スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
*Edit TB(-) | CO(-) 


桜の庭<1> 

桜の咲く庭を亡くなった人の思い出とともに愛でる主人。
傍らで働く無骨な男。静かにすぎる時に投げ掛けられる波紋。
それは亡くした恋の人形のように現れた青年だった。

【桜の庭】

<2> <3> <4> <5>
<6> <7> <8> <9>
<10>完 <ずっと傍に> <夏の庭>

「旦那。木蓮が伸びすぎてます。切りますか?」
庭に面した障子がからりと開いて、まだ、肌寒い風が吹き込んだ。顔を覗かせた男に、私は読んでいた本から目を上げた。
「そうだな。桜の枝の邪魔になる。切ってくれ」
「はい」
男は、細い木にはしごをかけて、軽々と登ると、邪魔になる枝を落とす。
振り返り、私が了承の印にうなずくのを確認してから、はしごを下りた。
小さな庭だが、桜の大木をを中心に、桃、夾竹桃、白木蓮、椿などが、四季折々の花を咲かせる。私が何よりも愛する庭だ。
この庭を眺めつつ、書庫から取り出した本を読むのが、私の何よりの楽しみであり、その庭を精魂込めて世話をする男は、私のやすらぎだ。
身体は大きいが、物静かで声を荒げるところなど、見たことも無い。
常にひっそりと、庭で立ち働いている。
桜がつぼみを膨らませていた。
あと数日もすれば、密やかにほころびはじめ、あっという間に咲き誇り、命を散らしていく。
まるで、それはあの人のようだと、私はふっと庭の桜の向こうにある小さな家に目を移した。
元の庭の持ち主。名も知らぬその人は、私がはじめて会った時には、もう死の床についていた。
にも関わらず、儚げに柔和に笑った人は、まるで少女のように見えた。


十年ほど前になるだろうか。私は、受け継いだ遺産で閑静な住宅を求めた。
まだ、若かった私に、建築士が勧めたのは、こじんまりとはしているが、機能的な最新のモデルだった。
建築士に連れられ、現地を下見に来た私が目にしたのは、桜の大木と、木々に囲まれた庭。桜の向こうにあるのは、庭に相応しい純和風の家。
「あちらのお宅の庭なんですが、事情があって半分売られたんですよ。一人暮らしなら十二分に広さもありますし……」
しゃべり続ける建築士の言葉を、私は半分も聞いていなかった。
私の目を釘付けにしたのは、まるで精霊でも宿っていそうな、見事に咲き誇る桜の大木と、その向こうにある家にのべられた床から身体を起こした一重を羽織った年の行った女性。
柔和な瞳に、包み込むような笑みを浮かべ、ゆっくりと頭を下げる。
私も慌てて、頭を下げていた。
「後月さん?」
私の様子を怪訝に思ったらしい建築士に声を掛けられて、我に返る。
頭を上げたときには、既に老女の姿は障子に隠されていた。いや、そもそもそこに本当にいたのだろうか?
「後月さん?」
もう一度、建築士が私に呼びかける。そのときには、私の頭の中からは、今まで思い描いていた現代的で機能的な最新モデルの家など、綺麗さっぱり吹き飛んでいた。
結局、私が建てたのは、こじんまりとした純和風の家。土壁の書庫と、庭に面した和室。
寝付いているあの人と、言葉を交わす訳では無い。庭越しに目を見交わし、お互いを確認するだけ。
私に出来るのは、あの人の無聊を慰める為に、切り窓に美しい花を飾ることくらいだ。
そうして、数ヶ月が過ぎる頃、隣家に黒い幕が掛かっているのを目にした。
ああ。あの人は逝ってしまったのだと、誰に聞くとも無く理解した。
冷たく、誰にも心を動かさないと云われた私の、おそらくは初恋であったのだろう。
切り窓に飾られた花は、もう誰に目を向けられることも無くなったのだ。
私は、そっと障子を閉じた。


「旦那。飯、どうしますか?」
回想は、掛けられた声に遮られる。私は遠慮がちに声を掛けた男を見やった。
「あまり、食べたくないな」
「分かりました。でも、一応用意しておきますから、適当に食べてください」
押し付けがましくない程度の気遣いに、私は笑いかけた。
「ああ。腹が減ったら食べるよ」
私がうなずいたのを見て、男は書庫へと消えた。
住み込みで働いてもらっているが、専属の庭師と云う訳では無い。庭に関する知識は、そこらの園芸好きの主婦たちと同じ程度だろう。
だが、私は私の良いように庭を気に掛け、愛してくれればそれで良かった。
男は、間違いなくこの庭に愛情を注いでいてくれる。
ふっと視線を感じて目線を上げた。
隣家の雨戸が開いている。
強い視線の主は、まだ年若い男だ。
まっすぐに臆さない瞳をこちらへと向けてくる。
その面差しは、あの老女に似ていた。

NEXT

FC2 Blog Ranking
完結小説一覧

スポンサーサイト
*Edit TB(-) | CO(-) 


Back      Next

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。