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春日部長の日常<10> 

「どうぞ、部長」
「あ、ああ。世話になる」
駅前のコンビニで下着と歯ブラシ、夜食を買い込み、前村宅へと到着した頃には、俺はすっかり度肝を抜かれていた。
ホテルのようなロビーには、受付があり、管理人が常駐しているらしく、『御用の際は、ベルを鳴らしてください』と書かれた札がある。
ロビーの奥にあるエスカレーターと階段ホールにいたるには、もうひとつカードキーで開く扉があった。
エレベーターで上階へとあがり、もたもたと手馴れない動作で前村がカード認証の扉を開く。
扉脇に備えつけられたランドリーケースから、クリーニングを取り出し、案外綺麗な廊下を通って部屋へと入った。
こじんまりとしているが、廊下と同じく綺麗に磨かれたフローリングの部屋には、大き目のソファとテーブル。最新型の大型のTVと、でかいガタイに相応しい大き目のベッドが鎮座していた。
だが、あまりにも生活観が無い。整いすぎていて、何だかホテルの一室の様だ。

「その辺に座ってください。お茶いりますか?」
そんなことを云いながら、クローゼットのドアを開いた前村が、無造作にクリーニングを押し込んだ途端、ばさばさと何かが落ちる音がした。
慌てて前村はそれを押し戻そうとするが、上手くいくわけがない。
第一、そんな体勢のままじゃ、お前は何時になったらくつろげるんだ?
「前村。手を離せ」
「え? でも」
「いいから」
俺がギロリと睨んだのに、渋々と手をどける。あっという間に足元までなだれ込んだクリーニングの山に、俺は前村らしいと溜息を吐いた。
クローゼットを覗き込むと、機能的にいくつにも区切られ、引き出しも備わっているが、ビニール袋に包まれたままのシャツやスーツと、買った下着や靴下がこれもスーパーの袋に入ったまま、無秩序に積み上げられていて、そりゃ雪崩も起こすだろうと納得する。
「すみません」
しゅんとなった前村の頭をぽんぽんと撫でて、俺はクローゼットの中の秩序を取り戻すことにした。
といっても、いい夜半にそんな大掛かりなことをする気は無い。
「前村。二段目がシャツ。スーツはそのままハンガーを掛けろ。あと、買ったものはビニールから出せ」
大きさが揃ってないのを積み上げるから雪崩れるのだ。後は下着は下段の引き出しに、靴下は上段の引き出しに突っ込んだ。買い物袋の山は、一つの袋にまとめておく。
少しはマシになったクローゼットを閉じて、俺たちはやっと落ち着いて座ることが出来た。
「随分、立派なマンションだな」
ワンルームではあるが、大振りな造りと、クリーニングやおそらく清掃まで業者頼みと思われる部屋は、前村が自分で買ったものではあり得ない。この辺りなら、ちょっとした一軒家が買える金額だろう。
「実家と揉めてて、遺産の前渡しだって云われてるんです」
頭を掻いてえへへと笑うが、何となくさびしそうな風情だ。金がなくても幸せだなどと幻想を抱く年では無いが、金があっても幸せだと云う訳では無い現実も思い知っている。整いすぎたカタログルームのような部屋を眺めていると、前村という男も、能天気なばかりでも無いのだろうと思えた。
窓の外に視線を移すと、ソファの前に座っていても会社のシルエットが浮かび上がる。
「確かにここなら、明かりが消えたのは、丸判りだな」
「そうなんです。何で、俺、誰もいないと思って会社に行ったんですけど?」
そこまで云って、ようやく何かに思い当たったらしい前村が、眉根を寄せた。
「部長。何で俺が帰ってくるの、知ってたんですか?」
今頃気付くか。こいつは。
「あれだけの仕事をお前が定時でこなせる訳がないからな。俺のサポートなしで仕事をやるなら、どこかで時間を使ってる筈だ」
早朝に出社してきている訳ではない。それなら、とっくに他の連中から話が入ってくる。今まで平均で三時間四時間の残業でやっと片付けていた仕事を、すんなりと終わらせている訳が無い。
「そしたら、俺が帰るのを見計らってるだろうと思うさ」
俺と二人だけになりたくないから、皆がいる時間に帰っているなんて、すぐに判る。
「参ったな。見抜かれちぇってるんだ」
「お前の考えなんかお見通しだ」
俺はわざと明るく笑いとばした。浦西と俺の邪魔になるなんて、可愛いことを思い悩んでいたのなら、それは無用の心配だ。
「下手な遠慮なんかするんじゃない。もう一回、仕事のやり方を叩き込んでやるからな。覚悟しろよ」
ニヤリと自分でもかなり獰猛な感じになっていると思う笑みを浮かべると、前村は半分泣きそうな顔でうなずいた。

どっちがソファで寝るかで揉めたが、俺は頑として譲らなかった。
ここは前村の部屋だし、前村がベッドで寝るべきだ。それに、正直前村の何時洗ったか解らないシーツで寝るのは御免こうむりたい。
クッションのいいソファに、毛布だけ借りて横になると、眠りはすぐに訪れた。
俺は寝つきも寝覚めも非常に良い方で、何事かがあればすぐに目を覚ます。
だから、俺の上に誰かが身を屈めてきたときも、半分覚醒した状態だったし、唇を掠めた柔らかいものが何であるかも知っていた。
そのまま離れようとする相手の腕を掴んで引き寄せる。
目を開けると、そこには怯えたような表情の前村がいた。

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