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桜の庭<3> 

「後月さん!」
声を掛けられて、振り向いた。
駅前の本屋だ。見ると、佐倉くんはエプロンをして本を抱えている。
「やぁ。アルバイトかい?」
「はい! 後月さんは会社帰りですか?」
「ああ。いつもここに寄るんだ。何かお勧めはあるかい?」
「何がお好みですか?」
はきはきとした受け答えも好ましい。書店員らしく、いくつかの流行の新書を上げられ、その中でネットで面白いと話題にはなっていたものの、子供っぽい表紙で敬遠していたものを手に取った。
「ありがとうございました!」
佐倉くんに見送られて、書店を出る。帰宅の途中に出来たささやかな楽しみに、私は年甲斐も無くワクワクしていた。
家に帰り、さっそく本を開く。
ファンタジーとミステリーの入り混じったような感じの話だが、意外と深い。
表紙で敬遠せずに、もっと早く読めば良かったと後悔した。
「明日も佐倉くんにお勧めを教えてもらおう」
一人ごちて本から目を上げると、すっかり夜の帳が降りているのに気付く。
どうやら本にすっかり夢中だったようだ。いつもなら絢瀬が声を掛けてくれるのに、今日はどうしたことかと怪訝に思いつつ、室内灯を点ける。
スタンドの明かりに慣れた目に、白い光が染みた。
明るい部屋に目が慣れると、部屋の入り口に食事を乗せられた盆が置かれているのが分かった。
常ならば、本に意識を飛ばしていても、絢瀬の声が聞こえないことは無い。
気を利かせて無言で置いていったのか、それとも本気で気付かなかったのか。どちらにしろ、悪い事をした。
「いただきます」
そっと手を合わせる。子供の頃から一人で食事を取ることの多かった私に、そういった習慣がついたのは、絢瀬がこの家にいるようになってからだ。
しつけの厳しい姉に育てられたのだと笑う。自然と手を合わせる絢瀬に私も習った。
「旦那、おはようございます」
庭で水を撒いていた絢瀬が顔を上げた。
「ああ、おはよう」
絢瀬が用意する食事は、皆、純和風のものだ。味噌汁に焼き魚。雑穀米に漬物。時折、卵焼きや野菜の煮つけが加わる。
「絢瀬。飯は……」
「お先に頂きました」
「そうか」
絢瀬と共に食事を取りたかったのだが、仕方が無い。仕事をする絢瀬と庭を共に眺めながら、私は朝食を取った。
「行ってらっしゃい」
「絢瀬、昨日は……」
にっこりと笑って私を送り出そうとする絢瀬に、夕べの謝罪を述べようとしたのだが、バツが悪くて、つい口篭る。
「後月さん、おはようございます」
「あ、ああ。おはよう」
「今からですか?」
「う、まぁ…」
明るく声を掛けられて、私は慌てた。少なくとも佐倉くんの前では、絢瀬に謝っている姿など見られたくない。
「昨日の本、どうでした?」
「いや、面白かったよ。ちょっと子供っぽい表紙で敬遠していたんだが、食わず嫌いは良くないな」
話に乗って、足を踏み出す。結局、私は謝罪を口にするどころか、『行ってきます』すら云わずに、絢瀬に背を向けた。
「漫画みたいな表紙だと思ったんでしょう?」
言い当てられて、苦笑が浮かぶ。
「そういう人、多いんです。面白い本はたくさんあるんですが、ああいう表紙だとためらうって云うか」
「私のような年代だと、ああいう表紙はどうも、ね」
見た目には今どき流行りのライトノベルという奴かと思ってしまう。
「でも、そうではないと解ったよ。また寄るから、お勧めを教えてくれないか」
「はい! 俺、あそこで月曜から木曜までバイトしてますから」
にっこりと笑う佐倉くんは、どこか春風のようだ。爽やかに私の心を吹きぬけていく。
あの人のような儚げな風情ではなく、力強くそして何処か華やかな。
「桜は桜でも、八重だな。普賢象か」
「え? 何か云いました?」
ぽつりと呟いたのが聞こえたらしい。佐倉くんが聞き返してきた。私はそれに曖昧に笑い返し、駅に着いたのを潮に、佐倉くんに手を上げた。
「あの人と重なる桜は、むしろ絢瀬だな」
静かに立つ姿。庭に溶け込みそうな静謐さ。
通勤快特の窓に持たれて、あの庭を思った。桜の花はちらほらと咲き始めている。いつもなら、あの庭を眺めながら、主のいない家を眺めるのだが、今はあの家には佐倉くんがいた。
「花見でもするか」
思い付きを口にすると、とてもいい考えに思えてくる。
正直、私は浮かれていた。
家族に疎まれ、感情さえ何処かへ置いてきた私を、家族は一層蚊帳の外へ置いた。その私の初恋の桜の精。あの人の孫と、笑って話して一緒に過ごすひととき。
そして、庭にいる絢瀬。
佐倉くんは酒は呑めるだろうか。
いや、こんなおじさんと一緒に呑んでくれるのか?
「まぁ、断られたところで、また一人に戻るだけだ」
ダメ元で誘うのもいいだろう。
いつもなら、あの人が去ってしまうようで、寂しさに打ちひしがれていた満開の桜を、今年は待ちかねている自分。
「現金なものだな」
呟く口元が笑んでいるのを、私は不思議な思いで自覚していた。

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