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桜の庭<4> 

「花見、ですか?」
「ああ。花見用の弁当を頼んで、東河も呼ぼう」
常には無いことを云い出した私を、絢瀬はあっけに取られたような表情で見つめている。
「弁当くらいは、俺が作りますが。旦那がそんなことを云い出すなんて、明日はなごり雪でも降るんじゃないですか?」
絢瀬の口調も、『どうしたんだ?』と如実に語っていた。
「それで、佐倉くんを呼ぼうと思うんだが……」
「……分かりました」
溜息と共に吐き出される言葉に、私は不安になる。
「絢瀬。呆れているか?」
「いえ。腑に落ちただけです。まぁ、そうですよね」
「老いらくの恋だと笑ってもいいぞ」
自嘲するように笑った私をあやすように、絢瀬が優しい笑みを浮かべた。
「旦那。まだ老けこむには早すぎですよ。本にしか興味が無いよりは健全だと思いますよ。俺は旦那は老け専かと思ってたんですが、ああいう顔がお好みだっただけの話ですね」
佐倉くんのような明るい笑いではない。だが、絢瀬の笑みは、私を安堵させた。ただ、云われた単語が理解出来ない。
「フケセンって、何だ?」
「じじばば専門。ショタやロリの逆です」
ああ、成程。絢瀬は私をそう思っていた訳だ。
「それを云うなら人外専門かもな。初恋は桜の精だったんだ」
絢瀬には初恋の人の話は何度もした。その上で、その人の分身のような桜の大樹の世話を任せたのだ。
「そうかもしれませんね」
絢瀬が同意を示し、ふっと笑みを浮かべた。それが妙に寂しげな笑みに見えたのは、私の目の錯覚だろうか。
仕事に戻るために立ち上がった絢瀬の顔は、すぐに目の前から消えた。

「花見? どういう風の吹き回しだ?」
見事に絢瀬と同じ反応を示したのは東河だった。皆、私を何だと思ってるんだ?
「いや、せっかく見事に咲いているのに、愛でる気分にはなれなかったからな」
「そうか。そういう気分になったというだけでも進歩だ」
東河は私と家族の確執を偶然知る羽目になった。私の心の鬱屈を知っている数少ない友人だ。
それは絢瀬も同じで、特に絢瀬には巻き込んで気の毒なことになってしまっている。うちで雇っているのは、その罪滅ぼしでもあるのだ。
本来なら働くことは無いといったのだが、絢瀬は立派な男が何もせずに過ごすわけにはいかないと、我が家の庭の世話と、私の身の回りのことをこまごまとやってくれている。
病身の姉と、長く暮らしていたという絢瀬は、大きな体に似合わず、細かいことまで気が回り、私は雇っているのに気が引けているくらいだ。
特に私が気に入っているのは、暖かな食事を共にする誰かがいること。
共にしなくても、誰かの気配が家の中にあること。
それは私の精神を鬱屈から救ってくれた。これだけがあればいいと。
「花見ですか?」
多分、それが無ければ、私は佐倉くんを見逃していたかもしれない。
「そう。来週あたりにどうかな? まぁ、こんなおじさんと酒呑んでくれるなら、だけど」
バイト先の書店で捕まえた佐倉くんは、一瞬、キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに顔を輝かせた。
「あの桜、そろそろ満開ですからね。行きます! というか、行かせてください!」
勢い込んで佐倉くんがうなずく。
辺りが明るくなるようなその笑いに、私も釣られて微笑んでいた。
ほわりとした明かりが胸に灯るような気持ちのまま、家路を辿る。佐倉くんに勧められた文庫本を片手に、門を潜った。
庭には八分咲の桜。家に灯る明かり。漂う夕食の香り。
住宅街を走り抜ける子供たち。
子供の頃には無縁だと思っていた風景が、今になって目の前に広がっている。
いや、おそらくは気付かなかっただけで、ずっとそれは自分のそばにあったのかもしれない。
私はゆっくりと引き戸を開いて奥へと声を掛けた。
「ただいま」
「旦那。おかえりなさい」
狭い家だ。声は台所から聞こえてくる。ひょいと顔を覗かせた絢瀬が、すぐに引っ込んだ。
「もう、飯出来ますけど、先に風呂にしますか?」
「いや、暖かいうちに夕飯にしよう」
頭を掻いて、私はビジネスバッグを書斎に放り込む。スーツを脱いで、食卓に付くと、絢瀬が行儀よく、手を合わせた。
いつもの光景だ。
そこに照れを感じるのは、帰り際の妙に家庭を思わせる風景の所為か。それとも、佐倉くんの明るい笑いの所為か。
私には判断が付きかねた。

「旦那。インターフォンが」
ゆったりとした時間を破ったのは、姦しいインターフォンだった。こういう鳴らし方をする相手を、私は一人しか知らない。
立ち上がろうとする絢瀬を制した。
私が出ても絢瀬が出ても、不機嫌で不条理な因縁(としか云えないものだった)を付けられるのだ。私が出た方が事は一度で済む。
「もう夕飯なの? いいご身分ね」
引き戸を開けるなり、鼻を鳴らしてそういったのは、六十を過ぎても、未だ若く美しい容姿を誇る私の母親だ。義母ではない。十代で私を産んだ所為で、年は近いが、間違いなく私の実母だ。
「閑職ですから」
元々、私を中枢に置きたがっていなかったのだから、閑職なのは当たり前だと思う。きちんと公務員の上級試験に合格していた私を勝手に呼び戻したのは、貴女ではないか。
心の中で並べ立てるだけだった文句が、今日は口を突いて出そうになる。
「少しは会社のことも考えて欲しいわ。貴方と来たら、いつも自分のことしか考えてない。弟の恭一の苦労を考えたらどうなのよ?」
「恭一を社長に据えたのは貴女でしょう? お母さん」
私の言葉に、母の眉が釣りあがる。私が反論するとは考えても見なかったに違いなかった。

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