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傭兵と吟遊詩人<3> 

「酒場で斬り合いとは穏やかじゃねーな」
警備兵たちがぞろぞろと酒場の扉を潜ったとき、フォゼラとヴェルハたちは、酒場に降りて、酸味の強い果実酒を前にテーブルを囲んでいた。
正面に立った隊長らしき男は、胡乱な目つきでヴェルハたちを眺めている。
「俺たちは傭兵だ」
口火を切ったのはヴェルハだ。周囲を囲んでいた連中が、柄に手を掛けるのを、男が制した。
「ふん、それで?」
「以前の雇われ先で片付けた連中の残党だ。調べれば判る」
「成程ね。では、姓名を名乗っていただこうか。そちらの身元も照会したい」
要は、どちらが正しいか調べるから、逃げるなと云う事だ。
ヴェルハは、ニヤリと酷薄な笑みを浮かべる。むしろ甘い感じのする整った顔立ちが、一気に冷たいものに変った。

「ヴェルハード・ベルゼン」

名乗った瞬間、場が凍りついた。平然としているのは、ヴェルハの連れの男たちだけだ。
隣で聞いていた、フォゼラも真っ白になる。
「ヴェルハ?」
そう、ヴェルハと名乗っていた。ヴェルハードなら、ヴェルハだろう。何も可笑しくは無い。
黒い髪、黒い瞳。黒いマントを羽織って、すばやい動きで敵を屠って行く手際。
「く、くろい、かぜ……」
誰かが吐息と共に漏らした呟きは、瞬く間にざわめきとなって広がった。
「それは……」
言葉に詰まった警備兵を前に、ヴェルハが硬質な笑いを閃かせた。危険な笑いだ。
「納得してもらえたか?」
「全員の名前を伺いたい」
顔を上げてきっぱりと言い放った警備兵の隊長は、むしろ天晴れな程だ。
「ライジャ・ストレイド」
「コミッカー・バンズ」
「リオーネ・ブラッド」
次々に名乗る度に、警備兵たちの間に大きな動揺が広がっている気がするのは、フォゼラだけでは無い筈だ。
さすがに漆黒い旋風と行動を共にするだけあって、それぞれに名の知れた傭兵たちらしい。
「貴方は?」
じろりと警備兵が自分を見たのを感じて、フォゼラに緊張が走った。
「お、俺は……フォミゼイラ・サング」
旅の楽士だ、と続けようとしたフォゼラの台詞は、だが、ヴェルハによって遮られた。
「俺の相棒だ」
広がったざわめきは、先程の非ではなかった。フォゼラは自分に集中している視線に気が気ではない。
「しばらくはここに滞在している。おい、オヤジ。かまわないな?」
後半は酒場の主人への断りだ。本来なら、出て行けと云われても仕方が無い立場なのだ。
酒場の主人は、明らかな動揺を見せたが、真っ直ぐに自分を見るヴェルハの視線に、断ったらどうなるかと怯えてもいた。
「アタシは、かまわないよ」
それを断ち切ったのは、主人の女房らしい、恰幅のいい女だ。
「ただし、あんた等が汚した二階を綺麗にしてくれて、そこの綺麗な金と黒のお兄さんたちがウチで歌ってくれればね」
いきなり太い指を向けられたヴェルハとフォゼラが目を丸くする。
「お、おい、お前…」
主人が怯えた風情で女房の袖を引くが、意に介した風も無い。
「考えてもごらんよ、お前さん。こんなケチのついた酒場に誰が来るんだい? 血の跡を綺麗にするにも金がかかるんだよ? だったら、そこの兄さんたちに歌ってもらえば客は来るじゃないか。何てったって、ホンモノの漆黒い旋風が歌う『漆黒い旋風の歌』だよ? どこの王様だって聞けやしない」
あまりにもあからさまな逞しさに、ヴェルハは堪えきれずに笑い出した。
「気に入った! 女将さん、歌ってやるよ。フォゼラ、いいよな?」
隣で肩を震わせていたフォゼラも、うなずいた。
「もちろん。ついでにしっかり者の女将さんの歌も作ろう」
「あら、やだよ」
酒場の女将が恥ずかしそうに隣の旦那の肩を叩く。力強いそれに思わず旦那がよろめいた。その様子に、陰鬱なざわめきに支配されていた酒場に笑いが広がった。

「何で俺たちがこんな事……」
早朝から血の跡を洗い流しながら、逞しい男たちが文句を並べていた。
「ぐだぐだ云わずに働きな。能無し!」
剣を取れば、誰にも負けない傭兵たちも、酒場の女将に掛かっては形無しだ。
「何で俺たちだけなんだよ。一番、血を流したのはヴェルハじゃねーか」
ライジャの反論は、酒場の女将に尻ごと蹴飛ばされる。
「綺麗な黒い兄さんは、今日からウチの看板だよ。こんなことさせられるもんかね。あんたらみたいに棒ッ切れ振るうしかない能無しとは違うんだよ」
「へいへい。能無しで悪うござんした」
酒場の女将にとって、人を斬ることでしか金を稼げない人間は能無しでしかないらしい。当たらずとも遠からずの意見に、傭兵たちは揃って肩を竦めた。
確かに、それしか出来ないからこそ、傭兵などをやっている訳で、他に才能があればその道に進んでいた筈だからだ。
「ここ、綺麗にしたら、今日はもういいから。朝飯にするから、下に来な」
女将のありがたいお達しに、傭兵たちは揃ってほっとした顔を見合わせる。朝飯も抜きでの労働に、正直うんざりしていた。

「うわー、こんなにいいのか?」
「すげえ、豪華な朝飯」
労働を終えた傭兵たちが口々に感嘆の声を上げたのも無理は無い。
焼きたての胡桃のパン。厚切りのハム。新鮮な卵。ヤギの乳。野菜の煮込み。
朝飯としてはかなり豪華な食材がテーブルに並んでいた。
「ホントは掃除夫雇えるくらい、黒い兄さんから貰ってたんだけどね。アタシはあんたらが綺麗にするべきだと思ったからね」
ヴェルハが払った掃除夫の分の金を食材に回したらしい。
「だから、これはあんたらが働いた分! 遠慮はしなくていいよ。いくらでもおかわりしなよ」
「おう!」
傭兵たちがハムにかぶりつく横で、フォゼラは三弦の糸を磨き、ヴェルハが話し掛けている。
その顔はひどく穏やかで、仕事以外に一緒にいることのあったライジャでさえ、はじめて見る顔だった。
フォセラが三弦を爪弾きだす。
頬杖をついたまま、ヴェルハが旋律を乗せ、ひとことふたこと。そして、また三弦を爪弾く。
「いい男だねぇ。見惚れちまうよ」
穏やかで真剣な顔は、ヴェルハの甘い顔立ちを三倍増しに見せていて、女将の意見にはうなずかざるを得ない。
「おや、違うよ。アタシが云ってんのは、金の兄さんの方さ」
だが、女将は傭兵たちの勘違いを軽くいなした。
「あの剣呑な兄さんを、あんなに穏やかに受け止められる男なんていないよ。懐の大きい男だよ。ああいうのを本当にいい男ってのさ」
女将の言葉に、男たちは改めて吟遊詩人を検分する。
腕は良かった。生き残る為に研ぎ澄まされた無駄な動きの無い剣。
だが、ヴェルハが何ゆえにあんなに懐いているのかが、よく判らない。不気味なレクイエムを歌いながら、敵を屠る猛獣は、今は吟遊詩人の隣で、花を歌う麗人になっている。
「あんたらもいずれ判るだろうよ。もっと大人になったらね」
確かに傭兵の中では若い部類に入るが、もう一般的に小僧扱いされる年では無い。
だが、女将にウィンクされると、何と無しに納得させられてしまった。

酒場に昼を取りに来るのは、下っ端の兵隊や日雇いなど低賃金者が多い。流れ者が泊まっていようが気にならない、腕自慢の連中だ。
それが、今日は奇妙に大人しかった。
おそらくは、昨夜の騒ぎを聞いていることは間違いない。
カウンター近くに陣取った、明らかに剣呑な雰囲気をまとった男たちにも、注目が集まる。
「ヴェルハ」
カウンターに座ったフォゼラが三弦を爪弾きだすと、声を掛けられたヴェルハが朗々とした歌声を上げた。
華やいだ季節に似合いの春の歌。
季節に咲く色取り取りの花を。恋を、希望を。歌に込めて。
歌い終わると同時に、フォゼラの三弦の調子が変わった。打って変わってコミカルで力強い旋律が生み出される。
今度はフォゼラが歌いだした。それにヴェルハが答える。港で働く荷運び人足たちの歌だ。ひたすら働くしかない労働者の苦難と、それを笑い飛ばす男たちを、フォゼラとヴェルハが掛け合いで歌う。
酒場に似つかわしい曲に、最初は大人しかった客たちも、陽気に身体を揺らしている。
歌声が重なり、最後に『負けはしない』と腕を振り上げた。
それに酒場の男たちが和する。拍手が沸いた。
ヴェルハが、すっと拍手に背を向ける。まとった黒いマントを身体に巻きつけると、背中からは一切を拒否した雰囲気が漂う。
「中々の役者じゃねーの」
「意外とノるよな、黒のダンナ」
ライジャとコミッカーがひそひそと囁いた。
フォゼラが三弦を掻き鳴らした。
物悲しげな旋律。フォゼラが奏でるのは、昨日とは違う曲だ。
それに乗せて、ヴェルハが歌いだした。
黒い髪・黒い瞳・血に濡れた剣。生きる為に剣を取り、そのための術を身に着けた男。容赦はしない。甘さは死に繋がる。
強くあれ。それは男が自分に課した生き様。
生き残る。全てを敵に回しても。剣を抜き放ち、それを納めるとき、前に立つものは無い。
ヴェルハは背を向けたまま歌い続ける。
それはまるで、一人で荒野を行く姿に見えた。フォゼラの旋律は、男の悲しいまでの強さを奏で続ける。
静まり返った酒場に、ヴェルハの歌声だけが響いた。
歌い終えたヴェルハが、くるりと前を向く。それにはっと気付いたように皆が拍手を送った。
「漆黒い旋風の歌じゃなく、ヴェルハード・ベルゼンの歌だな」
ライジャが金貨をヴェルハに投げた。
それを器用に受け止めて、ヴェルハは皮肉に口元を歪める。
「どっちも俺だろう。これは、フォゼラが俺のために作ってくれた『俺の歌』だ」
何処か誇らしげな様子に、ライジャが肩を竦めた。
「いい歌だね。昨日のより、ずっといいよ。これ、あんたが作ったのかい?」
女将が感心したように、フォゼラに話し掛ける。
「ああ。女将さんが云っただろう。本物の『漆黒い旋風』が歌う『漆黒い旋風の歌』。ヴェルハに歌わせるなら、あんな作り物じゃない歌を歌わせたかっただけだ」
人伝に聞いた噂を繋ぎ合わせたような、そんなものじゃなく、フォゼラが感じたままのヴェルハの歌を。
「漆黒い旋風自身が歌う、新しい漆黒い旋風の歌。いいねぇ。ウチでしか聞けないよ! 聞きたかったら、また夜においで!」
名残惜しげに去っていく客たちに、女将が胸を張った。
どうやら、客寄せの役目は果たせたらしい。フォゼラとヴェルハは揃って客に頭を下げ、あてがわれた客室へと引っ込んだ。

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