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傭兵と吟遊詩人<13> 

「歌うだけでいいのか?」
ヴェルハには解らなかった。復讐ならばもっと簡単な方法はある。暗殺者を雇ってもいい。そんな男なら女ならば簡単に侵入できるだろう。
「奴らに我慢なら無いのは恥をかくことだ。実際、この話は伯爵夫人のような身分の人間ならば誰でも知っている。隣国の王も。戦争でも起こらなければ、公爵の兄が死んで奴が跡を継いでも、奴が日の目を見ることは無い」
フォゼラの口元に浮かんだ笑みは非常に暗かった。
「芸人には芸人の戦い方がある。簡単に死なせてなどやるものか。暗殺者に殺されたなど名誉な死は与えない」
おそらく、フォゼラを拘束するのにムキになるあまりに人を動かしすぎたのだろう。自らの恥を晒して回った訳だ。ヴェルハは漸く理解した。普段恋歌を得意とするヴェルハに、何ゆえあの歌だけは歌わせないのか。
フォゼラは命と引き換えにしても歌い続ける気だ。それがフォゼラの芸人としての戦い方ならば。
「俺は共に歌うことは出来るか?」
「俺が倒れても、歌い続けてくれ。今はそれしか頼めない」
「分かった」
フォゼラの覚悟をヴェルハは受け取る。傭兵である自らには、それしか方法がない事もヴェルハは知っていた。

不気味な程に暗殺者はそれきり鳴りを潜めた。
日替わりで行われる貴族たちの園遊会も、伯爵夫人には招待状の届かないものが出て来るようになっている。
以前は美貌の元王妃だというので、貴族の中でも身分の低いものたちが箔付けのために、こぞって招待状を送っていたのだが、それがぴたりと止まった。
まぁ、当たり前だろう。園遊会と夜会での暗殺騒ぎとなれば、下手をすると責を負わされる恐れもある。実際、既に衛兵隊長の首がすげ替えられていた。
フォゼラとヴェルハが必ず傍へと侍っていることも、それに輪を掛けている。吟遊詩人でもある傭兵たち。美しい音を奏でる殺し屋。優美な姿の恐ろしい男たち。
それは今日も変わらなかった。伯爵夫人が招かれるのは今現在は断れない筋のものだけとなっている。
淡い色のシックなドレスを纏い、にっこりと笑顔を浮かべて会話を交わす様は、どうみても育ちの良い貴婦人そのものだ。だが、それが完全なる擬態であることもヴェルハとフォゼラは承知している。
夜会での暗殺事件からこっち、ヴェルハとフォゼラの二人は『踊り子の歌』を歌ってはいない。時折、夜番の傭兵たちに乞われて歌う程度だ。園遊会での出番は恋歌か庭の花にちなんだものをとのセレフィーアの要望に沿ったものになっている。
そして、時折フォゼラだけが街の広場へ歌いに出ていた。
流れてくる三弦の音色にコウリャが顔を上げる。ここふた月ほどですっかりと耳に馴染んだ音色だ。
コミカルな歌はあまり屋敷では歌われることはない。夜間でもあるし、しっとりとした優しい音色を傭兵どもは聞きたがるからだ。故に季節歌と恋歌が主に歌われるものだった。時折、命知らずにも『漆黒い旋風の歌』を聞きたがる奴がいるが、フォゼラが作ったという新たな『漆黒い旋風の歌』だけはヴェルハが歌いたがる。
港の荷運び人足たちの歌の掛け合いを、幾度か繰り返すと聞いている客も歌いだす。楽しげに客と掛け合いをするその姿には、コウリャが見た漆黒い旋風の背中を護る姿とは似ても似つかない。
コウリャは傭兵だ。どんな相手も何時敵に回るか分からない。一目戦いぶりを見た瞬間に、相手の技量を測る。フォゼラのそれは、何度も死線を潜った人間のそれだ。決して、自分に劣らない。あの漆黒い旋風が背中を預けるに足ると判断しているに相応しい相手だと言えた。
だからこそ、芸人でいることを辞めないことが不思議に思える。
フォゼラが立ち位置を変えた。
日差しがキツくなってきたのかとコウリャは怪訝に首を捻ったが、原因はすぐに知れた。広場の中央を騎馬隊がゆっくりと通り抜ける。続く輿に乗っているのはきっと何処かの貴族だろう。場所を譲らねば不機嫌になるに決まっている。
広場の中央に位置する水流階段を背に、再びフォゼラが歌いだした。
「早い」
舌打ちと同時にコウリャが人垣を掻き分ける。まだ、貴族の輿は広場を出ていない。
「止めな」
肩を捕まれて、引き戻された。振り向いた先にいるのは、コミッカーの真剣な顔だった。
「だが、」
「止めろと俺は言ってるんだ。黒の旦那の怒りは買いたくないだろう?」
続けようとしたコウリャの言葉を、コミッカーが遮る。切なげな三弦の音色が響き渡った。フォゼラの朗々とした歌声が広場に響き渡る。
寄りによって歌は『踊り子の恋』だ。
不穏な歌に、貴族の輿が動きを止める。何頭かの騎馬が駆け戻ってきた。広場を見渡し、歌声の元である水流階段の裏へと馬を寄せた瞬間。踊り出たフォゼラが馬の足を斬った。驚いた馬が前足を高く上げ、騎乗していた兵士が振り落とされる。走り出そうとする馬の手綱を、もう一頭に騎乗していた兵士が手繰り寄せた。
暴れる馬を何とか制御したときには、周囲に集っていた人々も、歌を歌っていた男も広場から消え失せていた。
広場に残っていたのは、二人の明らかに傭兵だと判る武器を持った男たち。こちらを見るその眼光は兵士たちでも腰が引け、渋々とその場を後にした。
駆け戻った騎馬の数人が叱責されているのが聞こえたが、それはコミッカーやコウリャにはまったく関係ない。背を向けて滞在している屋敷へと歩き出した。
屋敷の門を潜ったコウリャの背にコミッカーの声が掛かる。
「判ってるとは思うが、おっさんに余計なことは聞くなよ?」
暗い声の調子に、コウリャは動きを止めた。
「脅し、か」
「何とでも。俺としちゃ、旦那を怒らせることはしたくない」
「漆黒い旋風の相棒には関わるなということか」
「今回の仕事、いろいろと想定外が多くてな。この上、人数まで減らされちゃ適わない」
苦笑いを浮かべるコミッカーに、それが本気の言葉だと知る。
「俺も自分の命は惜しい」
「いい子だ」
ニヤリと笑うコミッカーの笑顔は、邪悪さを備えていて、コウリャはウンザリした。こんな相手は何人もいらない。漆黒い旋風だけでも持て余しているのだ。傭兵であるからには、公明正大な仕事などほとんど無い。その中でも、今回は特大級に胡散臭い仕事だった。
あの吟遊詩人は貴族が通るのを待ち構えていた。それは間違いない。漆黒い旋風も知ってのことか。それとも伯爵夫妻からの何かの依頼があってのことか。
「いい子でいるから、聞かせてくれ。あれはわざとか?」
コウリャの問いに、コミッカーは無言だ。
「お前だって解るだろう。命は惜しい。だからこそ、どう動けばいいのか知りたい」
関わりたくはないが、判断を誤りたくもない。食い下がるコウリャに、コミッカーが溜息を吐いた。
「わざと、さ。そして、あの女もそれを知ってる」
「それは依頼ということか?」
伯爵夫人が知っての上での行為ならば、そう見るべきだろう。だが、問いに対してコミッカーの答えは無かった。これ以上の問いは無意味だろう。
コウリャは渋々ながら、背をむけるコミッカーを見送った。
「あの吟遊詩人。意外と食わせものかもな」
『漆黒い旋風の相棒』としか見てなかったが、ヴェルハ以上に警戒するべき男なのかもしれない。コウリャは認識を新たに、仕事へと戻っていった。

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