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傭兵と吟遊詩人<6> 

「相変わらず、いい声だよな。黒の旦那」
コミッカーが掛けた声に、漆黒い旋風がじろりと視線を流した。見覚えのある顔に、フォゼラも顔を上げる。
「確か、コミッカーだったな」
「おお、吟遊詩人さんはきちんと覚えててくれたんだ? コミッカー・バンズ。道化(コミック)って呼ぶ馬鹿もいるが、俺が名乗った訳じゃねぇ」
丸い瞳をくるくるとしている様は、子供のようだが、コミックという響きに込められた物騒な音を、フォゼラは聞き逃さなかった。
「一曲、頼んでいいか?」
「ああ。何を?」
「前に酒場で歌ってただろう。踊り子の恋物語。他で聞きたくて頼んだんだが、あまり知ってる奴がいなくて」
投げた銅貨を受け止めたのは黒い旋風。そのまま眠る体制になった男を、フォゼラは咎めもせずに、抱え込んだ三弦を爪弾きだした。
「ヴェルハ。音だけ添えてくれ」
爪弾きながら膝にいる男に声を掛ける。
ごろりと横になっていた男は、身体を起こすと、恨みがましい視線をコミッカーへ投げつける。
魅惑的な旋律が流れ出す。歌いだしたのはフォゼラだ。それに漆黒い旋風が音を添える。
貴族に見初められた踊り子。だが、踊り子は愛してもいない男との贅沢な生活よりも、恋した男との小さな幸せを選んだ。
貴族の裏をかいて、恋人と手に手を取って逃げ出す踊り子。有り得無い夢物語。
ずっと恋が続くように、幸せを祈る歌。
なのに、歌い上げる旋律は何処か切なく、コウリャは不覚にも、鼻の奥がツンとするのを感じた。
歌い終わった吟遊詩人が頭を下げるのに、庭の男たちから拍手が湧き起こる。
飛んでくる銅貨を受け止める漆黒い旋風の顔が、どこか誇らしげなのが印象的だった。

「夕べ、歌っていたのは誰だ?」
高圧的な物言いで訪ねる男に、庭中の連中が鼻じろむ。せっかく良い気分でいたのだ。今夜も歌ってもらおうと思っていたのは、何もコウリャ一人ではない。
声を掛けてきた男は、この屋敷の使用人などではない。元王妃の護衛役だ。剣呑な雰囲気を纏った男は、どう見ても護衛というよりも、殺し屋の類に見える。
「漆黒い旋風の歌が御所望かい?」
コウリャの言葉はストレートなものだったが、ある意味、誤解をさせるに足る言葉でもあった。
「そんな物騒な歌はいらん。夕べ歌っていたのは誰だ?」
「俺たちだが。何か?」
ふらりと黒い影が立ち上がる。漆黒の長い髪の男は、今日も不機嫌そうな面持ちを隠しもしなかった。
「お前たち?」
怪訝そうな声を上げたのも無理は無い。細身の身体ではあるが、長身に相応しい長剣を腰に下げた姿は、どう見ても荒事に慣れた人間のそれであったし、後ろに立つ男は筋骨逞しい身体の大柄な男だ。
しかも、黒髪の男の方は、今にも剣を抜きそうである。
コウリャは、本当に仕方なく割って入ろうかと一歩踏み出して、足が止まった。
「アストラント。こちらから頼みごとをしているのだ。何故にそのような云い方をするのだ?」
掛かった涼やかな声の主は、見とれるほどの美貌の貴婦人である。ただし、腰に下げた長剣と王宮勤めの上級騎士の着るような服装が、なんとも似合っていて、一層ちぐはぐな印象を与えていた。
「セレフィーアさま」
さっと頭を下げた男は、一言も発しようとはしない。
セレフィーア・ドノヴァン伯爵夫人。元隣国の王妃はそれに相応しい威厳と、気品、そして命令することに慣れた傲慢さがあった。
「昨日、歌っていた歌を、もう一度聞きたいのだ。礼はする。頼めるか?」
「承りました。今、ここで。で宜しいのでしょうか?」
頭を下げたフォゼラに、ヴェルハが倣う。
「いや、晩餐の席がいい。迎えを寄越す」
「承知いたしました」
恭しく片膝をついたフォゼラは、明らかに手馴れた風だ。同様に応じるヴェルハも、不平の声は上げない。
コウリャには、それは異様な風景に見えた。そう思ったのはコウリャだけでは無いらしい。
「黒の旦那。いいのか?」
コミッカーが訊ねる声には、多大な疑問が含まれている。
「芸人としての仕事を請けるのは、フォゼラだ。俺は相棒として従うだけだ」
きっぱりと云い放ったヴェルハに、フォゼラは苦い笑いを口元に浮かべた。
「どうやら、そういうことらしくてな」
その答えに、ヴェルハ以外の連中は耳を疑う。あの漆黒い旋風が何も云わずに従うなどと。
ひたすら言葉も無い傭兵たちの目の前で、二人は平静そのものだ。
「吟遊詩人さんは慣れてる風だから、杞憂かもしれないけどね。ああいった連中には気をつけろよ」
コミッカーが言わずもがなの忠告を思わず口にした。
「ああ。小屋にいた頃から慣れてるさ」
ニヤリと笑うフォゼラのその顔は、どう見ても荒事よりも、房事と陰謀を感じさせる意地の悪いもので、コミッカーは余計なことを云ってしまったことを感じて頭を押さえる。
そのフォゼラの肩に腕を乗せたのは、ひときわ背の高いヴェルハだ。
「まぁ、何かあったら逃げ出すだけさ。なぁ?」
ヴェルハの口元に浮かんだ笑みの剣呑さに、周囲の傭兵たちは一様にうんざりとした表情を隠さなかった。
確かにこの男ならば、この屋敷にいる全員と対峙しても切り開いて逃げおおせるだろう。だが、そんな物騒な騒動はこの場に居る誰もが望んではいなかった。


迎えに来た使用人に従って、晩餐の席へと向う。
広間へと入ると、正面にしつらえられた席に座った二人の男女が目を輝かせた。
フォゼラは静かに入り口近くで片膝をついた。それに隣のヴェルハも習う。
ヴェルハの優美な肢体と仕草に、同席した女たちから溜息が漏れた。
「あの曲を歌って欲しい。踊り子の恋の歌を」
セレフィーアが口にした曲は、フォゼラの作った歌の中では、もっとも思い入れの深いものだ。こればかりはヴェルハに旋律を任せたことは無い。
「かしこまりました」
片膝を立て、その場に座り込むと、フォゼラは三弦を爪弾きだした。切なげな旋律に乗せて、朗々とした歌声が響き渡る。
ヴェルハは後ろで音を添えながらも、視線だけで周囲を見回した。
特に観察をしたのは、主賓の伯爵夫妻だ。
新婚の晩餐の席で、恋歌をとの所望は珍しくも無いが、歌が歌だ。この歌は貴族に望まれた娘が、恋人と手に手をとって逃げ出す歌である。
この場に集うような、貴族とその縁者連中に聞かせるような歌では、本来は無い。
意図を図りかねたヴェルハが警戒するのも無理からぬことだ。
だが、表面上は穏やかに、夫妻はフォゼラの歌に聞き惚れていた。ひとこと二言、セレフィーアが年下であろう夫に語り掛け、それに夫がにこやかに答える。
それを周囲は微笑ましげに見守っていた。

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