スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
*Edit TB(-) | CO(-) 


聞こえない声<秋色の……> 

「ただいま」
「おう、おかえり。営業さんはやっぱり遅いな」
坂下が五島と一緒に暮らし始めて判ったこと。五島の帰宅は遅い。
まぁ、基本的に残業はNGなデスクワーク組とは違って、営業は接待やら合同会議やらも多い。その後に通常の業務をこなすのだから、遅いのは当たり前だ。
「飯は? つーても、茶漬けくらいしか無いけどな」
「いや、いい。食ってきた」
「そうか」
会話はそれだけだ。坂下はパソコンに向き直り、首に掛けていたヘッドフォンを耳に戻す。
流れてくるのは和製ロックやらジャズやらの混じった坂下のセレクションだ。
耳障りのいいものだけを選んで流しながら、仕事関連の情報収集に余念が無い。
大手鉄鋼メーカーの合併。中小の下請け化。跡とり問題で揺れる町工場。
メーカー資本を入れての、大手工場の海外進出。
刻々と様相を変えていく市場は生き物だ。
画面を目で追いながら、坂下はそっとヘッドフォンをミュートに切り替えた。
「ふぅ、」
風呂から上がってきた、五島がほっと息を吐く。
冷蔵庫を開けて、冷えた缶ビールを取り出すと、坂下の元へとやってきた。
気配を感じながらも坂下は振り向かない。
首筋につめたいビールが押し当てられ、びくっとしたフリで振り返る。
すると、五島はビールを掲げて笑った。
「俺にも一本くれ」
坂下が笑って云うと、五島はそれを置いて、自分の分を取りに行く。
そのままソファへと座った五島と、パソコンに向き直った坂下が、それぞれの缶ビールを開けた。
坂下の背中で、ビールを傾けつつ、新聞を開く五島の気配が動く。
ずっと暮らしていくつもりで買った物件とはいえ、一人暮らしには余裕はあるが、それでも二人でいるにはちょっと狭い。
家の何処にいても相手の気配がある。
ソファに座ったまま、乱暴に髪を拭う五島の動きも、坂下の耳には心地いいBGMだ。
新聞を広げて口の中でつぶやく独り言も、喉を鳴らしてビールを飲む年相応の仕草も。
一人暮らしの頃には、隣の生活音すら煩わしかった。
だがら、家にいるときにヘッドフォンで耳障りのいい音を流し続けていた。
それが、今はどうだ。背中合わせに感じる気配の全てが心地いい。
我ながら、ゲンキンな自分を自嘲するように、微笑を浮かべた。
「坂下」
ぽんと肩を叩かれて振り返る。
「もう、寝るからな。お前もあんまり根を詰めるなよ」
まさか、音を切っているとは思わない五島は、声を掛ける時には、必ず坂下に触れてくる。それも嬉しい誤算だ。
照れ屋の恋人は、家にいても、同僚であった頃と変らない態度と言葉しか掛けてくれないが、声が聞こえないと思っている今は、触れることで自分の行動を知らせてくる。
「ああ。おやすみ」
笑って云う坂下の言葉の裏など、五島は考えてはいない。可笑しそうに笑う坂下を怪訝そうに見ながら、ベッドに入った。
きっと酔っ払っているとでも思っているだろう。
すぐに聞こえ始めた寝息を聞きながら、坂下はパソコンの電源を落とした。

<おわり>

前回、秋のJガーデンの「帰っちゃうのポスター」にしたもの。
テーマは「イヤホン・ヘッドフォン」。新刊「秋色の……」で書いてみました。
今週末のJガーデン。「帰っちゃうのポスター」のテーマは「鍵」。
「転げ落ちた先に」文庫出版記念で渥美×鈴木の引越しその後の話です。

FC2 Blog Ranking
完結小説一覧

スポンサーサイト
*Edit TB(-) | CO(-) 


Back      Next

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。