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傭兵と吟遊詩人<9> 

「俺は芸人だ。俺に出来るのは歌うことだけだ」
硬い表情のフォゼラに向って、ヴェルハが笑う。物騒なそれは獣に近かった。
「なぁ、フォゼラ。俺がそいつ殺してやろうか」
耳元に甘く睦言のように囁かれた言葉に、フォゼラははっとしてヴェルハを仰ぎ見た。ヴェルハの眼に浮かぶ殺気を見るまでもない。本気だ。
「ヴェ、ルハ」
ごくりと喉が鳴る。この男ならば、確かに止めを刺せるだろう。屋敷のものたちを全て殺してでも逃げおおせるだろう。
闇に乗じて、この男だと気付かせないことすら可能かもしれない。
それは魅力的な誘惑だった。
「どうだ?」
「傭兵に払う報酬は持ち合わせが無い」
何気ない風を装って、フォゼラは誘惑を退ける。それにはかなりの精神力を要求された。血の匂いをさせたときのこの男は危険だ。ねっとりと纏わりつく視線はフォゼラを欲していることを隠しもしない。
「そうか」
ヴェルハは薄い笑みを浮かべたままだ。フォゼラは背筋がぞくりとするのを感じる。小屋を失ったとき、仲間も家族も居場所も無くした。フォゼラに残されたのは歌と芸人としての矜持とこの身ひとつだ。
それすらも、いつかこの男に差し出してしまいそうな予感があった。

「よう、黒の旦那。今日は一人か」
「フォゼラは出掛けている」
声を掛けてきたのはコミッカーだ。元々、一人でいるときにヴェルハに声を掛ける物好きは少数である。
「フォゼラに用か?」
「いや。あの後、アンタ達は屋敷の中だったからな。どうだ?」
どうの意味はすぐに判った。
「胡散臭い女だ。手前の命を狙われているのを知りながら、ああも堂々としていられるもんか」
「剣呑な雰囲気のアンタの前で、顔色ひとつ変えないところを見ても、そんなの判りきった話さ。あの夫人、隣国の騎士団では女神と呼ばれていたそうだぜ」
手馴れた剣さばきや身ごなしを見ても、戦闘経験はありそうだ。フォゼラは年下の伯爵の恋人だったのを、政略のために隣国へ嫁入りしたと言っていた。
「政略結婚した筈が、軍の実権を握られそうになって、慌てて放逐か」
「そんなところだろう。既にこの国にいた頃からかなりの腕前だったらしい」
セレフィーアの命を狙っているのが隣国の王ではないかとの噂は、ここへ来る前に仕入れてある。だが、同時に隣国が危機に瀕したときに、援軍を出したのはドノヴァン伯爵なのだ。いくら何でも代償として妃を下賜するなどするだろうかとヴェルハは思っていたが、こうなるとその機会に妃をやっかいばらいしたと言うのが正しそうだ。
「口封じするにはあの女は難しそうだがな」
「まったくだ。綺麗な女の仮面の下には毒が回ってるぜ。ところで」
コミッカーが話題を変える。
「旦那の相棒。街で見かけたぞ」
「フォゼラ?」
街へ出掛けることは普通にある。楽器の手入れや芸人たちの情報交換。街角で一人で歌うこともあるだろう。そんな場にヴェルハが共に出向いては警戒されるだけだ。
だが、こうやってコミッカーが態々口にするのは、普通とは違う場でと言うことだろう。
「色街で兵隊に金渡してた。脅しじゃなさそうだったんで、割って入りゃしなかったが。その後は、そいつと路地に消えてった」
何か欲しい情報かモノがあったのだろう。金だけでは相手が納得しなかったのか。
「ふん」
「おや、旦那。反応薄いな。あの男に惚れてんじゃないの?」
意外そうにコミッカーは目を見張る。
「歌う為に身体を売ったことはあったらしいし、別に目新しいことじゃないんだろう。だが、何を得たのかは気になるな」
金と身体を渡してまで手に入れたもの。おそらくは目的にまつわる何か。
「コミッカー。頼みがある」
「旦那が、俺に? 気持ち悪いな」
「ただとは言わないぜ」
ニヤリと笑うヴェルハにコミッカーは肩を竦めた。
「ここまで来てそれはないだろうよ。何だ? アンタが苦手なものというと、情報か?」
「まぁな。以前、フォゼラを拘束しろと、何処かの貴族から命令が出てるとか言ってなかったか。あの時、コミッカーもいただろう」
コミッカーが脱力したように、大きな溜息を吐く。
「旦那。それも調べて無かったのか?」
「貴族なんぞ俺には関係ないからな。フォゼラは戦うのに足手まといになることもないし」
要はいざとなったら蹴散らして逃げる気だったのだ。ヴェルハだからこその自信である。
「奴が話したいと思えば話すだろうと考えてたからな」
「そこまで覚悟決めてるのか」
コミッカーの言葉から、先ほどまでの茶化すような色合いが消えていた。本来なら、情報を押さえるのは何よりも優先事項だ。誰が狙ってくるのか、どういう獲物を用いてくるのか。いくら苦手とは言え、最低限押さえておかねばならないものはある。
だが、その危険を冒してもヴェルハはフォゼラの気持ちを優先させることを選んだのだ。
「相手はドローレスの貴族だ。フォートルン公爵の次男。といっても三十路だがな」
隣国・ドローレスはセレフィーアの嫁ぎ先だ。何かを握っていても不思議は無い。
「その年なら、ドローレスじゃ爵位貰って独り立ちしてるだろう」
次男という言い方に、ヴェルハが引っかかった。
「長男が病気がちで、その跡継ぎ候補だ。公爵が不憫に思って、ひどく甘いらしい。やりたい放題らしいぞ。本人も旦那には劣るがかなりの伊達男だから、普通にしててもモテるがな」
「普通に?」
吐き捨てるような口調と言葉尻のアンバランスさは、ヴェルハの気の所為ではない。
「嫌がるのを無理やりってのが好みだったみたいだな。金で黙らせそうな奴ばかりを選んで、親に金を与える」
娘が貴族に見初められたとなれば、親もそれなりの扱いを期待する。ところがこの男は執拗に弄ぶのが好みであったらしい。
「娘の方が耐え切れなくなって、気がふれたのや自殺したのやらで、流れの芸人に目を付けたようだな。仔細は解らんが、小屋が焼き討ちにあったらしいぞ」
「皆殺しか」
「生き残った奴がいるとは聞いていないが」
コミッカーはそれきり口を閉じた。それ以上の確実な情報は掴んではいないのだろう。
「あの歌。フォゼラの姉の歌だそうだ」
踊り子の恋物語。幸せを歌っているのに、何処か切なく苦い旋律。
「おっさんの?」
「おそらく、フォゼラはあの歌を歌いたいんだろう」
決して、ヴェルハに主旋律を任せることのない唯一の恋歌。
「狙われるのは承知の上。旦那、やばいんじゃないのか?」
「おそらくはな」
ヴェルハは平然としているが、焼き討ちまで行ったような相手だ。
「了解。ちょっと探り入れといてやるよ」
簡単にやられるような男だとは思わないが、万が一ということもある。正直、コミッカーは、ここまでヴェルハがフォゼラに入れ込んでいるとは思っていなかった。ヴェルハがどう考えるかは知らないが、今回の仕事の中心はヴェルハだ。
傭兵にとって、死は常に隣り合わせだが、戦闘中ではない場所でのそれは避けたいものだ。特に仕事中は計画が狂うことこの上ない。
それに。とコミッカーは考えた。この男に恩が売れるのなら悪くない取引だ。

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