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春日部長の日常<13> 

まるで中高生か何かのような付き合いだ。
一緒に残業して、一緒に帰宅。夕飯を食べて、送っていく。
上司として残業と夕飯を共にしていた頃と、何も変わらない。家まで前村を送るのと、かもし出す空気が少し甘いかな?といった程度だ。
いや、それさえも俺は自分で演出している気がする。
「あの、部長。ちょっと、お茶でも」
金曜の夜。恥じらいながら、前村が口にした。口にした後に、照れなのか不安なのか、いそがしく視線を彷徨わせる。
それが可愛くて、俺は前村の耳元でささやくように告げた。
「それは覚悟が出来てるって意味にとっていいのか?」
付き合ってる男を家に上げるというのは、成人した男女間ならそういう意味だ。
「あ、い、いえッ、その」
「冗談だ。帰るよ」
真っ赤になった前村に、薄く笑って、耳元に寄せていた顔を上げる。からかっていたことが判ったのだろう。
前村がむっと唇を引き結んで、何か云い掛けたが、それきり言葉を飲み込んだ。
俺は拍子抜けして、前村を正面から見ようとしたが、そのときにはすでに俺の前に前村の姿は無い。走り去る後姿を見ながら、しくじったことを知った。
「部長、ひどい」
そう頬を膨らますと思ったのに。今までの、多くは無いが少なくも無い経験にしたがって云った台詞の、一体何処が悪かったのか。
つらつらと考えながら夜道を歩く。追うことも考えたが、根本的な解決にはならない。この齟齬を埋めない限りは。
改札をくぐる。
電車に乗ると、若い恋人同士がいちゃついていた。
眉をひそめている人もいるが、若い証拠だ。ここでヤル訳でもなし、せいぜいおさわりとキスぐらいならたいしたことは無い。
むしろ微笑ましいぐらいだ。自分だって若い頃は。今どきの若いやつのようにキスまではしなかったが、それでもいちゃついていた記憶はある。
思い出して、雷に打たれたような感じがした。
次の駅に着いて、ドアが開くのと同時に俺は飛び出した。階段を駆け上がり、下りのホームへ向かう。
着ていた電車に飛び乗った。
甘えていたのは俺だ。心地よい関係を壊したくなかっただけ。
ひよこをそのまま手元に置いておきたかっただけだ。
前村が、あの時どんな気持ちで告白してきたのかさえ、俺には判っていなかった。
云いたくなかった筈だ。なのに云わせたのは俺。
その癖、ままごとのように甘い言葉と恋人の真似事。大人の余裕で受け止めたフリをした。
隣の駅までのホンの数分が待ち遠しい。
駅に着いた途端に飛び出した。エレベーターが待てずに階段を駆け上がる。
改札をくぐったとき、見覚えのある相手とすれ違って、振り向いた。
後ろから誰かに追突された。改札のど真ん中で止まっていた所為だ。
「す、すみません」
謝って改札を抜けると、再び隣の改札をくぐって駅へと入る。
見慣れたデカイ後姿は、今日は若者らしいジーンズと夏ジャケットの組み合わせだ。
電車がホームに滑り込んでくる。必死でそれに駆け込んだ。
さすがに息があがる。電車の中で立ち止まると、どっと汗が吹き出した。ネクタイを緩めて、ビジネスバッグを抱えなおす。
車両の三つ先へ乗り込んだのは見えた。降りる駅を通り過ぎたことで、俺はこの電車が都心部へ向かう快速であることに気付く。
何処へ行くつもりなのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
とにかく、追いかけて無神経だったことを詫びよう。
何時までも甘えている訳にはいかない。きちんと向かい合って、それから、このままごとを卒業しなければいけない。
俺はじっと車両の前を見据え、頭だけがちょこんと見える前村の背中を見つめ続けた。

前村が降りた駅は都心の繁華街だった。
似合わないと思えるその場所に、慣れた動作で歩いていく後姿が見えた。
都心部など本社くらいにしか用の無い俺には、人の多さと不規則な動きに遮られ、歩きにくいことこの上ない。
離れていく背中を何とか見失わないように追いかける。
身長も違うし、置いていかれるかと思ったが、やはり、そこは前村で幾度も人にぶつかっては頭を下げていた。だが、それは俺も同じだ。
前村だけを見て歩いている所為か、何度も人にぶつかる。
幾度目かで頭を下げたとき、前を向くと前村の背中が無かった。
急いで見失ったあたりへ行くと、路地がある。周囲を見回すと、一軒の店へと前村が入っていくところだ。
俺は迷いも無くその扉を開いた。

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