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桜の庭<9> 

「お前はここにいるんだ」
決め付けるように云った言葉に、絢瀬がうなずくことは無い。ただ、私からそのまま視線を外す。
そこにある拒絶に、私はカッとなった。絢瀬がいなくなることなど考えられない。
「絢瀬……」
「旦那。もう止めましょう。旦那にはあの子がいるじゃないですか」
私の目も見ずに、絢瀬はそう云って背を向けた。
その腕を掴んで、私は絢瀬をその場へと押し倒す。絢瀬は目を見開いて、馬乗りになった私を見つめていた。
やっと私の方を向いた絢瀬に、暗い喜びを覚える。
「な、何を……?」
裸の胸に手を這わせる私に、絢瀬は怯えた視線を向けた。
「私のものにしてしまえば、お前は私から離れないのか?」
「だん…、な……」
呆然していた絢瀬が、もがきだす。だが、その力は弱いもので、私を押しのける程の力は無かった。大柄な絢瀬の力ならば、私などを押しのけることは簡単な筈だ。
「旦那ッ、止めてください、俺は」
喉の奥で絢瀬が声を殺す。馬乗りになったまま、絢瀬を抱きしめ、晒されたうなじに舌を這わせた。絢瀬の身体からは、いつも使っている石鹸の香りが漂う。
股間に手をすべらせると、絢瀬のそれは形を変えていた。
確信を得て、私の口元が緩むのを自覚する。
絢瀬は私が好きなのだ。穏やかな心で私を包み込んできたのは、私を想ってくれていたからだ。
ならば尚更、離れることなど許さない。
「旦那……許してください……こんな、」
絢瀬は腕を上げて、顔を覆い隠した。もうその手は私を押し返そうとはしない。
「何も云うな。考えるな」
流されてしまえばいいのだ。
「離れられなくなる……」
「離れるな。ずっと、お前はここにいるんだ」
顔を覆う腕を外す。絢瀬は泣いていた。私は、絢瀬の涙を舐めとり、そのまま唇を重ねた。
カサついたその感触は、佐倉くんとはまったく違う。だが、佐倉くんと同じくらいに私の心を揺すぶった。
「何を、しているんですか?」
抑えた声があたりに響き、私と絢瀬ははっと身を起こした。
階段の途中で立ち尽くしているのは、佐倉くんだ。こちらを見る佐倉くんの表情には、まったく何も無い。
シンと書庫の中が静寂に包まれる。
「さく、ら…、」
伸ばした腕が、佐倉くんに届く前に、佐倉くんがぱっと身を翻した。
「佐倉くんッ!」
階段を駆け下りる佐倉くんを追おうとして、私は迷った。ここで絢瀬を離したら、絢瀬はきっと……。
「追ってください! 旦那!」
「だ、だが、」
迷う私の背を押したのは、絢瀬だ。
「います。ずっと、傍にいます。何処にも行きませんから」
真っ直ぐに私を見て、絢瀬が微笑む。
「何処にも行きません。旦那は俺が家を出ると知って、喧嘩になったんですよ」
そうでしょう? と絢瀬が私を促す。その寂しげな顔の意味を、私は今更ながらに思い知った。
胸が痛む。きっと絢瀬は私が知らないことろでこんな顔をしていたのだろう。だが、今は。
「絢瀬。すぐに戻る」
私は絢瀬にそう告げて、佐倉くんの後を追った。


隣家の扉は開いたままで、私を中へ迎え入れる。
昔造りの家の低い桟を身をかがめて潜った。家の中には、灯りも点っていなかった。
「佐倉、くん」
机に伏したままの佐倉くんに声を掛ける。だが、その背はぴくりとも動かなかった。
月明かりが開いた障子の合間から漏れる。その向こうにあるのは闇に浮かび上がる桜の花と、灯りの点る、私の家。
「佐倉くん」
肩に軽く触れる。その肩が揺れた。
と、同時に私の腹に重いパンチが飛んできて、私は腹を押さえてうずくまる。苦しくて、せりあがる吐き気に耐えるのが精一杯だ。
「いい気味ですよ」
吐き捨てるように、佐倉くんが云う。当たり前だ。
「すまない」
咳き込みながら、頭を下げる。佐倉くんは好きだと思う。だが、絢瀬は失くせない。
「最低な男だ。貴方は」
「ああ。そうだな、最低だ」
絢瀬がいてくれるのが当たり前だと思っていた。あの大きな身体と心で、私を包み込んでくれることが。
「そのパンチ。二人分ですからね」
座り込んだままの私に、憮然とした顔で佐倉くんが云い放った。
「甘んじて受け止めるよ」
「チッ、」
笑った私に、佐倉くんが舌打ちをする。まぁ、このくらいで許してくれるのなら、安いものだ。
だが、すぐに佐倉くんは何かに気付いたように、顔を上げた。
「後月さん。あの人、逃げますよ」
「まさか」
絢瀬は私の傍にいると云ってくれたばかりだ。
「さっさと立ってください。戻りますよ」
佐倉くんは男らしい引き締まった顔で私を促した。どうやら、こっちの方が地のようだ。
この間までの可愛らしい態度は、やはり好意を持っていたからかと、今更ながらの鈍感さに自分ながら呆れる。
先へ立って歩く佐倉くんの後ろから、がらりと開いた扉をくぐると、呆然と私を見る絢瀬と東河が玄関先にいた。
二人とも小さなダンボール箱を抱えている。
「どういうことだ?」
絢瀬は無言で視線を外したが、東河は平然と私の視線を受け止めた。
「見ての通りだ。絢瀬がこの家を出たいって云うから、迎えに来た。悪いが、貰ってくぜ」
私の肩を押して、引き戸へと向う東河の前を塞ぐように、佐倉くんが立つ。
「この人、俺よりも貴方がいいそうですよ。それでも出て行くんですか? 竹間おじさん」
東河の行く手を遮った佐倉くんが、絢瀬に問い掛けた。
「お前、知って、」
「気付いたのはさっきですけどね」
目を見開いた絢瀬と佐倉くんの二人の会話に、私は混乱していた。おじさん? 二人とも知り合いなのか?
「ばーちゃんの弟ですよ。竹間おじさん」

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