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傭兵と吟遊詩人<8> 

翌日からヴェルハとフォゼラの場所は、セレフィーアの傍らとなった。もちろん、すぐ側に侍る訳には行かず、あくまで一定の距離を置いたものだ。
セレフィーアの立場は非常に微妙なもので、眉をしかめる輩も少なくはない。そこに胡散臭い傭兵などが加わっただけでも充分だ。
しかも、それが噂に聞こえた黒い旋風だと云う話は、あっという間に広まった。
が、一方のセレフィーアはむしろそれを面白がっている風でさえある。
「セレフィーアさま。今日のドレスもよくお似合いですわ」
「セレフィーアさまは色が白くていらっしゃるから」
庭園での茶会という名の値踏みの席。周囲を少女たちに取り囲まれたセレフィーアは、穏やかな笑みを浮かべていた。
社交界に出たばかりの少女達にとって、セレフィーアのような美貌の貴婦人は憧れの的なのだろう。しかも、国王と離縁してまで結ばれた伯爵との縁は、少女たちの恋愛への憧憬を掻きたてる。だが、それだからこそ胡散臭げな目を向ける御婦人たちの集団も存在するのだ。
それを余所目に眺めながら、ヴェルハは自らの背を、横へ座ったフォゼラの肩に寄りかからせていた。
「ご大層な席だな」
色とりどりのドレスを身に着け、さざめくような笑いを上げる女たちの大半は、その身に着けた衣装によって、家や嫁ぎ先の栄誉を誇っているだけだ。
美しい花と緑に囲まれた贅を尽くした庭園での腹の探りあいに、ヴェルハは辟易していた。
だが、フォゼラは慣れた様子で三弦の調子を見ている。
「フォゼラ」
セレフィーアの良く通る声がフォゼラを呼んだ。フォゼラは優雅な立ち居振る舞いでその場へと片膝を立てて礼を取った。隣のヴェルハも倣う。
「恋歌を所望しても良いか?」
「承知いたしました」
最初にヴェルハではなくフォゼラに声を掛けたのは、『傭兵』としての二人ではなく、『芸人』としての二人に用があるということだ。
「この娘たちが幸せになれるような。そんな歌が良い」
「はい」
セレフィーアの言葉にフォゼラはうなずき、三弦を奏で始める。美しく力強い旋律に、セレフィーアの笑みが深くなった。
フォゼラの旋律に、ヴェルハの歌声が重なり、庭園の一角がより一層華やいだ雰囲気に包まれる。シュエルドで流行の最新の歌ではなく、よく知られた古い恋歌をフォゼラは選んだ。
美しくリズミカルに優しい旋律で歌われる幼い恋心の歌。楽しげに歌うヴェルハが三弦を奏でるフォゼラに笑い掛ける。その視線を受け止めたフォゼラも笑った。
少女たちもうっとりと聞き惚れている。
ヴェルハとフォゼラの歌声が重なり曲が終わると、少女たちの口から一斉にほうっと溜息が漏れた。
セレフィーアが拍手を送る。それに弾かれたように少女たちも拍手を送った。
「フォゼラ。もう一曲、良いか?」
歌い終え頭を垂れたフォゼラに、セレフィーアの声が掛かる。
「はい。どれにいたしましょう」
「あの曲が良いな。踊り子の恋」
意外なリクエストに、フォゼラは思わず瞳を上げてしまった。
「嫌か?」
何気ない風を装った鋭い視線に、ヴェルハは警戒を顕わにし、周囲の少女たちが本能的な恐怖に身を固くした。
「いえ。承知いたしました」
深く頭を垂れたフォゼラの顔には不敵な笑みが浮かんでいる。それに気付いたヴェルハは気配を押さえ、同じように礼を取った。
フォゼラが三弦を奏で、朗々とした歌声が流れる。切なげで美しい旋律に耳を傾けていた少女たちは、さすがに途中でその歌の不穏さに気付いた。
彼女たちは良くも悪くも育ちの良い御令嬢ぞろい。貴族社会の上下関係は身に染み付いている。
庶民が貴族の想いを退けるなどという歌に、共感を覚えるはずもない。
周囲の貴婦人連中などはもっと顕著だ。あからさまに眉をひそめる者もいる。その中で一人穏やかな笑みを浮かべているのはセレフィーアだけだ。
歌いあげるフォゼラに声に、ヴェルハが声を添える。二人の声が重なり、フォゼラの掻き鳴らす三弦の音が庭園に響き渡った。
止めさせようというのか、セレフィーアの背後に護衛の兵士が歩み寄る。
「ドノヴァン伯爵夫人」
掛けられた声にセレフィーアは、椅子を背後に思い切り蹴倒して立ち上がった。兵士がよろける。同時にヴェルハが跳んだ。
護衛の兵士の上からヴェルハの長剣が振り下ろされる。
絹を裂くような悲鳴が、庭園のそこかしこから上がった。
「お前ら。一体何を!」
悲鳴を聞きつけて、数名の兵士が走りよってくる。中にはヴェルハに向けて抜刀している者もいた。
「大事無い!」
声を上げたセレフィーアが振り向いた。一歩引いてかわしたその姿は、淡い緑のドレスの胸元から返り血に染まり、まさしく血塗れである。
「暗殺者を片付けただけよ。ヴェルハ、ご苦労」
「何ゆえに暗殺者だと……」
呆然とする兵士の言葉をヴェルハは鼻先で笑った。
「毒刃をもって貴人の背後に立つ護衛兵なんぞいる訳がない。それとも、これはこの国の流儀か?」
ヴェルハの足元へ転がる男の持つ短剣の刃先は色が変わっている。それを見た責任者だと思える男が顔色を変えた。護衛の兵士の中に紛れ込まされていたとなれば、下手をすれば降格どころでは済まないかもしれない。
「セレフィーアさま、お召し替えを」
慣れた風にフォゼラが促した。
「せっかくフォゼラの歌で気分良くなっておったものを。台無しじゃ」
一人ごち、一人の少女を振り返った。
「美しい庭園を血で汚してしまって申し訳ない。お父上によろしゅう」
にっこりと優雅な笑みも血塗れのドレスでは不気味さを増すばかりだ。実際、本日の主役である挨拶された少女の腰は引けている。
それを知りつつ、優雅に微笑を振りまき去ってゆくセレフィーアは、ある意味いい性格の持ち主だと言えよう。
足早に控えの間へ向うセレフィーアに付き従うのは、フォゼラとヴェルハの二人だけだ。侍女は控えの間に待たせてある。もしかするとセレフィーアは今日の襲撃を予想していたのではないかと、ヴェルハは勘ぐっている。
「フォゼラ。あの歌、何度か歌わせる機会を設けてやろう」
真っ直ぐに前を向いたままの唐突なセレフィーアの言葉に、フォゼラが神妙な顔で頭を下げる。
「ありがとうございます」
何の話をしているのかと問い詰めたくなる衝動を、ヴェルハは辛うじて抑えた。あの歌――フォゼラが姉のことを歌ったのだと言った恋歌。
セレフィーアの言う『歌わせる機会』とは貴族たちの前で、ということだろう。
そんな危険を冒す意味は何だ?
ヴェルハは隣を歩くフォゼラの顔を盗み見るが、その表情は硬く、何かを決意しているようにさえ思えた。

「フォゼラ。あの女は何を言ってるんだ?」
真剣な問いに、フォゼラは逡巡してから口を開く。
「俺は目的があって、あの歌を歌っている。そのターゲットを伯爵夫人は知っているんだろう。噂で聞いたか、それとも報告で上がってきたものかは知らんが」
あの歌は貴族に見込まれた舞姫が恋人と逃げ出す歌だ。だが、そんなことを貴族が許すだろうか。ヴェルハの答えは一つだ。
「面子を潰された貴族がそのまま女を放置する筈が無い」
だが、元気でいてくれると信じているとフォゼラは言った。その意味をもっと早く考えるべきだったのだ。
「逃亡に手を貸したものたちがいた。女は見事に逃げおおせたんだ」
「馬鹿な。そんなことをしたら」
振り向いた先にあるフォゼラの顔に浮かんだ寂しげな笑み。フォゼラの小屋は何故潰れた? 確か何処かの貴族から拘束の命が出ているのではなかったか。

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