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傭兵と吟遊詩人<11> 

その度に、あからさまに眉を顰める貴族夫人や護衛の兵たち。そこまであからさまではなくとも嫌悪と戸惑いを浮かべる娘たちの姿を、セレフィーアはむしろ面白がっているようだ。
もちろん、昼に開かれる夫人たちの社交のための園遊会のみのことで、伯爵に同伴された夜会では大人しくその横に控えている。
そんな際には、フォゼラとヴェルハはひたすら馬車の横で御者と共に待つだけである。館の中に入れるものは身元のはっきりとした正規の護衛のみだ。雇われのしかも傭兵など館に入れる馬鹿はいない。
数日前から気不味い雰囲気のまま、ヴェルハは厳しいフォゼラの横顔に声も掛けられない。おそらくは自分が折れればいいのだろう。そう頭では解っている。踏み込まれたくない場所に、不用意に踏み込んだヴェルハに対する逆襲だと知ってもいる。だが、一つだけフォゼラが知らないことがある。ヴェルハが本気でフォゼラを欲しがっている事だ。
そして、ヴェルハ自身も思い知った。自分は意外と純な男であったらしい。だからこそ、許せない。身体さえ与えればいいのだろうと見透かされたことが。
あれから、安らいだ気分でいられた筈のフォゼラの隣が、自らの欲と戦う場になっている。ヴェルハの口から奥歯を噛み締める音が響いた。
フォゼラが驚いて振り返るのに、ヴェルハが自嘲の笑みを浮かべる。
「何でもない」
ヴェルハの言葉に、フォゼラは何も聞かずに前を向いた。やがて、フォゼラの口から旋律が流れ出した。メロディーだけを小さく口ずさむ。春の歌だ。華やかな季節と恋の芽生えと咲き誇る花々を歌い上げる華やかな旋律。幾度も根気良く繰り返されるそれに、ヴェルハが旋律を乗せ掛けた時、二人に声を掛ける人物があった。
「そこの傭兵ども。セレフィーアさまがお呼びだ。来い」
「何故? 屋敷の中にはきちんとお育ちのいい護衛が揃ってる筈だ。俺たちみたいな野育ちの卑しい傭兵には用は無い筈だがな」
相変わらずの上から睥睨するような物言いの、護衛役アストラントは剣呑な雰囲気を漂わせている。いいところを邪魔された挙句の言い様にカチンと来たヴェルハが嫌味を返した。
「誰がお前らなど。護衛ではない。芸を見せろとの仰せだ」
「俺じゃなく、」
明らかにフォゼラを下に見ているらしい男は、ヴェルハしか相手にしていない。それに一層気分を害したヴェルハがフォゼラに頼めと言い募ろうとした矢先。
「承知いたしました」
静かな声が響いた。軽く礼をとるフォゼラに、ヴェルハも倣う。
それを見たアストラントは、鼻を鳴らし踵を返した。付いて来いとの無言の命令に素直に従って歩き出す。
「ヴェルハ。俺たちは芸人だ。少なくとも、俺と組んでいるお前はそうだろう」
歩きながら小声で囁かれた。ヴェルハは、先を歩くアストラントの背を無言で見つめながらうなずいた。そう、ヴェルハとフォゼラは、今この時は芸人なのだ。
扉の傍にいた男に、アストラントが何事かを囁く。男が扉を開き、声を張り上げた。
「ドノヴァン伯爵夫人付き、吟遊詩人の到着です」
きらびやかに着飾った男女の視線が集中する中、フォゼラが慣れた仕草で優雅にその場に片膝を付いて礼を取った。ヴェルハも同じだ。
「その方らが傭兵であるのに吟遊詩人でもあるという男たちか。傭兵の割りには優男だな」
「フォゼラとヴェルハと申します」
尊大な言い様は普段から命令することに慣れている。でっぷりと太った男は、二重顎を撫でつつ、二人を観察していた。その相手に、そんなことなど知らぬ気ににこやかに二人を紹介するのはセレフィーアだ。
「お美しい伯爵夫人のお眼鏡に適ったというその歌声。ぜひとも聞かせていただきたいものよ」
男は隣に立つ伯爵夫人の手をさわさわと触りつつ、二人を見下ろしている。さすがに夫が隣にいる為に手を握るまではいかないようだが、それでも美しい夫人に興味深々であることは明らかだ。
フォゼラとヴェルハの歌よりも、夫人が気に入った相手を褒めることで歓心を買いたいのは見え見えである。
ヴェルハは嫌悪を押し隠すのに苦労したが、隣のフォゼラはまったく意に介していない。取り出した三弦を爪弾くと、顔を上げた。
「セレフィーアさま。何を御所望でしょうか」
「お前の作った歌ならば何でも。公爵、この男はあの無骨な指から生まれ出るとは思えぬ、とても美しい歌を奏でます」
にっこりと笑ったセレフィーアが、常よりも柔らかな様子で公爵に語り掛ける。新妻が媚を売るのに、不快感を噛み殺すかの如く、顔を伏せたドノヴァン伯爵の口元に浮かぶ嘲笑を、ヴェルハは見逃さなかった。
どうやら、食わせ者なのは夫人だけではないらしい。夫人をありのままに受け止めている夫もまた一筋縄ではいかないということか。ただの戦争上手な若造などと見ていると足元を救われるかもしれない。
フォゼラの爪弾く三弦の旋律が、ヴェルハを思考から引き戻した。
美しく力強く奏でられる音色は、切れ切れにしか聞いたことの無い旋律だ。このところ、ずっと作っていた色々な歌の一つ。湧き上がる思いのままに、作り上げる音色。
ヴェルハは一歩背後へ引いた。主旋律はフォゼラに任せるしかない。一度聞けば覚えられる筈だ。
フォゼラが歌いだした。
力強くそして美しい女戦士。命を掛けて先頭に立つその姿は女神ともてはやされ、称えられる。だが、その心は故郷に置いてきたあの子の元へ。優しさも涙も愛情も全て。取り戻すまで戦い続ける、悲しい乙女。
セレフィーアの頬を一筋の涙が伝う。
繰り返される旋律をヴェルハの甘い声が引き取った。音を添えるのは旋律を奏でるフォゼラへと変わる。朗々とした歌声は広間に響き渡り、一言も発する者たちも無い。皆が聞き惚れ、衆目がヴェルハとフォゼラに集まる。
泣いているセレフィーアの肩に、伯爵が触れた瞬間。まるでダンスを踊るように、夫妻がくるりと身をかわす。背後に立っていた男が剣を止める間もなかった。最後の旋律を歌っていた筈の男の長い黒髪が翻る。まさしく吹き荒れる疾風のようにヴェルハがその男に駆け寄ったかと思うと、男の喉が切り裂かれ、血しぶきが上がる。声も出せずに男が倒れ伏したのと、旋律を奏でていたフォゼラと歌っていたヴェルハの声が重なり終演を迎えたのは同時だった。
シンと静まり返った広間に、潰されたヒキガエルのような声が上がる。この家の主人でもある公爵は、頭から死んだ男の血を浴び、引きつった叫び声を放っていた。それを合図にしたように、絹を裂いた声があちこちで上がる。華やかな夜会は一瞬で凄惨な場所へと変化を遂げた。
「やれやれ、懲りぬ奴らよ。のう、フォゼラ」
伯爵の胸に抱かれたままのセレフィーアには一筋の涙の跡があるが、不敵な笑みを浮かべている。それは美しいが戦う戦士の顔だ。ドノヴァン伯爵は誇らしげにそんな妻を抱いていた。
「深追いしすぎは、逆に相手を追い詰めるものよ。来るがいい。いくらでも返り討ちにしてくれよう。だが、限度もある。そう思わぬか」
「追い詰められた狐でも、死に物狂いで猟犬に噛み付くこともございます」
セレフィーアの言葉に、フォゼラは頭を下げる。例えヴェルハが切り捨てずとも、セレフィーアの腕ならば十二分に襲撃者を切っただろう。その証拠に、抱き寄せられたときの夫人の手は、既に夫の腰の剣に伸びていた。
ヴェルハは己が何かの駒にされていることを、ひしひしと感じていた。セレフィーアの言葉は、セレフィーアの事だけではない。フォゼラのことも指し示している。本来相棒である筈のヴェルハよりも、セレフィーアの方がフォゼラの共犯者らしい。それはヴェルハが初めて感じた焦りだった。

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