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専業主夫・金居岳の場合<11> 

翌日、岳は会社へ電話を掛けた。
幸い、まだ空きがある旨と、子供を連れての赴任について改めて訊ねると可能だと云われた。
「お世話になります」
電話越しに頭を下げる。結局、逃げてるだけだと解っているが、今は理実の優しさが煩わしかった。
ハローワークに出向いて、就職に当たって必要な書類を揃える。就職したことによる給付金は、九州へ赴任するなら必要だ、
知己の転校手続きもしなければならない。
にわかに忙しくなった岳は、その忙しさに紛れて、何も考えないようにしていた。

「パパ!」
帰宅すると、知己が真っ青な顔で駆け寄ってくる。
「理実ちゃんが、理実ちゃんが……」
それから先は言葉にならない。しゃくりあげて涙を流す知己を、岳はひたすら落ち着かせた。
心の中は、岳も複雑だ。だが、断じて知己の前でうろたえた姿など見せられない。気になる先を、知己を宥めることで、岳は自らを押し留めた。
頭を撫でていると、やっと知己がまともな声を上げる。
「ひ、っく…、理実ちゃんが怪我したって、病院にいるって」
「理実が?」
しっかりしているようでも、小学生の知己では要領を得ない。壁に張られたカレンダーに書かれた予定では、今日はドラマの収録日だ。
テレビ局に電話を掛け、以前面接をしてもらった担当を呼び出す。いきなり、岳が金居理実の身内だと云っても、嘘だと思われるのがオチだ。
幸い岳のことを覚えていたらしい面接官に、理実の状況を聞く。
どうやら、セットが倒壊したのに巻き込まれたらしかった。
「知己。病院に行くぞ」
「うん、パパ」
表通りでタクシーを拾う。車内でも、知己はひたすら緊張した面持ちでずっと下を向いている。
大きな瞳には、涙が溜まったままだ。
「知己。大丈夫だ」
巻き込まれただけだと面接官は云っていた。岳はひたすら、知己の頭を撫で続けながら、『大丈夫だ』と繰り返す。
それは岳自身に言い聞かせる言葉でもあった。

病院の玄関はざわついていた。
「用があるんだ、通してくれ」
朝芽ゆめみのファンや、報道陣でごった返す中を、岳は毅然として知己を伴って通り過ぎる。
怯んだりする訳にはいかない。知己は理実の息子なのだ。
「すみません。金居理実の身内です。理実は?」
「岳?」
受付に勢い込んで聞いた岳の後ろから、理実の声が掛かった。
「さと、み?」
顔にシップを張ってはいるが、理実はきちんと自分の足で立っている。
「お父さん!」
今まで、岳にしがみ付いていた知己が、一目散に理実の腕に飛び込んだ。
「お父さん、お父さん……」
「ああ、知己。大丈夫だ。ちゃんと無事だから」
泣きじゃくる知己を、理実が抱きしめ、腕に抱え上げる。
その姿は、何処から見ても親子のそれだった。
「だい、じょうぶなの?」
「ああ。ちょっと掠っただけだ」
首にしがみ付いた知己を、理実が愛しげにあやす。
岳は、その姿にそっと背を向けた。

手荷物は着替えとモバイルパソコン。携帯電話と財布ぐらいだ。日常の電化製品くらいは寮に揃っているらしい。
スーツケースひとつに納めた荷物を持って、岳は空港へと向う。
待ち合わせ場所へ着くと、そこには知己より少し年上の男の子を連れた熊男がいた。
「おう、金居さんだな。俺は福島だ。こっちは息子のマコトだ」
「金居です。お世話になります」
見かけどおりにおおらかな性格らしい男は、あごひげに半分覆われた顔で、にっかりと笑う。マコトと呼ばれた子供が、ちょこんと頭を下げた。
「マコトくんもよろしくな」
「あれ、そっちも子連れだって聞いたんだけど」
「寸前で、本当の父親の方が恋しくなったらしくて」
薄く笑う岳に、一瞬だけ真面目な顔になった男は、岳の肩をばんと叩く。
「まぁ、いろいろあらぁな。とりあえず、荷物、それだけか?」
「ええ。一人暮らしなら、さほど必要なものは無いですし」
最低限、着替えと財布だけでも事足りるのだ。岳は、ポケットから取り出した携帯の電源を落として、スーツケースに入れた。
携帯を持ってきたのは、習慣だったが、仕事を辞めた岳に掛かってくる相手は、理実と知己しかいない。思い出したように連絡を入れる友人たちは、例えひと月やふた月連絡が取れなかったところで、忙しいのかと思って終わりだろう。メールさえ繋がればいい筈だ。
岳は未練を振り切るようにゲートへと歩き出した。

残してきたのは、簡素なメモ。
『急に仕事が決まって、研修へいくことになった。
 寮暮らしなので、連絡は出来ない。期間は短くてもひと月以上になる。
 もし、出て行くなら、鍵は母さんに送ってくれ』
自分に自信の持てない岳は、これ以上傍にいても、理実に気を使わせるだけだ。
理実の優しさが今の岳には重い。
離陸する滑走路の明かりを眺めつつ、岳はいつしか眠りに付いていた。

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