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銀杏の実り<14> 

寒気に身体が震え、眠気が寸断される。ドアが開け放たれ、冷たい夜気が車内に満ちていた。
「何だ、起きたのか?」
「……、」
こちらを覗き込んだ柊へ呼びかけようとするが、舌に痺れが残っていて、まだ声を上げられる状態ではない。
「しびれ薬を使われたんだ。身体に別状は無い。もう少し、寝ろ」
使われたのは俺の身体だ。勝手に決めるなと反論したいが、声を上げることは出来なかった。それ以上に断続的に眠気が続いている。
俺は頭を押さえ、シートに沈み込んだ。
しばらくして、俺は自分の身体が、冷たいのに気付き、身体を起こそうと試みる。だが、案の定、身体はまだ云うことを聞いてはくれない。
支えられる腕に、身を起こされ、口元に押し付けられる液体を飲み干した。喉を焼くそれは強いアルコールだ。気付けにしては量が多すぎる。
もう一度、口元へ押し付けられたそれを払おうとするが、力の入らない身体ではそれは適わなかった。無理やり呑まされ、むせ返る。
そんな俺に構わず、柊の腕が俺を抱え上げた。ぐったりとした身体を木で出来た囲いにもたせ掛けられる。
足を抱え上げられ、軽い浮遊感が俺を襲う。
頭髪をなぶる風に、薄く目を開けると、眼前に広がっていたのは、遥か下方へ広がる街の夜景。
「コーキっ!」
力強い腕が俺を引き戻す。俺を腕の中へと抱え込んだ男は、蒼白になった穣だった。
「み、の……」
頭が上手く働かない。何故、穣がここにいる?
「椎名柊。殺人未遂の現行犯だ」
静かな中、がちゃりと手錠の掛かる音が響く。必死に周囲を見回すと、数人の警官が俺を支える穣と、柊の間に立ちはだかっていた。
柊が目を見開いて穣を見ている。
「穣……」
だが、穣は俺を庇うように柊を睨みすえるだけだ。
「詳しいことは署で聞かせてもらおうか」
手錠を掛けた刑事が、柊の手を引く。はっとしたように、柊が声を上げた。
「お前を、誰にも渡したくなかった!」
穣の固い表情が崩れる。俺を抱え込んでいた腕が力なく落とされ、俺はその場で座り込んだ。
柊と刑事を乗せた車のドアが閉まる。発信するそれを見送っていた穣の拳は、色を失くすほど握り締められていた。
ふらふらと立ち上がった俺を、警官の一人が支える。
「さぁ、貴方も病院に行かないと」
顔を上げると、救急車が止まっていた。だが、俺はその警官を振り払おうともがく。
穣のそばに行きたかった。きっと穣は自分を責めて泣くだろう。
ぽつりと雨が俺の顔を打つ。
穣が空を振り仰いだ。

「志信ーッ!」

引き絞るような絶叫。それは獣の咆哮に近かった。
俺は警官を振り払い、穣の背に抱きつく。そうしなければ、穣は今にも消えてしまいそうだった。
広がる雨空を見つめる穣の瞳に、涙は無い。降り始めた雨は、まるで空が彼の代わりに泣いているかのようだと思った。
だが、俺の意識が持ったのはそこまでだ。抱きついていた背中が遠くなる。
「コーキっ?」
俺の名を呼ぶ、穣の声も遠い。誰かが俺を支えてくれたのが判った。


「目が覚めた?」
目を開けたときに飛び込んできたのは、穣の整った顔だった。
「みの、り」
「良かった。コーキまで……」
そこまで云った穣の声が詰まる。志信のように俺が死んでしまったら、きっと穣は抱えきれない後悔にまみれていただろう。
「すまない。油断した」
素直にそう謝った。穣の憔悴しきった頬に手を伸ばす。
「いや、俺がもっと早くに気付いていれば良かったんだ」
冷静になってみれば俺にも判った。安田とマキを焚きつけていたのが誰か。理解者のフリをして、信頼を得て、それから罠に掛けたのだ。
おそらくはシノも。
「コーキが無事で良かった」
心の底からほっとした声で微笑む穣は、何処か儚げだった。
思い通りに動かない身体がじれったい。今、抱きしめたいのに。
「いいか?」
ドアがノックされ、刑事が顔を出した。
「まずは、弁護士さんの身体だが、使用された麻酔薬に害は無い。抜けたら、家に帰ってもいいが、2日ほど安静にして欲しいそうだ。質問は?」
煙草臭い薄っぺらなコートを纏った刑事が、俺をじっと見た。
「いろいろありすぎて、頭が纏まらない。一番の疑問は、何故危ない所に、あんな絶妙のタイミングで、正義の味方が到着したのかってことだ」
二時間サスペンスか、特撮ヒーローかってタイミングだったぞ。
「そんなもの、張り込みしてたからに決まってるだろう。アニメのヒーローじゃあるまいし」
種明かしをするような仕草で、俺と同年代だろう刑事が手を開く。
「張り込み?」
「あんたが殺されそうになった翌日に、そっちのお兄さんがウチに駆け込んできた」
俺は隣に座る穣をほけっとした間抜け面で見つめてしまった。
「椎名さんの訴えは、信頼に足りると判断した。深海志信氏の自殺もこうなると怪しい。まずは貴方の身の安全確保を最優先に張り込みをしていたんだが」
「成程ね」
俺はここのところ感じていた視線が誰のものか、漸く判った。
「詳しい捜査はこれからだ。また協力を頼むこともあると思う」
刑事が立ち上がった。穣も刑事を送りに立ち上がる。ドアのところまで行って、刑事はぽんと手を叩いて戻ってきた。
「弁護士さん、あんたの大事な人、目を離すなよ」
耳元で囁かれて、俺はうなずく。穣を一人には出来ない。
肩を叩いて出て行く刑事を送り出し、穣が俺の傍に椅子を寄せた。
「穣」
「コーキ、何?」
不安そうに俺を見下ろす穣に、俺の胸が痛む。
「傍にいてくれないか。朝まで。怖いんだ」
情けない心持ちは、半分本音で半分嘘だ。
目を閉じると、あの場にまだいるのではないか、柊や安田が立っているのではないかと思えて仕方が無い。
それ以上に、穣を一人にしては置けなかった。
「ああ。コーキは俺が守る。心配せずに眠って」
俺の額に触れた穣の手は暖かく、俺はやっと安堵して眠りについた。

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