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傭兵と吟遊詩人<16> 

「フォミゼイラ・サング、ヴェルハード・ベルゼン。出番だ」
どのくらいの時間が過ぎたのか、ふいに扉が開き、声が掛かる。芸人たちと違い、兵士たちに囲まれるようにヴェルハとフォゼラは長い回廊を歩く。
その中、フォゼラは込み上げる殺気を殺すことが出来なかった。一度だけ目にしたフォートルン公爵の次男は、踊る姉を爬虫類が獲物を目にしたときのような視線で眺めていた。
姉を死ぬ寸前の目に合わせ、親方を殺し、小屋の仲間を焼き殺した男。目の前にあらわれたならば、自分は襲い掛かる衝動に耐えることが出来るのだろうか。
「フォゼラ。心配するな。その殺意のままに歌え。あの女も言っていただろう。お前の舞台だと」
ヴェルハの何処までも冷えきった声が、フォゼラにほんの少しの平静さを与えた。用意された最高の舞台。二度とは巡ってこないだろう。フォゼラは前を向いた。
扉が開かれる。きらびやかな光に溢れたそこが、今日の二人の舞台だった。
「ドノヴァン伯爵夫妻付き、吟遊詩人の登場でございます」
王宮勤めであろう道化師がおどけてヴェルハとフォゼラを指し示す。二人は優雅に腰を折り、片膝をついてその場へ控えた。
「その方らか。そう硬くならずとも良い。セレフィーアの歌を作ったそうではないか。ぜひ、聞かせて欲しくて呼んだのだ」
王からの問いに答える術など、ヴェルハとフォゼラには無い。
「王がお尋ねじゃ。直答を許す」
隣に控えた年嵩の男が、フォゼラを促した。
「僭越ながら、セレフィーアさまは戦女神と称えられていたと伺いまして、セレフィーアさまの真っ直ぐな生き様を歌わせていただきました」
「その方が吟遊詩人か」
「はい。隣の男は私の歌を奏でる最高の歌い手にございます」
「あい判った。歌ってもらおう。その最高の歌い手に」
「承知いたしました」
フォゼラが顔を上げる。来賓たちもそこそこの場所でくつろぎ酒食を取っている。その中に、フォゼラは男の姿を見つけた。十年の時が過ぎ去り、男はすっかりフォゼラの顔など忘れ果てているようだ。いや、もしかすると最初から覚えてさえいないかもしれない。隣に座った少女が怯えながら、男に愛想笑いを向ける。それに姉の面影が重なった。
フォゼラは不思議と落ち着いた気持ちで、三弦を奏でだす。
力強い旋律。戦場に立つ一人の女。護られるべき女は、だが自ら剣を取り戦うことを選んだ。他国に嫁ぎ、生き残る術を身に着けるための戦い。いつか戦女神と称えられ、恐れられた。だが心は故郷のあの子の下。
女戦士の歌でありながら、それは恋歌だった。ヴェルハの甘く冷たい声が、女の生き様と重なる。
耐え切れず、そっと袂で涙を拭うセレフィーアを、伯爵がしっかりと抱きとめた。隣国の来賓たちは、途中で歌の内容に気付いたらしい。苦い表情にはなったものの、まさか席を立つ訳にもいかない。曖昧な笑いを浮かべ、不快な歌が終わるのを待った。
音を添えるフォゼラと歌うヴェルハの声が重なる。三弦が掻き鳴らされ、曲が終わった。
シンと静まりかえる広間で、拍手の音が鳴った。
「良い歌じゃ」
国王陛下の拍手に続くように、広間のそこかしこから拍手が沸き起こる。その中で、ヴェルハとフォゼラは恭しく頭を垂れた。
「褒美を取らそう。何が良い?」
陽気に声を上げる国王に、ヴェルハが深く礼を取った。
「おそれながら、このような立派な舞台で歌わせていただけることなど、私たちのような旅芸人には過ぎたる褒美にてございます。あと数曲披露させていただければ、存外の喜びにて」
「欲のないことだな。良かろう。思う様歌うが良い」
「はい。ありがたく受け取りましてございます」
国王が鷹揚に告げる褒美に、フォゼラが深く頭を垂れ、ヴェルハもそれに倣う。
フォゼラが三弦を抱え込み、古い恋歌を奏で始めた。誰もが知る淡い初恋の歌。真っ直ぐな思いを交わす幼い恋人たちの歌は、ヴェルハの甘い声をより一層引き立てる。
可愛らしい恋歌に、誰もが聞き惚れた。フォゼラの旋律は何時でもヴェルハの声を輝かせる。
このひと時、ヴェルハは自分が傭兵であるということを忘れた。
曲の調子が変わる。
切ない旋律に押さえ込んだ微かな殺気が混じった。歌の中に入り込んでいたヴェルハの表情が引き締まる。
踊り子の恋歌。
幾度か演奏したそれを知るものたちの間に、ざわめきが広がった。
だが、王の周辺やその側近たちの中で聞いたことのあるものは、どうやらいないらしい。止められることなく三弦の調べが流れ出した。
ヴェルハが一歩引いて、フォゼラの背後に立つ。フォゼラの低い声が響き、ヴェルハはそれに和する音を添える。
貴族に望まれた町の踊り子。だが、踊り子は愛してもない男との豪奢な生活よりも、愛する男と小さな幸せを望んだ。貴族の迎えが来たときには、既に手に手をとって、男と娘は逃げ出していた。
次期公爵が顔を上げる。フォゼラを見るその視線は強く、わなわなと震える手に持たれた酒盃からは酒が零れだしていた。
公爵の視線に気付かないのか、それとも知らぬフリを押し通す気か、フォゼラの指は三弦を爪弾き続ける。
逃げ出した踊り子たちを貴族たちが追った。だが、町の人々は小さな悪戯を追手に仕掛け、追手はいつか踊り子を見失ってしまう。
そこでヴェルハが主旋律を引き取った。前に出ると朗々と歌い始める。ヴェルハの響きの良い声に主旋律を奪われては、フォゼラは引き下がらざるを得ない。前に出ては歌自体が台無しになる。
大人しく音を添えながらも、視線を上げた。次期公爵の射殺しそうな目線とぶつかり、フォゼラの口元に暗い笑みが浮かぶ。
その強い視線は心地いい程だった。おそらくは歌を聞くまでは、苦い思いをさせられた姉のことは覚えていても、フォゼラや小屋の連中のことなど思考の外にあったに違いない。
フォゼラの拘束だとて、恥をかかされたことを歌う芸人という程度の認識だっただろう。一部の慈悲深い貴族はともかく、他の貴族にとって、旅芸人など虫けらにも等しいものだ。
朗々とヴェルハが、踊り子の幸せを祈る歌を歌い上げる。ずっと幸せが続くように、新しい地で。
ヴェルハとフォゼラの声が重なり、三弦の爪弾きが最後の音を奏でるのと同時に、次期公爵が立ち上がった。
「フォゼラ、俺の歌を」
すれ違い様にヴェルハが囁いたかと思うと長剣を抜き放つ。
三弦の爪弾きが激しいものに変わり、ヴェルハが剣を掲げたまま歌い始めた。
いきなりの抜刀に固唾を呑んだ人々も、演出かと胸を撫で下ろす。
「反逆だ! このような行為を許しておくのか!」
顔を真っ赤にした次期公爵が声を上げたが、周囲の視線は冷ややかなものだ。国王の側近がすぐに公爵へ走り寄った。
「お静かに。芸人は国王の許可の下で歌っております」
判断するのは、国王であってお前ではないと湾曲に釘を刺される。次期公爵は、激しやすい下種な男だが馬鹿ではなかった。そして、権威には弱い。渋々だが、口を閉じて乱暴に座った。
その彼を、ヴェルハは明らかな殺意を混めた瞳で睨みつけ、『漆黒い旋風の歌』を歌い上げる。
甘い歌声は冷たさを伴い、一人の男の生き様を奏でた。隣で三弦を掻き鳴らす男は、先程とは打って変わってヴェルハの歌声を魅力的に見せる為の音を奏でることに終始する。
剣を掲げたまま、ヴェルハは歌い続けた。

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