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春日部長の日常<14> 

半地下になっているその店は、何の変哲もないバーに見えた。
「いらっしゃいませ」
バーテンダーがにっこりと笑い掛けるが、俺はそれよりも前村の姿を探して、キョロキョロと視線を彷徨わせる。
前村は隅にあるボックス席に男と向かい合わせで座っていた。
声を掛けようと近づいていくと、向かい側の男が気付いたようで、目線で座れと促される。前村はこっちに背を向けていて気がついていない。
俺は訳知り顔の男に反発を感じはしたが、それでも前村の考えていることが知りたくて、男に促されるままに隣のボックス席へと腰を下ろした。
「で? 相談っつーのは何だ?」
「すみません。相談っていうより、話聞いて欲しかっただけっす」
前村の声には、何処か自棄になったような響きがある。
「惚気は聞かねーぞ?」
「んなんじゃないっすよ。俺だって、ノンケがいきなり交際申し込んできたくらいで、舞い上がるほど子供じゃないっす」
隣の会話に耳を澄ませながら、心得た風に、小声で注文を聞くバーテンに、俺は指で適当なカクテルを指した。
「じゃあ、何だ? やっぱり勃たねぇとでも云われたか?」
「それ以前っすよ。オコサマ扱い。適当に遊ばれてる感じっす」
前村が運ばれてきたビールを一気に飲み干す。
「おいおい、悪酔いするぞ。相手、俺と同じくらいだろう? そりゃ、お前なんぞ、子供だろうさ」
「なんすかね。もう、こんなんだったら玉砕した方がマシっすよ。妙な優しさなんかいらないっす」
「優しいのか?」
「そうっすね。出来ない仕事を教えてくれて、出来ると手放しで褒めてくれて、失敗すると怒鳴られるけど、俺、馬鹿なのに、最後まで面倒見てくれて」
男がぱちんと前村のでこを弾いた。
「そりゃ、上司として当たり前だろ。そんなことで勝手に惚れられても困るぜ」
「俺が勝手に好きなのは判ってますって。でも、告白したら受け止めてくれたから、つい欲が出ちまって」
俺は神妙に聞いていた。受け止めてくれたから、欲が出た。人としては当たり前のことだ。
「じゃあ何だ?」
「俺がオトコだってことです。判ってないんじゃないかな? あのヒト」
もう一度、ぴんと音が立つぐらいに男は前村のでこを弾く。
「当たり前だ。相手はノンケだろうが。可愛いオンナと付き合ってるつもりだろうさ」
「あ…、」
何気ない指摘。本当に気付かなかったとでも云いたげなうっかりものの声。
「しかし、その男も気の毒だぜ。タスクみてーなデケー男が可愛く見えるようじゃ、立派に俺らの仲間入りだっつーの。なぁ、部長さん?」
「え?」
前村が勢い良く振り返る気配がした。
俺は覚悟を決めて立ち上がる。
「ぶちょー? どうして??」
「前村。帰るぞ」
前村の腕を引いて立ち上がらせた。
「タスク。ここ、お前の払いな」
「ええ? ヒロさん、ひどいっす」
「ひどくねーよ。ここまで惚気に付き合っただけでも褒めろ」
男がニヤリとグラスを掲げる仕草は、全部知っているとでも云いたげで、カチンときた俺はグラスのカクテルを飲み干し、バーテンを呼ぶ。
「そっちの払いも持つ。いくらだ?」
「四千二百円になります」
「釣りはいらん」
叩きつけるように札を置いて、前村の腕をつかんだまま店を出た。
男は最後までニヤニヤとした笑いを唇に貼り付けたまま、俺たちを見送っていた。

「あの男、何だ?」
「あの、おとこ?」
「いやに甘えてただろう?」
「ヒロさんのことですか? 愚痴聞いてもらっただけです、けど?」
前村は、俺が何を云ってるのか、まったく理解不能といった顔で俺を見ている。
まぁ、そうだろう。只でさえ頭の悪い奴だ。俺でさえ、たった今わかった事をこいつに理解できる筈が無い。
「すまん」
俺は素直に頭を下げた。
前村にはきちんと云わなければ解からない。伝えることはひとつだけだ。
それを口にするのは情けないが。
「部長。何ですか? 俺が勝手に…」
「いや、俺が悪かった。解かっているようで解かってなかった」
そうだ。理解できてなかった。
「お前が男だっていうこと」
若いOLでもたぶらかしたような気分でいた。今だけだ。こんなオヤジにはすぐに飽きる。それまで楽しんでもいいだろう。
俺はそんな気持ちでいたのだ。
前村がどれほど真剣に想ってくれていたのか、考えもしなかった。
「それって、もう無理ってことですか?」
前村の硬い声に、俺は下げていた頭を上げる。
前村は泣いていた。

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