウンターが売れているらしい。その後に求めるのは水だろう。
鈴木は、電力会社の発表を信じてはいない。
この日本において原子力発電の占める割合は三割だ。なのに、福島が火災になっただけで、関東全域の電気が足りなくなる事態などあり得ない。
京浜工業地帯だけで二箇所も火力発電所がストップしている。
対岸の千葉地区など、未だに連絡が取れない工場もある。渥美は、足が確保出来次第、取引先を回らせるつもりでいるようだ。
あれだけの流動化だ。倉庫が砂で埋まった工場もあるらしい。
亀裂も発生しているだろう。灯りのない中で、余震でも起これば二次災害だ。
そうなると、千葉地区の発電所もだめになっていると見て間違いない。
当然、京浜と千葉にある大手数社の製鉄所も操業実績を下げるだろう。そういうところからの電気が買えなくなると、ますます足りなくなる訳だ。
今、只でさえ市場はパニックに近い。
これで本当に一般家庭が停電になったら、本当にパニックが起こるのではないだろうか。

「山梨からのルートを、どう確保するかだな」
「やっぱり、お前もそこか」
いつの間にか部長室から出てきたらしい渥美が鈴木の後ろに立っていた。
「福島の原発の件がある。次に求めるのは水だろう」
「だが、食品は難しいぞ。それこそ自家発電の装置を持ち込むしかない」
ここでも圧し掛かるのは、輪番停電だ。工業系の工場とは違い、食品工場はラインを止めない。止めると雑菌が繁殖しやすくなる。
一旦ラインを止めれば、消毒に時間を取られる。不眠不休の作業に、工場は青息吐息だ。
「只でさえ、水は買占めの急先鋒だ。これ以上の増産は産地の死を招きかねん」
「九州からの陸送は?」
「考えてはいるが、コストがな」
コストの転化は出来ない。そんなことをすればますます買占めが発生するだろう。
しかも、今度は流言飛語に踊らされた消費者ではなく、業者の買占めだ。性質が悪い。
「時間は掛かるが、船便を用意させている。浮島につければいい」
「隣の岸壁貸してもらえないかな」
「交渉してみよう」
会社に隣接する倉庫には、自前の接岸壁がある。そこに掛け合えれば、輸送コストは最低限に抑えられる。しかも、リフトで運べば、トレーラーに積み込む電気もガソリンも不要だ。輪番停電の間も作業が出来る。
鈴木の発案に、すぐに渥美が立ち上がった。
営業に手配をさせるつもりだろう。とりあえず、ひとつは片付いた。
生鮮食品は輸送ルートの確保が不可欠だ。とにかく、買占めを終わらせるには、充分なルートの確保をしなければ。
鈴木はまた、パソコンで調べ物に没頭した。


四時にサイレンが鳴った。今日は六時から輪番停電の予定だ。
今のところ電気はきているが、何時落ちるかわからない状態での作業は、地震当日の二の舞だ。
今日もモノレールと私鉄の一部は運休予定だ。その前には社員を帰さないと、また帰宅難民が出る。
皆が帰った中で、渥美の部長机にふんぞり返っているのは鈴木だ。
何処も地震の後始末でおおわらわの中、当然居残り連絡組は必要だ。何時、取引先からの連絡が入るか判らない。営業部の中で唯一の東京都民である彼らに白羽の矢が立ったのは当然の結論だ。
鈴木と渥美の住んでいる羽田のマンションは、最初こそ停電地区に入っていたものの、隣町の火力発電所が復旧後にそれは取り消しとなった。これも鈴木が電力会社の発表を疑う原因のひとつだ。
「義彦。正直なところ、どう思う?」
煙草をふかしながら、渥美が問い掛けた。
普段はオンオフの境目のはっきりした渥美が、二人きりであろうが社内で名を呼ぶことはない。つまり、個人的な意見を求められているのだ。
「俺は原子力は専門外だ。だが、あれはもう駄目だな」
「いや、そうじゃなくて」
何を聞きたがっているのか。固有名詞を出さないのは、おびえているようにも取れた。こんな男でも多少は流言には踊らされるらしい。
「メディアが放射線と放射能物質を取り違えて報道しているからな。わざと不安をあおってるのかと思うぞ。やつらには事実より、面白いものが重要らしい」
鈴木は伊達ではめているメガネをくいっと上げた。
「放射線は距離の2条に反比例して減衰する。20キロもとれば充分だ。問題は放射性物質だ。ヨウ素、セシウム、再臨界すればストロンチウムも出るな。これらは崩壊しながら安定同位体になるまでベータ線を撒き散らす。ここまでは高校の授業でやっただろう?」
聞いてみて思い出した。そういえば、そんな授業を受けた気がする。渥美は頭をかいて続きをうながした。
「ただし、これは空気中に含まれる放射能塵に付着している。それを持ち込まなきゃいいんだ。重要なのは、こまめな掃除と洗濯。毎日のシャワーと洗髪。窓なんかも水で流せればそうした方がいい。とにかく、放射能の塵がついたものは室内に持ち込まないことだな」
「洗い流した塵はいいのか?」
「安定同位体になるまで。だと云っただろう? 健康体の大人なら普通に生活していて大丈夫だ。注意しなきゃいけないのは赤ん坊と母親だな。体内被曝の危険性がある」
少量でも体の小さな赤ん坊やまして胎児には影響がある。万が一を考えると。
「やっぱり、水だな」
渥美が顔を上げた。
「ああ。いくら買占めを止めろといっても、煽られた人間には無理だ。弱者に譲れと云われても聞かないだろうよ。俺たちみたいなゲイはせいぜい踊らされないようにするさ」
次代に命を繋がない人間たちが、次代に命を繋ぐ人々のために出来ること。
「俺たちは商社マンだ」
「そ、出来ることはやるべきこと。使命感があっていいじゃないか」
立ち上がって伸びをした鈴木がスーツを羽織る。電気の点かない室内は暗く、非常灯だけがあたりを照らしていた。
エスコートするように、ドアを開けた渥美に向かって、鈴木はにやりと笑いかける。
「頼んだぜ」
決済をして上に掛け合うのは部長としての渥美の役目だ。
「承知いたしました。女王陛下」
身の引き締まる思いで渥美は頭を下げる。
颯爽と出て行く鈴木に渥美はつき従った。目指すのは会社の前のバス停。
送っていく車も、高級店の食事も無い。それでも女王様は本日も健在だった。


<おわり>

今回の話は報道に対する疑問です。不安を煽るような報道と、何故電気が足りないのかに突っ込まない報道陣。

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