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もうひとつの関東小話<身勝手な男・番外> 

身勝手な男シリーズ番外。関東小話で書き足りなかった部分を。


「じゃ、久世主任。失礼しまぁす」
「ああ。暗いからな、気をつけろ」
最後に残った女子社員に声を掛ける。
震災から一月。復興需要を当てにしていた各業界の思惑は見事に沈んだ。
建築業界も最初は仮設住宅の需要を見込んでいたが、遅々として進まないのには訳がある。
細かな部品が入ってこないのだ。
被災の範囲が広域に渡っていた所為で、各業界が全ての全容を掴むのに時間が掛かった所為ももちろんあるが、それでも大きなものの不足にはすぐに気づき、代替の手配を行う。
それも計画停電とやらの所為で遅れがちではあったが、そろいつつあったのだが。
どうにも動きが鈍い。よくよく調べてみると、足りない部品の型を持っている工場が被災しているとか、操業できる状態にはなったが、海に流す工場用水を分解できる薬品を作っている工場が警戒地域にあるとか、特殊ボルトを作る工場の倉庫が流動化で砂に埋まっているとか。次々に問題が山積みになっていく。
結局、あちこちで止まらざるを得ない。
久世の勤める城南鋲螺もそろそろフレックスの導入を本気で考えている。いつか反動の需要が来ると見込んで、ここまで耐えたがもう限界だ。
どう調整を図るか、それとも政府の新たな復興策が練られるか。久世も総務の要として頭の痛いところだ。
それでもいつまでも考えてもいられない。
すでに営業は早めの帰宅を申し渡されている。久世は大きくため息を吐いて階下へ降りると鍵を掛けた。

いつもより早めの帰宅ではあるが、夜のとばりはそろそろ降り始めている。
最近ではすっかり慣れたが、看板やネオンに明かりの入ってない街は、どこかさびしげに見えた。歩道を歩く足元も暗い。
駅前の学習塾から子供たちが出てくるのが見えた。
子供が歩くには暗すぎるのではないかと久世は心配になる。
「遅くならないように帰るのよ。なるべく皆で帰ってね」
学習塾の講師が子供たちを送り出していた。それに押されるように皆が連れ立って歩き出す。
その中で、ぽつねんとひとりで残される子供がいた。
足取りは重く、ひとりでとぼとぼと歩く。声を掛けようかと思ったが、ガタイのいい四十前のおっさんでは、怯えられるのがオチだ。
しばらく見送ってから、久世は帰りの道を歩き出した。


「おりゃああぁ!」
歩美が可愛い容姿に似合わない掛け声を上げた瞬間、見事な一本背負いで小柄な男の子の体が宙を舞う。
久世は月に二度ほど駅前にある柔道場で、子供たちを教えていた。ゲイだと知られているのが幸いしてか、道場には女の子も多い。
特に小学生の頃から教えている歩美は、手ずから教えている所為か、柔道のスタイルまで久世に似てきている。
元々、選手としては小柄な久世は、重量級の選手の相手は手に余る。小中学生相手の護身や基礎が精々だ。
「歩美。久しぶりに俺とやるか?」
「うん! あ、いいや」
歩美は一瞬、ぱっと目を輝かせたが、すぐに視線を逸らしてしまった。何か不味いことでもやったかと、久世がいぶかしんでいると、今まで歩美と組んでいた男の子が歩美に声を掛ける。
「いいよ。僕に気を使わないで。少し疲れたし。休んでるから」
男の子は成長期独特のひょろりとした体つきだ。歩美の返事も聞かないで、壁際に歩いていくその姿を見て、久世は唐突にその子のことを思い出していた。
一昨日、学習塾からひとりで帰っていた子だ。
「ほら、歩美。来い」
「はい!」
元気良く返事をした歩美が久世の胴着へと手を伸ばすのを遮る。
何度か攻防した後に、自分が優位な体勢で胴着を掴ませた。女の子の常として二次成長期の早い歩美は、中学生としては長身だが、男の久世には及ばない。
身体の厚みも違う久世を一本背負いとはいかないようで、大内刈り、小外刈りと足技を器用に掛けてくる。それをあしらいながら久世は歩美を出足払いで転がした。
ぱちくりと目をしばたたかせた歩美が残念そうな顔をする。
「あーあ、やっぱりまだか」
「そうだな。ほら、そこの新入り。こっち来い」
さっきまで歩美と組んでいた男の子を呼びつけた。歩美と組みながら横目で見ていたが、誰も男の子と組もうとはしない。
男の世界は女と違って非常にシンプルだ。より、優れたものが上位につく。
新入りの男の子など、どのくらいの位置に属するのか、普通は皆が試したがるものなのである。それがまったくないなど、どう考えてもおかしい。
「名前は? 俺と会うのは初めてだな?」
「相馬です」
小さな声で名前を名乗る相馬に、久世は背中を軽く叩いた。
「俺は久世隆大。ここで月に二回教えてる。とりあえず、どのくらいの実力なのか見たい。ちょっと組め」
「は、はい…」
久世の容姿はどちらかといえば童顔であるが、ガタイがいいので、どうしても初対面の印象はそっちが勝つ。案の定、相馬は怯えていた。
それでもがっちりと胴着を掴んでくるところを見ると、経験者ではあるらしい。
そういえば、先ほど歩美に投げられたときも、綺麗に受身をとっていた。
歩美は、と視線を流すと、珍しく誰とも組まずにこちらの動きを注視している。
小内刈りで綺麗に転ばせると、待ちかねていたかのように歩美と相馬が組んだ。
子供たちの動きを見ながら、久世が時折指導に入るのだが、なんとなく今日は子供たちに避けられているような気がする。
手を触れようとすると、露骨に避けられるのだ。
久世は居心地の悪い気分でその日の練習を終えた。

「ばっかじゃないの!」
帰宅途中の歩美を捕まえると、吐き捨てるように沿う云った。違和感の正体を歩美はとっくに知っていたらしい。
「相馬って、福島から来たのよ。被災してどっかの旅館に住んでたんだけど、都営住宅が当たったんだって」
元々マセたところのある子だったから、友人連中の子供じみた態度は、軽蔑に値するのだろう。それでなくとも女の子は大人になるのが早い。
「隆大センセもそう思うでしょ?」
「まぁな」
なんとなく遠巻きにしている訳は判ったが、子供たちだけではなく親も巻き込んでの問題だろう。
そういえば、福島からのトラックを受け入れないガソリンスタンドがあるらしい。自分たちから云わせると、馬鹿みたいなことだが、買占めのときと同じで、集団心理は一旦火がつくと止められない。
とりあえずは、道場の中だけでも何とかしたいとは思うものの、久世にはいい考えが浮かびそうに無かった。


翌週も久世は道場へと顔を出した。
とりあえずは根気強く付き合うしかない。自分が模範を示すくらいしか出来ないのだ。
遠巻きになっている子供たちにもそ知らぬふりで接し、歩美と相馬の練習を見てやる。
「差し入れをもらったぞ。休憩だ」
道場主の兵頭が饅頭の箱を開けた。子供たちがわらわらと群がる。久世に奥さんが茶を差し出す。
「あ、『ももうさぎ』だ!」
「そうか。相馬の地元で売ってるんだよな」
声を上げだ相馬の頭を兵頭が撫でた。うさぎの形をした饅頭に伸ばした子供たちの手が止まる。
「これ、どうしたんすか?」
子供のいないこの家に、甘いものなんかある筈がない。しかも、久世のやってることを判った上での用意だ。
「お前の綺麗な彼氏が持ってきた。福島のアンテナショップで酒とつまみ買ってきたらしいぞ。今日の夕飯は豪華なんじゃねーか?」
久世とその恋人は、この道場で知らないものはいない。
「佐伯さんから、ドライとまとと、もものビン詰めを頂いたのよ。うちも今日は豪華な夕飯にするわね?」
奥さんと兵頭が顔を見合わせて笑う。歩美はすでに二つ目に手を伸ばしていた。
まったく気にしない雰囲気に、子供たちは目を見交わして、饅頭を口に入れる。ももの甘い香りがあたりに広がった。

帰宅すると、台所はいいかおりに包まれていた。
「ただいま」
「おかえり。今日はドライとまとのハンバーグにした。飯が終わったら、酒にしようぜ。いいのがあったんだ」
にんまりと笑う佐伯に、久世は頭を下げた。
「ありがとう」
「気にすんな。風呂、入って来いよ」
下げた頭をくしゃくしゃにかき回され、久世は苦笑いを浮かべて風呂場へと消える。佐伯という男の懐の深さを垣間見せられ、照れくさい。
風呂から上がって、居間のテーブルに広げられた料理を肴に飲む酒は格別だ。
地鶏の炊き込み飯。ドライとまとを練りこんだハンバーグ。味噌豆腐の味噌汁。ゆず巻き大根。紅鮭の桜漬け。
「旅行でも行った気分だな」
「年に何度か、こういう贅沢もいいだろ。大体、今の日本の検査体制で危ないものが市場に出回る訳がない」
「大丈夫だろ。官僚どもが自分の口に入る危険をおかしている限りは信用していいだろうよ」
皮肉に口をゆがめる久世の言葉は、ある種の真実だ。
「安全値が出たものも、福島ブランドがあるだけで手を出さないなんて、馬鹿げてるよな」
久世の脳裏にひとりでぽつねんと帰る相馬の後姿が蘇った。
自分が出来ることがひとつ増えた。道場だけでも変えていこう。
「浮気するなよ?」
「あんな小さい子を相手に? アホだろ、お前」
いたずらっぽく佐伯が笑った。そのまま、唇を重ねる。
大事なひと。大事なこと。お前がいるから、思い出せる。足を地につけて、歩いていくのだ。
自分たちが出来ることを確かめながら。


<おわり>


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~ Comment ~

Re: 関東小話

ありがとうございます。
東京でも似たような状況でしたよ。
放射能の塵は降り注いでいるのに、マスクも着けないで外出して、そのままの服で室内を歩き回り、でも福島の野菜なんか食べないって云うんですよね。
集団心理というか、報道って怖いと思いました。
[2013/04/29 13:56] 真名あきら [ 編集 ]

関東小話

関東小話何度も読み返しています。

私の住んでいる場所は福島ではありませんが、ホットスポットと呼ばれる場所で放射能数値の高い地域です。
普通に生活しています。
震災からかなり時間が経っていますが、未だに放射能云々と言っている人を見かけます。
正直、馬鹿だなぁと思いながら聞き流しています。

スーパーなど福島産の野菜がありません。
今もです。
ホットスポットにいるんだから気にしてもしょうがないだろうと苦笑いしてしまいます。
集団心理というものは怖いものですね。
[2013/04/28 04:06] mimi [ 編集 ]

Re: 柚子季さま

一気読み。ありがとうございます。

何故か、被災地の方からコメントをいただく話です。
今、自分が出来ることは何だろう?と考えた時に出来た
自分の中の疑問を問い掛けただけですが。
少しでも何かの原動力になれれば嬉しいです。
[2011/05/07 10:00] 真名あきら [ 編集 ]

関東小話一気読みさせて頂きました。

なんというか……上手く言葉が出ません。
じんわりと心に沁みて、涙が出ました。

ありがとうございました。
[2011/05/06 22:18] 柚子季 杏 [ 編集 ]















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