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有須inワンダーランド!<13> 

「有須。こっち、頼む」
「はい。掛川さん」
今日の蔵斗の当番はスポーツ用品コーナーだった。
掛川は元からスポーツ用品コーナーの担当だ。今朝の一件で蔵斗に距離を置く必要は無いと感じたようで、自分に余ると感じたものを頼んでくる。
体格的には蔵斗の方がずっと上なので、これまでもそういう類の仕事は当然のように蔵斗に回されてきたのだが、改めて『頼む』と声を掛けられることは無かった。
忙しく立ち働く蔵斗の口元には自然な笑みが浮かんでいる。
「有須」
「はい!」
勢い良く振り返った蔵斗の目の前には、早川が立っていた。相変わらずの堂々とした立ち姿は蔵斗には眩しい程だ。
「今日は楽しそうだね」
「そう、ですか?」
どうやら蔵斗は自分が笑みを浮かべていることにも気付いていないらしい。早川は微笑んだ。美作の件で萎縮しているのではないかと様子を見に来たのだが、そんな心配は無用だったらしい。
その証拠に、何時もなら早川が蔵斗に近寄っただけで遮るように走ってくる店員たちは誰も来ない。
「今日は何をお求めですか?」
「そうだ。付き合いでゴルフに行くことになったんだ。ゴルフウエアを新しくしたくてね」
「だったら、こちらです」
案内する蔵斗の顔は、真剣な中にも楽しそうな表情を浮かべていた。
「決まったら店員にお声をお掛けください」
頭を下げて去っていく蔵斗の背を眺めながら、早川はもう大丈夫だろうかと考える。蔵斗が自信を持てなければ、いくら口説いたところで、からかわれていると思うのが関の山だ。特に男女ならばともかく、男同士である。
「僕も良い大人でいるのにも飽きてきたしね」
蔵斗を見守っているのもここらで打ち止めだ。そろそろ狩人の本性を現しても良い頃合だろう。乾いた下唇を舌先で湿らせる。その早川の貌は、狩猟を前にした貴族のような静かな獰猛さを思わせた。

「有須。お前、夕飯は?」
「あ、早川さんの店で」
聞いてくる相馬に、蔵斗は早川が誘ってきたことを明かす。幸い、今日は給料が出たばかりで懐に余裕がある。早川の店は蔵斗が頼んだ分の料金しか取りはしないが、それならそれで、ああいった店に似合いの料理を一度は頼んでみるべきではないのかと蔵斗なりに思っていたのだ。
「相馬さんは?」
「俺も雅のところ。あ、見つかるなよ。同僚だって言ったら、連れて来いってうるさくて」
行き先は一緒なのだからと、相馬は蔵斗が着替え終わるのを何となく待ってしまった。警備室に鍵を預け、二人して駅ビルを出る。そこに何故か宮瀬がいた。
「宮瀬さん。お疲れ様です」
常ならば下を向いたまま、ぼそぼそと言う挨拶を、緊張しながらだが蔵斗は宮瀬にはっきりと言った。宮瀬がにっこりと笑う。
「ね。二人ともこの後ヒマ?」
宮瀬は話すときの癖なのか、それとも蔵斗が緊張していることを慮ってか、蔵斗を覗き込むように話し掛けてくる。重ね着したシャツの胸元が前屈みになった為に必要以上に開いていて、蔵斗は思わず硬直してしまった。
「暇じゃないな。俺も有須もこの後デートだ」
「で、デートなんて、そんな……」
あっさりした相馬の言葉に反応したのはむしろ蔵斗の方だ。
「気付いてないとか言うなよ?」
だが、慌てて否定する蔵斗に、相馬はキツイ眼差しを向ける。己に向けられる感情には、蔵斗は非常に敏感だ。特に早川の場合はあからさま過ぎるくらいだ。これで解らないなどと言える筈が無い。
「残念だなぁ。ちょっといいなと思ったのに」
小首を傾げる宮瀬に、蔵斗はどきどきしてしまった。女の子に声を掛けられたことなど蔵斗には皆無に近い。しかもこんなに近くで。
「あ、あの……」
「前からいいなぁとは思ってたんだよね。でも、どっちかといえば近寄りがたいみたいな感じだったし。今日は話せてラッキーと思って声掛けたんだけど。やっぱりカノジョいるのか」
うんうんと一人合点でうなづく宮瀬に、蔵斗は慌てて首を振った。確かに早川の好意は感じてはいるが、相手が自分だと考えた時点で蔵斗の思考は『まさか』と否定に入ってしまう。
「いえ、カノジョとか、そんなんじゃ……」
「じゃ、次は付き合ってよ?」
にっこり笑って手を振る宮瀬を、蔵斗は唖然と見送ってしまった。
「どうするんだよ。有須」
呆然としていた蔵斗を現実に引き戻したのは、相馬の呆れかえった声だ。
「どう、って。宮瀬さん、何が」
「あのな。後ろ向きなのもいい加減にしろっての。お前がどう思ってようが勝手だがな。手前の思い込みで他人の気持ちを決め付けるなよ」
イラついた口調に、蔵斗はびくりと身を竦ませる。
「早川さんの気持ちを疑ってるんなら、早川さんに気を持たせるような真似はするな。宮瀬にも期待させるな」
言い捨てた相馬は、さっさとワンダービルへ向って歩き去った。置いていかれた蔵斗は、またしても下を向いてしまう。
「宮瀬さんも、俺のことが好きだってこと?」
今日話したばかりだが、前からいいと思っていたと宮瀬は笑っていた。ただ、近寄りがたいと感じていたと。
高校を出てから就職した職場だ。もう数年勤めていたが、そんな風に思われていたのだろうかと蔵斗は考えた。
昨日までと違うことは、顔を上げたこと。人の顔を見て話したこと。
前を向かせてくれたのは、茅場や相馬や支えてくれた早川や、そして。
「相馬さんが怒るの、当たり前だよな」
一人呟いた蔵斗は、ゆっくりと目線を上げた。
足早に家路を急ぐ人。はしゃぐ学生たち。今から呑みにでも行くのだろう数人のスーツ姿のサラリーマン。
繁華街のいつもの風景だ。だが、蔵斗はいつも遠くから眺めることしか無かった。
それはすぐ目の前にあったのに。
前を向いたまま、一歩踏み出す。向う先はワンダーランド。蔵斗がはじめて蔵斗でいられた場所だ。

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