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銀杏の実り<7> 

「江尻さん。すみません、何か?」
泣いていたのだろう穣は、ぐいっと涙を拭うと、挑むように顔を上げる。闖入者を咎める視線に、俺は気圧されて一歩引いてしまった。
だが、何でひるまなければいけないんだと思い直して、その瞳を見返す。
「すまない。戸が開いていたし、物音がしたんで。お邪魔だったようだ。失礼する」
「何だ? 穣、コイツ?」
その俺の喧嘩腰の態度が気に触ったようだ。穣を抱き締めていた男が立ち上がるが、それを穣が制した。
「志信の親友だ。そんな態度は止めてくれ。江尻さん、誤解なさらないでください」
穣が座布団を指し示すが、敵意むき出しの男の前で、シノの話などする気にもなれない。
「いや、今日は本当に失礼するよ」
俺は、頭を軽く下げて踵を反した。
あの男が、新しい恋人かどうかは判らないが、俺なんかより、穣が余程頼りにしていることは確かだ。
廻された腕にすがり付くように身を寄せていた穣は、俺の前で見せる人形めいた冷たい表情でも、シノのことを話すときの寂しげな表情でも無い。悲しみに嗚咽を漏らす姿を、素直に晒していた。
「くそ…っ、」
だから、何だと云うのだ。親友の恋人だったといっても、シノが失踪して、既に一年の歳月が過ぎているのだ。その間に、穣に誰か新しい相手が出来たとしても、不思議じゃない。
穣はまだ、充分に若いし、あの容姿だ。
引く手あまただろうし、その手を拒めという権利も俺には無い。
「江尻さんッ」
「ぐえ…ッ、」
ネクタイごと肩を捕まれ、後ろから強い力で振り向かされた。
「すみませんッ!」
俺の上げた奇声に、穣は期せずして俺の首を絞めたことに気付いたらしい。深く腰を折って頭を下げた。
「だ、大丈夫ですか?」
どうしていいのか判らず、おろおろと俺に手を伸ばしかけては、さまよわせる。その妙に子供じみた行動が可笑しく、俺は笑い出しかけて、咳き込んだ。
「え、江尻さんッ」
「何でも無い。平気だ」
咳き込みながら、それだけを云うと、やっと穣がほっとした顔を見せた。
「本当に誤解なんです。あれは従兄弟で、俺には今、恋人なんかいません」
「従兄弟?」
「はい」
うなずいた穣の顔は、何処か決意を秘めている。これは何事かを話したい顔だ。
駅の側にある稲荷神社の境内で、俺たちは向かい合う。
自販機で買った暖かいコーヒーを渡すと、穣はポツリポツリと話し始めた。
「ココ好きなんですよ。ちょっと匂いキツイかもしれないですが」
境内には銀杏が枝を広げている。雌の木があるのだろう。実の匂いが鼻を付いた。
「俺の家は田舎の方で、まだまだ偏見が強いんですよ。ゲイだってことがバレた後には、もう居る場所無くって。味方になってくれたのは、ばーちゃんだけで」
よくある話だが、本人たちにしてみれば、そう割り切るまで、かなりの道のりがあった筈だ。
「ばーちゃんとの橋渡しになってくれたのが、従兄弟の柊なんです。なんで、アイツ、俺の周りの人間には、すごく攻撃的なんですよ」
普通に手紙なども渡してもらえなかったのだろう。相続やらで揉めたときにも、良く聞く話だ。
「俺を護らなきゃいけないって、すごく思い込んでて。まぁ、俺も子供だったんで、いろいろ騙されて酷い目にもあったんで。助かった面もありますけどね」
さらりと云ってのけるが、高校を中退した子供が、都会で一人で暮らしていくには、並大抵ではない苦労があっただろう。だが、穣の笑顔は力強かった。
「それだけに、志信が恋人になったとき、喜んでくれたんですよ。真面目そうな人で良かったって」
「確かに、見かけは真面目そうだな」
俺はまぜっかえすように笑う。明るくて、真面目で、おおらかな深海くん。旦那様にしたい男ナンバーワン。取り繕った奴のイメージだが、こういう際には役に立つ。
「見かけは、ですね。でも、憎めないですよ。子供みたいだった」
「はは。そうだな。本性を知ったら、従兄弟は反対したかもな」
いい加減で大雑把で、生活無能力。
「俺、志信が散らかした部屋を片付けるの、好きでした」
あれに、音を上げて、大抵の若い恋人たちは続かない。外で会う分には取り繕うが、一旦家に帰れば、ナイター見て寝転がってるオヤジと変らないのだ。
「奇特な存在だな」
「でも、優しかったですから」
「ま、な」
そう。本当の意味で志信は優しいのだ。
その場で取り繕うまやかしでは無く、本当に気を許した人間には、自分が不利であろうが、絶対的に味方になってくれる。
「初めて、志信のマンションにぎんなんを持ち込んだとき、すごく怒られたんです。匂いが染み付いて取れないって。でも、俺がばーちゃんの思い出だって云うと、次の週に洗ったぎんなんが置いてあったんですよ。バスルームがすごくぎんなん臭くて」
「アイツ、風呂場で洗ったんだな?」
こくりと幼い仕草で穣がうなずいた。
「そこなら構わないって。笑って…、」
思い出したのだろう。穣の声が掠れる。
俺はその肩に手を回した。ああ、そうか、こうして奴も穣を抱き寄せたのだ。従兄弟だという男の、敵意丸出しの顔が、頭を掠める。
シノのような出来た相手ならばいざ知らず、俺では役者不足だと思われても仕方が無い。
「すみません。また誤解されちゃいますね」
穣は、涙を振り払うように立ち上がった。
「何かお話があったんでしょう? 部屋へ戻りませんか?」
明るく笑った穣の顔は、何処から見ても無理をしているのが丸判りで、痛々しい。
そんな顔をさせるシノに、俺は恨みがましい気持ちを抱いた。

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