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銀杏の実り<12> 

アップライトがまぶしくて、腕をかざす。
襟首を掴まれたかと思うと、俺の膝を車が掠めた。
よろけた拍子に、後ろの男が俺を抱きとめる。
停止した車のドアが開いて、運転手が走り出てきた。
未だ心臓が早鐘を打っている。
「コーキ、大丈夫?」
掛けられた声に、俺は後ろから自分を抱きとめているのが、穣であることにようやく気付いた。
「だ、いじょうぶ、だ」
穣の腕を外し、自分の足で立つ。スラックスの膝に車の擦れた跡が、白くついているが、痛みは無い。
走り寄ってくる運転手に、腕を振った。ほっとした顔で、運転手が車へ戻るのを見送って、俺はやっと自分の置かれた状況に気付いた。
血の気が引くとはこのことだ。目の前が真っ暗になった。

誰かが自分を殺そうとした。

それだけが頭を廻っていた。
「コーキ!」
隣で俺を支えてくれている穣に、笑いかけはしたが、それは完全に強がりだ。
穣は俺を腕を引き、ずんずんと歩き出した。
「コーキ。家は何処? 家族と同居?」
駅の券売機の前で穣が振り返る。
「いや、一人暮らし」
最寄の駅名を告げると、穣がさっと乗車券を買い、俺に差し出す。
JRのカードはあったが、俺は素直に穣の好意に甘えた。
ホームに下りると、足がすくんだ。また誰かが背中を押すのではないかと思うと、ホームの中央しか歩けない。
穣はそんな俺の戸惑いが判ったのか、俺の肩に手を置いたままだ。
電車に乗り込んでも、俺たちは黙ったままだった。
だが、穣は俺の背に手を回したままだ。その手は暖かくて、大きくて、やはり華奢に見えても男なんだなと改めて感じた。
駅を降り、自宅のマンションが見えたところで、俺はやっと詰めていた息を吐きだすことが出来た。
「散らかっているが、上がっていかないか?」
振り向いた俺に、穣がうなずく。
ワンルームの部屋は、穣の家よりは幾分か大きい筈だが、乱雑に散らかっていて、とてもそうは見えなかった。
テーブルの周囲に散らばった新聞や本を積み上げて、穣が座れる場所を作る。ソファには洗濯物が積み上げられていて、とても座れる状態では無かった。
「すまない、床に直接で」
「構いません。コーキも疲れただろう?」
駅で買ってきたペットボトルに口をつける。穣も同じだ。
「奴がシノを殺したのか?」
そして、俺も。考えて、ぶるりと身を震わせる。
「そう、かもしれませんね」
何かを考えるように、穣が云う。店に行く前の勢いは無かった。
「顔、見てないですね?」
「いきなり後ろからだったからな」
コーキという呼び名は変えてはいないが、口調は『江尻さん』相手に戻っているから、妙にちぐはぐな感じがする。
「とりあえず、しばらく俺の家には近寄らないでください。連絡くれれば俺がこちらに来ます」
俺ははっと顔を上げた。
穣も確信しているのだ。事件は自分の周囲で起こっていると。
「コーキ」
穣の顔がすぐ近くにある。吐息が触れあい、唇が重なる。今度は俺も唇を閉ざすことは無かった。

数日間は忙しい状況が続いていた。
今までは、合間を見つけて穣の周囲を調べたり、帰宅途中で穣に報告に行ったりしていたが、呼び出すとなると、そうはいかない。
特に穣は長距離になれば帰らない日もある。本社の重油を地方へ届けたりすることもあるらしい。
それに進展が無かった。
シノの両親も、中々新たな物証は見つからず、事務所で親しくしている探偵を紹介したらしい。
民事が専門の俺は常にいくつも細かな案件を抱えている。長くやっていると、不思議と、自然に振り分けがなされていくのだ。
どういう訳か俺には離婚訴訟が多かった。
今日も二つの家庭裁判所を梯子して、神経すり減らしてくたくただ。
とぼとぼとマンションへの道を辿る。
実家の方が楽ではあるのだが、俺自身、いつかバレるときのことを考えると、親と暮らす気にはなれなかった。
それに、恋人を連れ込むのには、やはり一人暮らしの方が何かと便利だ。
さすがに男を実家に連れて行くのは不味い。
そんな埒も無いことを考えつつ、マンションの階段を昇ったところで、そこにいる人影に気付いた。
どきりとして、足が止まる。
「コーキ」
部屋のドアにもたれていた影がこちらを向いた。
どのくらいここにいたのだろうか。最近、一気に寒くなってきて、人形のように整った顔は、蒼白に近かった。
「み、椎名さん」
俺を見て、穣が微笑む。
「良かった、中々呼んでくれないから。心配でした」
儚げに消え入りそうな穣の表情を目にした瞬間、俺はしまったと臍を噛んだ。
穣の目の前で車に撥ねられるところだったのだ。心配で仕方が無かったのだろう。
「すみません、ご心配を掛けました」
「いえ。俺が勝手に心配していただけです。入ってもいいですか?」
もちろんだ。凍えきった穣をそのまま帰すわけにはいかない。
俺は、穣を部屋へと招くと、シャワーを浴びるように勧めた。

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