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専業主夫・金居岳の場合<2> 

引継ぎしかない職場で、岳の居場所はどんどん失われていく。
大学を出て、ずっと勤め上げてきた会社だ。一抹の寂しさは感じるものの、仕方の無いことだと云う諦めもあった。
帰宅途中で、本屋に寄って求人誌を数冊買い求める。
目を通すと、それなりにいい求人もあるが、どれも給与面がいいと条件が合わず、条件を優先すると給与面で不安があった。
家のローンを考えると、給与面は重要だ。今は子供だが、知己にもきちんとした教育は必要だし、理実はやっと売り出したばかりだ。
「やっぱり、優先事項はそこだよなぁ」
知己のことを考えると、時間制の区切られた仕事が望ましいが。
「ごめん、帰ってたんだ」
掛けられた声に、我に返る。振り返ると、理実の整った顔がすまなそうな表情を浮かべていた。
「すぐにご飯作るね。それとも、お風呂が先がいい?」
帰ってくるなり、ばたばたと立ち働こうとする理実を制して、岳は立ち上がる。
「風呂は俺が入れるよ。理実は飯を頼む」
震災以降、入れる前に洗う習慣になっている風呂を洗い流しながら、岳は自分のうかつさを省みてしまった。
今までは、自分が一家の大黒柱として働いてきた。帰宅も一番遅かったし、帰ってくるときには風呂も飯の準備も出来ているのが普通だった。
だが、これからは違う。
理実は、本業の役者の他にコンビニのバイトもしている。それを増やすと云うのに、今まで通りに家事まで全て理実任せとはいかないだろう。
三十を越して、特に資格もない岳に、そうそう職など見つかるはずも無い。やる気だけではどうにもならないのが現実だ。
風呂を洗い終わり、めくった袖の濡れたワイシャツを脱ぐ。
洗濯機へとシャツを放り込んで、周囲に散らばった自分の靴下や知己のシャツをかき集めると、岳は思い立って洗濯機を廻し始めた。

「あ、パパ。おかえりなさ~い!」
居間に顔を出すと、知己が顔を輝かせるが、その格好に岳はつい渋い顔をしてしまった。
この年ならば当たり前だろうが、上から下まで砂だらけだ。
「知己。一体、何処で汚してきたんだ?」
「空き地でとーこちゃんたちと野球!」
とーこちゃんというのは、近所でも有名な活発な女の子だ。可愛い女の子なのだが、近所の男の子たちを従えてガキ大将状態で、周囲の奥さんたちの眉をひそめさせている。
だが、片親の知己なども、進んで仲間に入れてくれる優しい子でもある。
「そうか。でも、真っ黒だぞ。ちゃんと風呂入って来い」
「はーい」
「脱いだものはきちんと籠に入れておけよ」
「判ってるよ、パパ」
風呂場に走っていく知己につい小言めいたことを云ってしまうのは、やはり散らかっている脱衣所を見た所為か。
「珍しいね。いつもなら気にもしないのに」
冷えた麦茶を置いた理実が首をかしげるように覗き込んだ。
「そうだな。いつもは理実が片付けてくれたんだろう?」
「まぁ、そうだけどさ」
理実にしてみれば、岳が細かいことを云うのが珍しいのだろう。
「これから、俺も早いんだし、少し家のことをやるよ。その代わり、長く勤められるところを、じっくりと選ぶつもりだから、よろしく頼むな」
岳に笑いかけられて、理実は慌てた。
「岳が気にする必要なんて無いからな。子持ちの俺が居候しているんだから、当たり前だし、岳は今までがむしゃらに働いてきたんだから、今度は俺が頑張るよ。岳はしばらくゆっくりしててくれよ」
元々、年上の妻に子供を残して家出され、困っていたところを岳に拾ってもらった。優しい岳にいちゃんは好きだったが、それは純粋な好きで、恋ではなかった。一緒に暮らしはじめてから、岳の穏やかな人柄に惹かれたのだ。
自分の思いを受け入れてもらって、知己まで家族として扱ってくれる。
岳には甘えすぎているぐらいだ。こんなときぐらい、自分が踏ん張らずにどうする。
理実は惚れた相手に頼られる男になりたいのだ。
別れた妻も岳も、自分を甘やかしてくれた。それに甘えて自分は夢を追い続けられた。妻は呆れて去っていったが、岳にはそうされたくない。
岳が失業してしまったことは悔しいが、それと同時に、今こそ男として認められる時だと、秘かに理実は張り切っていた。
バイトの時間も増やしたし、今までは断っていた深夜番組のプチドラマの仕事も受けた。
アイドル崩れの女優との競演で、はっきりいって、理実の顔しか必要とされていないのは判っていた。だが、そんなことに構っていられる身分じゃなくなったのだ。
自分には子供と岳がいる。
心ひそかに、そう自分に言い聞かせる理実は、岳とはやはり、血の繋がった似たもの同士かもしれない。
「岳」
引き寄せられて、岳のひょろ長い身体が、理実の逞しい胸に収まった。
甘えるように身を寄せる岳を、理実が強引に引き寄せたところで。
「パパ! さー、パパもお風呂入って!」
明らかにわざと声を上げた知己に引き剥がされる。
「お前ぇ」
額を押さえた理実の前に、ちょこんと座り込むと、そ知らぬふりで知己がにっこりと笑った。
「理実ちゃん、俺も麦茶欲しい!」
知己のとぼけっぷりがあまりにも可笑しくて、岳は腹を抱えて笑い出してしまい、これ以上甘い時間など続けられそうに無い。
「チッ、」
大人げなく舌打ちをした理実のふてくされた頬に、岳は笑いながらキスを送った。途端に苦虫を噛み潰したような理実の顔が蕩ける。
「パパ、ずるい、俺も!」
「駄目だ。知己、わざとやっただろう。だから、一回お預け、な」
「ええ~~~~~?」
途端に頬を膨らました、知己の頭を撫でて、岳は風呂場へと姿を消した。
その後、互いに岳の所有権を主張する親子の間で、睨み合いが続いたのは、毎度のこの家の恒例行事であった。
結局、この後数ヶ月以上も岳が無職で過ごすとは、この時、この家の人間は誰も考えていなかった。

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