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専業主夫・金居岳の場合<5> 

珈琲を飲んだ後、さっさと緑と別れて家に戻ると、既に収録の終わったらしい理実が帰宅していた。
「理実、お帰り!」
こんなに早く理実が帰宅するなど久しぶりだ。岳はついはしゃいでしまう。
「岳こそ、お帰り」
「じゃ、さっさと買い物行って来るよ。知己の授業参観ですっかり遅くなっちゃって」
「そうか。俺も一緒に行ってもいい?」
バタバタと、買い物の支度を始める岳は、理実の申し出に振り向いた。一緒に買い物など、何処かの新婚みたいだと考えて、ちょっと照れる。
岳が理実と暮らし始めた頃は、理実は世話になる同居人として、家事全般を請け負ってくれたし、年上の女と居た頃からの慣れもあるのか、そつなく何でもこなすものだから、恋人になってからも、すっかり亭主気分で任せていた。
こんな風に一緒に買い物など、もしかすると初めてかもしれない。
隣を歩く理実に手を伸ばしたい衝動を堪えるのに、岳は必死だった。
「金居さん、今日は遅かったね。もうめぼしいのは粗方出ちゃったよ」
「息子の授業参観があってね」
目ざとく岳を見つけた生鮮担当の店員が、声を掛けてくる。
「でも、もう少しで最後の値引きはじまるよ」
「ありがとう」
囁いた店員に礼を述べて、岳は肉売り場へと急いだ。既に数人の主婦たちが値引きシールが張られるのを待ち構えているが、もうピークの時間が過ぎたのか、人数は随分と少ない。
その中で、理実は物慣れた風に肉を物色していた。それから岳の元に戻ってくる。
「今日の夕飯、何にする?」
「ああ。ミルクスープにしようかと」
肉団子もしくは鶏肉と野菜を、牛乳とコンソメで煮込んだだけの、簡単で野菜がたっぷりと取れるすぐれものだ。というか、正直岳に作れる料理はさほど多くない。煮込みは、野菜と肉のバランスが取れやすいので、知己に食べさせるには絶好だと岳は思っている。
「だったら、値引きを待つまでも無いよ」
理実が冷凍の鶏肉に手を伸ばした。確かに安いが、扱いが難しいのではないかと岳が避けていたものだ。
「冷凍って硬くなるって聞いたんだけど?」
「ああ。コツを教えてあげるよ。これ、2キロ買っておくと、便利だよ」
「へぇ」
感心している岳を促して、理実は売り場から離れ、野菜を買い込む。ミルクスープならば、知己は好き嫌いせずにいろいろ食べるから、香味野菜も問題ない。
手際よく買って、レジを済ませる理実に、岳はうらやましげな視線を投げ掛けた。
「迷わないんだな」
「まぁ、慣れてるからね。野菜と肉なら大抵何でも合うから、いろいろ試してみるといいよ。そのうち、上手くなる」
理実から、半分荷物を持とうとする岳を遮って、颯爽と歩き出すと、ひそひそと周囲で囁く声が聞こえた。
最近、深夜とはいえドラマに出始めた所為か、理実に気付く人間も多い。
今まではドラマの出演は端役が多かったのだが、今回はヒロインの相手役である。
中世的な美貌とすらりとした肢体は、いまひとつ男らしさには欠けるため、今までは、周囲全部の注目を集めるという程ではなかったのだ。
岳は、そんな理実を誇りながら、ちょっとだけの不安も感じる。
今までは岳の収入が必要だった。だが、これから売れてくればそんな事もなくなるだろう。しかも、自分は今失業中と来ている。
「岳、聞いてる?」
「へ?」
自分の苦い思いをかみ殺していた岳は、理実の話を聞き逃してしまったらしい。顔を上げると、明らかに不機嫌な理実の顔があった。
「ごめん、聞いてなかった。何?」
「岳。何でスーパーの店員が岳の名前なんか知ってるの? 岳、アイツと何処で知り合ったんだ?」
岳は聞かれている意味が解らない。スーパーの店員と何処で知り合うかって。
「スーパーだけど?」
そこで以外、接点が無い。物慣れない岳を心配して、あそこの店員たちはいろいろ声を掛けてはくれるが、ある意味、いい娯楽にされている気もする。
「じゃあ、何で岳の名前を知ってる訳?」
カードで決済すれば、レジの店員くらいは客の名前を知る機会くらいはあるかもしれないが、それを他の店員に漏らすことなど言語道断だ。
「あ、え…と、どうしても云わなきゃ駄目か?」
ぽりぽりと鼻の頭をかく岳の様子に、理実が真剣な表情でうなずく。岳は仕方が無いとはいえ、大きく溜息を吐いた。
「理実が、比較的安いし、品揃えもいいって云うから、行ったのはいいんだけど」
また、間の悪いことに、初めて岳がその大型スーパーへ顔を出した日は、月に一度の大売出しの日であった。
売り出しの品に、どっと群がるおばちゃんたちに唖然として、時間で変わる特価品の放送に右往左往する岳は、おそらくスーパーの店員から見ても、邪魔でしか無かっただろう。
声を掛けられたのは、はっきり云って親切心からというよりも、さっさと退いて欲しいというのが大概の意見だったに違いない。
「お客様。何かお求めでしょうか?」
その店員からの問いかけにも、戸惑う視線を投げ掛けるだけの岳に、店員が名乗ったのはあくまでクレームの回避だったのだと、今の岳なら判る。
「生鮮売り場、主任の司馬です。何かお尋ねがありましたら」
「金居です」
本来営業職である岳は、名乗られた瞬間に、反射的に頭を下げた。そのときの店員たちの妙な間を、岳は思い出すと逃げ出したい衝動に駆られる。
案の定、話を聞いた理実は、今までの不機嫌さは何処へやら、げらげらと腹を抱えて笑い出した。
「有り得無い! 岳、面白すぎ」
「笑うな」
笑い続ける理実に、今度は岳が不機嫌になる。
「ごめん、ごめん」
「おばちゃんたちには押しのけられるし、時間で売り出しの品物は変わるし、何が何だか訳わからなくて」
名乗られた店員にほっとしてしまったのだ。
「でも、あんな風に仲良くされると、俺が不機嫌になるから、程ほどにしてね」
戻ってきて、キッチンに立った岳を、理実が後ろから抱きしめる。それを目ざとく見つけた知己が騒ぎ出し、あっという間にキッチンはけたたましい声が木魂することになった。
今夜の夕飯が無事出来るのは何時になるかは謎だ。

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