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傭兵と吟遊詩人<17> 

強くあることだけを己に課した男。容赦なく剣を振るう黒い髪と黒い瞳を持つ傭兵。
ヒソヒソと貴族たちが囁く声があちこちで起こった。黒い瞳と黒い髪。黒いマントを纏う名の知れた傭兵といえば、子供でも知っている。
それにドノヴァン伯爵夫人の連れた傭兵の一人がその男だということも、既に貴族たちの間では噂だった。
「漆黒い旋風?」
囁きを耳に止めた公爵が疑問を口にする。ヴェルハの強い視線は明らかに自分をターゲットにしたものだ。だが、そんな視線を向けられることなど、この男には慣れたものである。
ヴェルハ自身は、スレンダーな体格と甘い歌声を持つ優男の印象しかない。噂に違わぬ比類なき強さを誇る男にはとても思えなかった。
歌い続けるヴェルハの甘く冷たい声に、次期公爵がせせら笑うような嘲笑を浮かべる。この国の国王の思惑など構うものか。投獄されなければ、こんな芸人二人殺してしまえばいい。
「セルシス」
後ろに控えた大柄な男が公爵の声に、傍へと身を屈める。
「三弦の男。芸人小屋の生き残りでございますな」
「ふん。虫けらの分際で復讐か」
「返り討ちにしてやればよろしゅうございましょう」
落ち着いたセルシスの声に、次期公爵も落ち着きを取り戻す。はべらせた少女に酒盃を差し出すと、少女は震えながら酒を注いだ。
「震えておるのか。後でじっくりと可愛がってやろう」
少女の怯えを楽しむように耳元に告げる。少女は何もかも諦めた顔になって静かに涙を流した。
ヴェルハは歌いながら、掲げた剣を振り下ろしたくなる衝動に耐える。ここはセレフィーアが用意したフォゼラのための舞台。途中で放り出すことなどあってはならない。
少し頭の回る男なら、踊り子の歌の後に歌われた『漆黒い旋風の歌』の意味は判る筈だ。つまり、手を出すつもりなら、ヴェルハが相手だと堂々と宣言したのである。
ドノヴァン伯爵をはじめ、この国の貴族や来賓の中には警戒を怠らぬ表情のものたちも出ている。だが、その中で次期公爵は嘲笑の笑みを浮かべているのだ。
どうやら、本物の馬鹿らしいとヴェルハは見当を付ける。
どちらにしろ、さっさとセレフィーアを諦めれば良かったものを、執拗に命など狙うから、フォゼラに協力者など与えてしまうのだ。隣国の来賓も、どうせ最後の刺客を伴うためにあらわれたのだろう。
そのうち、どのくらいを自分たちに割いてくるか。
ヴェルハは歌いながら、高揚してくるのを感じた。
容赦はしない甘さは死に常がる。生きるために戦う。
フォゼラの作ったヴェルハの歌はヴェルハの生き様そのもの。緊張した空気の中、ヴェルハの歌声が響き渡った。
フォゼラが音を添え三弦の音が止む。シンと広間が静まり返った。
「見事な歌じゃ」
広間に王の拍手が響いたが、今度は誰も続こうとはしない。国王の瞳が笑ってはいないのを広間に集まった貴族たちの誰もが気付いていた。
「だが、我らの前で歌う歌ではないぞ。場を弁えぬヤツらめ。即刻この国を出て行くが良い!」
国王の厳しい声に、ヴェルハもフォゼラも深く頭を垂れ、さっと身を翻す。歌い終えた以上、何の未練もない。
扉が閉まったのを見計らって、国王が声を上げた。
「ドノヴァン! あのような輩を飼っておったとは。迂闊過ぎるわ! 向こう三年の謹慎を申し渡す!」
「は!」
平伏したドノヴァン伯爵が短い返答をする。それを聞いて王はその場を立ち去った。
セレフィーアが立ち上がり、夫へ近づく。
「シルフィ」
平伏した夫に呼び掛けると、手を取った。シルファルド・ドノヴァンが顔を上げると、柔らかな笑顔がそこにある。一瞬、幼い頃に戻ったような感覚に捕らわれた。
「帰りましょう。私たちの故郷へ」
「そうだな」
だが、ドノヴァンはもう嫁いでいく彼女を見送るしか無かった力のない子供ではない。国の盾として辺境の守護を任された男だ。国王の慈悲と思惑が今なら解る。
立ち上がり、セレフィーアを伴いその場を去った。
宴はまだ続いていたがすっかりと白けた場に、歯が抜けるように一人また一人と立ち去っていく。
その中には、酒で濁った目を見交わした隣国の次期公爵と王弟の姿もあった。

「どのくらいこっちに割いてくると思う?」
街道宿で買った馬を走らせながら、フォゼラは隣を走るヴェルハに問い掛ける。
「馬鹿みたいだったしな。全兵力じゃないか?」
たった二人だ。叩き潰した勢いで辺境へと帰るセレフィーア一行の馬車を襲う気でいるだろう。
「来たぞ」
フォゼラが剣を抜いた。馬の行く手を塞ぐように数人の男達が剣を構えているのが見える。そして、ヴェルハの背後からも迫る様々な獲物を手にした男たち。
「は、馬鹿どもが!」
せせら笑ったヴェルハが剣を抜く。数を頼みの奴らなど何の障害にもなりはしない。ヴェルハが馬の腹を蹴った。フォゼラの馬を追い抜き、正面の男たちに襲い掛かる。
男達が一斉に馬上のヴェルハに剣を振るう。だが、ヴェルハの姿は既に馬上には無かった。男たちの口から耳障りな絶叫が上がる。
すれ違いざまに馬から飛びおりたヴェルハの剣は、二人の腕と耳を落としていた。ざわめきと動揺、そして血臭がその場に立ち込める。抜き放ったヴェルハの剣から血が滴り落ちた。
そこへフォゼラの馬が躍りこみ、馬上から重い厚刃の剣を叩き付ける。ぐしゃりと何かが潰れる音がして、男が肩を抑えて倒れこんだ。
浮き足立った男たちに向けて、ヴェルハが自在に剣をなぎ払う。
一振りごとに、耳が飛び腕が落ち絶叫が上がった。背後から狙おうと近付けば、大柄な吟遊詩人の振るう厚刃の剣が叩き付けられる。
噂通りの強さを誇る傭兵と、その男が認めた相棒の実力を男たちはやっと思い知った。
背後から追ってきた男たちが、目にした惨状に顔を歪める。まさかあっと言う間に瓦解させられるとは考えてもいなかったのだ。
周囲に広がる怯えに、ヴェルハの貌には、いつしか危険な笑みが浮かんでいる。そして、ヴェルハの口から歌が流れ出した。
葬送の歌。死者を送り出すレクイエム。戦場には不似合いな、否、似合い過ぎる不気味な選曲に、男たちが震え上がる。
「不謹慎だぞ、ヴェルハ」
言葉ではヴェルハを嗜めながら、フォゼラの口元にも笑みが浮かんでいた。
敵が何人いようが関係ない。ヴェルハが全て屠る。フォゼラの役目はヴェルハの背後を護るのみだ。
追ってきた男たちが奇声を上げてヴェルハに襲い掛かる。それは追い詰められた獣に似ていた。
事も無げにヴェルハが横なぎに剣を振るう。喉を切り裂かれた男の頭ががくりと垂れ下がった。落ちる頭に引きずられるように倒れ伏した男の身体が横たわる。静まり返った街道に、ヴェルハの朗々とした歌声だけが響き渡った。
ヴェルハが一歩踏み出す。血だまりが跳ねた。半数以上がそこいらに転がっている。生きているものも、一生不自由な身体を抱えて生きる羽目になる筈だ。二度と戦うことは出来ないだろう。
ヴェルハの歌声に、フォゼラのそれが重なった。
重なる歌声は、葬送の場であれば荘厳に響くのだろう。だが、この場でのそれは男たちへの最終通告に等しかった。

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