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銀杏の実り<5> 

「警察にも云いましたけど、俺は絶対に深海を殺したりしてないですよ!」
睨みつけるように、激しい調子でいい放った男を、俺はじっと観察した。シノとは違う意味で整った容姿だった。
この男が阿佐井仁士。シノと同じ営業部の同僚だ。
だが、男らしいアイツのそれとは違い、線の細さが目立って、神経質さが全面的に押し出されている。これは誤解されやすい性質の人間だ。
こうなると、あのOL連中の言葉はやはり差し引いて考えないと。
「私は警察でも探偵でもありません。只の弁護士だ。深海さんの遺言で動いているだけです」
正確に云えば、遺言の為だが、わざと誤解させるような言い方を選ぶ。
「深海さんが亡くなる前のことを知りたいだけですよ。それに刑事事件は専門外でして」
肩を竦めて云うと、阿佐井の身体から力が抜けた。
「ホントに弁護士なんだな」
「ええ。信じてもらえないことの方が多いですが」
普段の口調とはまったく違う、穏やかなしゃべりかたを心がけなさい、と云うのは、勤め先の所長の言葉だ。女教師のようなしっかりとした老弁護士である。
「その深海さんと、諍いがあったというのは本当でしょうか?」
「諍いなんてしていませんよ」
暗い目で見上げて云われても、俄かには信じがたいのだが、このタイプは基本的には嘘はつけない。というより、嘘の下手な人種なのだ。
ついでに云えば、人付き合いも苦手で、その癖やたら向上心だけは強い。明るければ、上昇志向の強い人で済むのが、付き合いの悪さが災いして、妬みと取られることが殆どである。
「言い争い程度も無かったんですね?」
「ありませんよ。深海は、元々俺なんか相手にしてなかったし」
妙に卑下するような云い方だが、そう思わせたのは周囲の態度であることは明らかなので、俺はさらりと流して、核心の話へと入る。
「社内コンペのプレゼンの件は?」
「あんたもそれか! あれは、純粋に俺のプレゼンだ! だが、深海は発想が同じだっただけに気になったらしくて、ものすごく突っ込んで質問もして、食い下がってきた。深海が真剣に突っ込んでくれたから、むしろ採用されたようなもんだ」
「真剣に突っ込んできた?」
「ああ。いつもへらへらしている奴かと思ってたら」
シノの癖だ。
「それは、余程悔しかったと見える」
俺の呟きは、理解不能だったらしい。妙な顔で阿佐井は首を捻った。


「あ、それ判ります」
静かに茶を啜っていた穣が顔を上げる。
「俺がアイツと知り合ったきっかけも、そうでした。俺が店で、妙に薀蓄のウザいオヤジに口説かれていたんですよ。そしたら、隣に座った志信が、いきなりそいつに質問し始めて」
「君は助かっただろうが、その薀蓄オヤジには気の毒だな」
「本人はまったく悪気が無いんですよね」
「そうそう、自分が知ってることと違うことだと、訳が知りたいだけなんだよな」
高校の頃なんか、質問のあまりの鋭さに泣き出した女の子もいたりした。
別の思い出の中にいる一人の男の妙な癖。俺たちは腹を抱えて笑い出してしまった。
「でも、その人は、ホントに何も知らないんですね」
ふっと笑いを収めた穣が、ぽつりと呟く。
そう、何処にも奴が死ぬようなことは無いのだ。
周囲の人間に話を聞けば聞くほど、『死』というキーワードは奴から遠ざかる。
だが、実際に、シノは一年前に遺書を残して失踪し、樹海で遺体が見つかった。
事実は自殺を指し示しているのに、シノの周りに死の陰は無い。
「また、長居しちまったな。そろそろお暇しよう」
沈み込みそうになる思考を振り払うように立ち上がった。
「すみません。俺のわがままで」
「いや、そんなことは無い。シノは君に遺産を受け取って欲しかった。君はそれを受け取る条件を提示した。それは当たり前のことだし、俺は弁護士だからな」
深く下げた穣の頭をぽんぽんと軽く叩く。
愛したからこそ信じたくない。せめて、その気持ちを知りたいと願う。人として当然の権利を護るのが、俺たちの仕事だ。
それ以上に、俺は本当のシノを知っているのが、穣で良かったと思う。
動かない美しい表情は作り物の様なのに、シノのことを話すときだけ、その瞳は笑みを浮かべ、同時に哀愁を帯びる。
「また、来て下さい」
「ああ。何か新しいことが判ったら、必ず来る」
「いえ、」
まっすぐにこちらを見る穣の瞳が、ためらう様に伏せられた。
「いえ」
言葉を繋げようとした、穣の顔がはっと上げられる。
安いアパートだ。足音が確かに近づいて来るのが感じ取れた。
「穣、俺だよ」
「柊さん、いらっしゃい」
穣の顔が安心したように微笑むのがわかる。ずきりと胸が痛んだ。

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