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傭兵と吟遊詩人<2> 

軽く睡眠をとった後に、それぞれが示された報酬を受け取り、館を後にした。
常ならば、三々五々に散る筈の連中は、珍しくヴェルハの後を数歩遅れてついて来る。
後ひと波乱ありそうだというのは肌で感じている。今は散らない方がいい。
判ってはいても、ヴェルハの気はそぞろだ。
フォゼラの旋律が恋しかった。
だが、仕事の余波を抱え込んだまま、フォゼラに逢う訳にはいかない。
「おい、何かイラついてないか。黒のダンナ」
後ろを歩く男たちの一人がライジャに語り掛ける。
「いやー。元から仕事好きじゃ無いからな、アイツ」
「好きじゃねーのに、殺しながら歌えるのか? どういう神経だ?」
「ぶっとんだ神経だよ。普通じゃないね」
後ろでは自分に対して、好き勝手な論評が繰り返されているが、それもヴェルハにはどうでも良かった。
歌うのは好きだが、それで生活は出来ない。
芸人として生きていくには、ヴェルハは我が強すぎた。
仕方なく剣を取ったのは、十三の頃だ。そのときに、フォゼラに出会っていれば、ヴェルハは歌うことで生きていけたのかもしれない。
花の匂いが鼻をついた。
見ると、木々は小さな花を付けている。
ヴェルハはいつしか歌を口ずさんでいた。フォゼラと出会ったときに歌った曲だ。
華やいだ今の季節には似合いの歌だが、後ろで聞いていた血生臭い男たちは、不気味そうに顔を歪めるだけだった。

とりあえず、落ち着く場所に選んだのは、小さな酒場だ。
大抵の街には、流れ者や芸人などを泊めるために酒場が小さな宿を兼ねていることが多い。
はっきり云って、あまり素行が良ろしくなかったり、身元がはっきりしない連中を泊めるのは、一般的な宿では断られる。それにそういった連中が大勢で徒党を組むのを警戒している場合が多く、酒場の宿は、十人泊めれば満室という場所が多かった。
幸い揃って今夜の宿を取ることが出来、ヴェルハが再びライジャと顔を合わせたのは、夕飯にありつくために、酒場へと顔を出したときだ。
ヴェルハの向かいに勝手に陣取ったライジャは、肉のスープと硬いパンを齧るヴェルハを前に、香辛料の効いた肉や、野菜煮、干した魚を焼いたものを次々に頼み、酒と共に平らげていく。
「お前って、食の楽しみもねーんだな」
「食いすぎると動きが鈍る」
ヴェルハの前には、酸味の効いた果実酒が置かれただけだ。それを面白くも無さそうに水のように飲むヴェルハに、ライジャは肩を竦めた。
と、ヴェルハが顔を上げる。
酒場の喧騒にかき消されるように、だが、確かに三弦の音が流れてきた。
幻想的な音色を奏でるのは、ガタイのいい短髪の男だ。
朗々と歌い上げられるのは、踊り子と町の男の恋物語。貴族に見初められた踊り子を、町の男が貴族の裏を斯いて救い出す。酒場で好まれる小さな英雄物語。
国を救うような英雄ではなく、男が救い出したのは一人の女。
有り得無い夢物語だが、フォゼラの歌声を聴いていると信じられる気がする。
歌い終わると同時に拍手が起こった。
喧騒に包まれていた酒場は、いつしか、フォゼラの歌声だけが支配している。
「なぁ、吟遊詩人さん。あれ、歌ってくれよ」
「そうそう、漆黒い旋風(くろいかぜ)の歌」
酒場の男たちが好むのは、小さな英雄の歌と、比類なき強さを持つ自由な男の歌。
何にも屈せず、何よりも強く、逆らうものには容赦は無い。その旋風が吹いた後には、誰も立っているものはいない。漆黒の髪を持つと云う傭兵。
「これはまた、物騒な歌をお望みで」
芝居がかったフォゼラが、大仰に驚いてみせる。
ヴェルハは引き寄せられるように、フォゼラの隣に立った。
「仕事は終わったのか?」
「後始末が多少、な」
フォゼラは留守にしていた家人が帰ってきたかのように、声を掛ける。そのまま、旋律が流れ出した。
旋律に合わせて、ヴェルハが歌いだす。
黒い髪、黒い瞳。黒いマントをまとい、血に濡れた剣を手に戦う男。
その剣を抜き、疾風のように戦場を駆け抜けるとき、生きとし生けるものは無い。
奏でる旋律と、朗々とした歌声。
掻き鳴らす三弦の音色は、先程の曲の甘さとは違う、力強さを備え、ヴェルハの歌声にフォゼラのそれが重なる。
二人が共に歌い終えたとき、酒場中から拍手が巻き起こった。
立ち上がり、フォゼラとヴェルハは揃って優雅に頭を垂れる。二人の前に置かれたグラスに、幾人も銅貨を入れていく中、金貨が一枚混じった。
「いやー。お前にそんな芸当があったとはね」
からかう様なライジャに、ヴェルハは眉を寄せる。
「こっちの吟遊詩人さんは?」
「俺は……」
「すまん。まだ後片付けが残ってる。明日は片付くから」
名乗ろうとするフォゼラを遮って、ヴェルハはライジャを睨んだ。きびすを返したヴェルハに従って、ライジャも酒場の二階へと上がる。
「今夜だ。終わるまで気を抜くな」
「そりゃ、こっちの台詞。お前が男もイケるとは新発見」
ふざけた様子で肩を竦めるライジャに、ヴェルハが硬質な笑いを閃かせた。
「俺も、だ」
触れれば切れそうなその笑い方に、ライジャはぞっとする。同時に見込まれたらしい吟遊詩人に同情した。

ぱちりとヴェルハは目を見開いた。
闇の中の蠢く気配は、血の流れる予感を伴っていた。
すらりと剣を抜いて、外へ飛び出す。蹴破るほどの勢いで開いたドアを、誰かが避けた。
かと思うと、その男はまっすぐに廊下を走り抜けると、抜いた剣で、相手の頭を叩き割った。
「ヴェルハ! 出るな! こいつら、只の宿荒らしじゃない!」
響く声は、良く通る。
三人の男を相手に振るう剣の動きには淀みが無い。ヴェルハは知らず、微笑んでいた。
静止するフォゼラの声を無視して、フォゼラの元へ走り寄る。
フォゼラの背中を踏み台にして、ひらりと飛び越え、男たちの上へ舞い降りた。
三人の男の絶叫が静寂を破る。
耳障りな叫び声と、何か重いものの落ちる音が、悪夢のような目の前の光景の作り出すものだと、フォゼラは呆然と自覚した。
「ヴェルハ……」
薄い笑みを浮かべた美貌が、血に濡れた剣を下げ、新たな敵へ向かって走り去る。
黒い髪が翻るたびに、強い血の匂いが立ち込める。
数人の男たちが廊下へと走り出てくる。すぐに乱戦になった。
殺気を感じて、フォゼラは我に返る。
フォゼラに剣士としての知識は無い。フォゼラにあるのは、今まで生き残ってきた経験だけだ。
確実に息の根を止めなければ、やられるのは自分だ。
生きるための剣。無駄な動きの無いそれに、ヴェルハは感心していた。
襲撃が一方的な殺戮に代わるのに時間は掛からない。
最後の息の根が止まったとき、恐々と様子を伺っていた他の泊り客や、深夜まで呑んだくれて床へ転がっていた酒場の連中が、一斉に息を吐いた。
「警備兵を呼んでくれ。昨日、雇われ先で始末した連中の残党だ」
血糊をふき取った剣を納めたヴェルハが、宿の亭主を呼びつける。
宿の主人があたふたと走り出すのを見送ったヴェルハの肩が叩かれた。
「面倒はごめんだ。また、な」
見ると、フォゼラはすでに剣と三弦を手にしている。
身を翻そうとするフォゼラの腕を、ヴェルハはしっかりと掴んだ。逃がしてなるものか。せっかく出逢えた相手だ。
「俺の相棒だと云うことにしておけ。誰もそれ以上は聞かない」
「だが……」
自信ありげなヴェルハに、フォゼラが眉を寄せる。迷惑は掛けられない。
「そうそう。吟遊詩人さん、訳ありみたいだが、任せておきな」
渋っていたフォゼラの肩を、ライジャが掴んだ。ヴェルハが執着するなんて、付き合いの長いライジャも初めて見る。こんな面白そうな展開、放っておける訳が無い。
「黒のダンナに逆らう奴なんざ、いやしねぇよ」
「そうそう、安心してな」
共に戦っていた周囲の男たちも揃ってうなづいている。いかにも荒事に慣れていそうな男たちだ。フォゼラは諦めて成り行きにまかせることにした。

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