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傭兵と吟遊詩人<18> 

歌い終えたヴェルハが乾いた唇を舌先で湿らせる。まるで舌なめずりする猛獣のような仕草に、残った男たちの喉の奥から、声にならない悲鳴が漏れた。
もう一歩踏み出したヴェルハに、じりじりと男たちが後退する。一人が逃げ出すと、後はもう歯止めが利かない。
身を翻して逃げ去る男たちの背中を見送って、ヴェルハが血払いした剣を納める。それを見たフォゼラが声を上げた。
「いいのか?」
「あの女があんな奴らにやられると思うか?」
返ってきたヴェルハの言葉は疑問の形を取った確認だ。男装の騎士姿のセレフィーアを思い起こし、フォゼラも剣を納める。
「それにコミッカーもいる。殺らせんさ。俺たちの仕事は別にある」
「仕事?」
ヴェルハが馬に乗れと示した。騎乗してゆるく走らせていると、背後から追ってくる馬がある。
「やっと追いついたぜ」
声を掛けてきたのはコウリャだ。
「お前たちに引き渡せとよ。伯爵からの命令だ」
コウリャがくいっと親指で後ろを指し示す。仰々しい紋章を刻み込まれた二つの馬車は間違いなく隣国の次期公爵と王弟のものだ。
「ああ。引き受けた」
ヴェルハが馬を馬車の横へと寄せ、フォゼラもそれに続く。
街道に転がった暗殺者たちの末路を目にしたのだろう。馬車の周囲を守る筈の護衛たちの腰は引けていた。その中で一人だけフォゼラを睨みつけてくる男がいる。ぴたりと次期公爵の馬車の扉の横に馬を寄せ、ヴェルハとフォゼラを警戒しているのは天晴れな程だ。
「俺たちの役目は、あんたらを無事に国に送り届けることだ。信じられなくてもな」
ヴェルハが獰猛な笑いを閃かせ、セルシスという名の男に告げる。だが、セルシスは相も変わらずフォゼラの背を睨みつけるだけだ。根は深いらしい。
ヴェルハは諦めて馬をフォゼラの隣へと寄せた。
二頭の馬車は街道を隣国へと向う。夜の闇の中でも止まらないそれは何かから逃げているような風情があった。
夜が白みかける頃になって、フォゼラとヴェルハが馬を止める。街道の片側は深い崖があり、馬車が二頭すれ違えるかどうかという狭さだ。
「来るな」
フォゼラの耳はかすかなその音を捉えている。ヴェルハが馬を走らせ、セルシスに並んだ。
「全速力で走らせろ! 来るぞ!」
セルシスの顔が引き締まる。
「全力で走れ! 背後は気にするな!」
「驚かないな」
すぐに事態を理解したセルシスに、むしろヴェルハが驚いた。もっと理解していないと考えていたのだ。
「邪魔者は始末される。当たり前のことだ」
恐ろしい速度で走りはじめた馬車に、並走してセルシスが馬を走らせる。
背後でフォゼラとヴェルハが剣を抜いた。
頭上から降ってきたいくつかの大きな石が、走りぬけた馬車のギリギリを掠め転げ落ちていく。おそらくは足止めを狙ったものだろう。事故を装えればもっとも幸運であったに違いない。
だが、馬車を追った男たちの前に立ったのは、黒い髪をなびかせた人の形をした厄災であった。
一対多数。他はすべて屠るべき敵。漆黒い旋風のもっとも得意とする状況だ。しかも背中を預ける絶対的な信頼を置いた相棒がいる。
ヴェルハは敵中に身を踊らせた。

屍が横たわる。生きとし生きるものはこの場には二人しか存在しない。
血に塗れた剣を拭い、ヴェルハが剣を納めた。濃い血の匂いがその場に立ち込める。さすがにこんなに立て続けに何人も相手にしたのはフォゼラは初めてだ。肩で息をし、街道沿いに植えられた木にもたれ掛かる。
そのフォゼラをヴェルハが振り返った。血の匂いを振りまき、近づいてくる男は凄絶な色気があった。
フォゼラがもたれ掛かった木に手を付き、ヴェルハの唇がフォゼラのそれと重なる。息を持っていかれて苦しいくらいだ。窒息するかと思う寸前で、フォゼラの唇が開放された。
「篭絡される前に殺されそうだな」
「そんなつもりじゃない。すまん」
笑いながら言われても、今一つ真実味がない。フォゼラは身体を起こし、馬に乗る。ヴェルハも無言でそれに続いた。
「最初から始末をする気だった訳か」
「まぁな。今ならあの女の所為に出来る。だからこそ、無事にこの地を出すことに拘っていた。伯爵が一枚上手だったということだ。もしかすると国王もグルかもな」
どちらにしろ、国に帰っても次期公爵には身の置き場がない。フォゼラはクスクスと笑い声を上げた。
「満足か?」
「ああ。あの男の失脚の足がかりになったと思えばな。それにあの男の目の前で歌えた」
セレフィーアに対する執拗な手口も、いかにもあの男らしかった。拘りすぎたのだ、フォゼラにも、セレフィーアにも。
山の向こう側がうっすらと明け始めている。
「早く寝たい」
夜会からずっと戦闘続きだ。身体は疲れきって休息を欲している。
「山を越えれば町がある。俺も寝たい」
態々フォゼラの耳元で意味ありげに囁かれた言葉を、フォゼラはきっぱりと無視した。さっさとドローレスに入って、次期公爵と王弟が無事に国に帰ったかどうかを見極めたい。
二人が国に無事に帰ったことで、王宮で行われるだろう血で血を洗う陰惨な祝宴に興味はあるが、それを伺うことは不可能だ。
馬を走らせる二人の横を乗り合い馬車が駆け抜けていく。あの凄惨な現場を見たら御者が腰を抜かすのではないかとフォゼラは考えたが、その現場を作った本人は涼しい顔で、フォゼラの隣で馬を駆っていた。

二人がドローレスに入ったのは、三日後の宵闇がせまる頃だった。
小さな酒場に入り、果実酒と肉の入ったスープとパンを頼む。ここいらの国のパンは硬いため、スープに浸して食べるのが一般的だ。
ここ数日、携帯食の干し肉しか口にしていない二人には、久しぶりの晩餐だった。無言で腹を満たすことだけを目的に口を動かす。
やっと人心地が付いたフォゼラが果実酒を手にしたときには、ヴェルハはとっくに食事を終えていた。傭兵としての生活が身に着いたヴェルハは、決して動きが鈍くなるような真似はしない。
「もういいか?」
「ああ」
空腹のあまりとはいえ、貪るように食事を取ったことが気恥ずかしく、フォゼラは残った果実酒を煽って立ち上がった。
「主人。部屋の空きは無いか」
「すまんが、今日はもう一杯だ。納屋で良けりゃ貸すが」
人の良さそうな主人がすまなそうに告げるが、フォゼラたちには屋根があるだけで恩の字だ。
「あんたら、芸人さんかい? 一曲歌ってくれたら毛布も付けるよ」
「フォゼラ」
交渉していたヴェルハがフォゼラを振り向く。何処だろうと歌えるのなら否やは無い。
「曲は任せてくれるか?」
「ああ、かまわない。聞くのは好きだが無教養でな。良く解らないんだ」
フォゼラは、三弦を抱え込み少し弾いた。指が動くのを確認してから、三弦を掻き鳴らす。流れ出す曲は『踊り子の恋』。
一歩進み出たヴェルハが歌いだした。甘い歌声を響かせながら、ヴェルハはちょっとだけ旋律を遊ばせてみる。今までは切なげに歌っていた貴族の裏を掻き逃げ延びるシーンを、爽快なリズムで歌い上げると、フォゼラの三弦は見事にそれに沿った旋律を乗せてくる。
それはフォゼラの気持ちの変化でもあった。復讐のための歌は、もう要らない。紡ぐ旋律は、一途な恋が何時までも続くように。そう願う優しい旋律だった。

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