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アクシデント<1> 

好きだといってくれた先輩と、笑って欲しいと云ってくれた男。
二人の間で揺れ動く心は。

<2> <3> <4> <5> <6>完


「鹿山、大丈夫か?」
呑みすぎてふら付いた俺の身体を支えてくれたのは、同じ営業部の先輩だった……と思う。
新入社員の歓迎会の席で、呑まされすぎた俺は名前さえ覚えていない先輩に連れられて、洋式トイレの便器にしがみついていた。
「す…すみませ、っ…」
口を開くのと同時に吐き気がこみ上げる。
「喋るな!」
俺の状態を察したらしい先輩は、強い口調で俺の言葉を遮り、それと同時に口の中に長い指が差し込まれた。
「全部吐いたらすっきりするから」
便器に顔を突っ込みそうになる俺の身体を、残った片手がしっかりと支えてくれる。
仕方なく、俺はその腕に甘えてしまう結果となった。
嘔吐は胃の中に何も無くなったのではないかと思える頃になってようやく止まってくれた。
「止まったみたいだな」
先輩の優しい声が俺の耳を打ったが、吐きすぎた喉の奥はひりひりしていて、とてもじゃないけど、マトモな返事は出来そうに無い。
幾度もうなずいて、同意を示すと、力強い腕が俺を洗面所へと引っ張っていった。
「顔を洗って。口も良くゆすげよ」
云い置いた先輩は、また個室へと戻っていく。
命じられた通りに、口をゆすいでいると、先輩が戻ってきたのが鏡に映る。
そのときになって、俺は初めてまじまじと先輩の顔を眺めることが出来た。
色を抜いているのでは無いらしい、眉と同じ色の茶色の髪と瞳。いかにも女の子受けしそうな甘目の顔立ちだ。
そのイケメンが鏡越しの俺に向かって、人好きのする微笑を浮かべた。
「す…すみませんッ、俺ッ…」
ハッと我に帰って、頭を下げると、先輩のスーツの裾が濡れているのが目に留まる。
「せ、先輩、もしかして……」
後始末までさせてしまった?
俺は、あまりにも甘えすぎた結果に、顔が上げられなくなった。
「かまわん。新入社員の歓迎会だと、どうしても酒量をわきまえられない未成年に無理強いして呑ませる馬鹿もいるからな」
先輩は何でも無いと笑ってくれる。
「ありがとうございます」
俺は素直に頭を下げた。謝るよりも礼を云う方が、いくらかマシだろう。
「いいえ。どういたしまして」
そんな俺に、先輩はおどけて、まるで客を迎えたホテルマンのように恭しく頭を下げた。
その態度は俺に気を遣わせまいとする優しさにあふれている。
「まぁ実際、俺も昨年は散々な目にあったからな。俺たちと違って高卒組は慣れて無いしな」
ん?――――そこで俺は先輩が勘違いをしていることに気がついた。
「あの…。俺、城南工大卒です」
「え?」
先輩の瞳が意外そうに見開かれる。
確かに目の前の先輩はとても俺と一つしか違わないようには見えないが、俺ってそんなにガキっぽいか?
高卒―――つまり未成年だと思われていたらしい。
「悪い。何か、物慣れない感じだったから」
酒の席に慣れていない風に見えたと云うことだろう。
俺は、合コンやら呑み会はあまり好きじゃ無かったが、やはりああいうものは出ておいた方が社会人としては役に立つらしい。
先輩は、バツが悪そうに頭を掻いていた。
その仕草が、年齢より落ち着いて見える男を、妙に子供のように見せて、俺はつい噴出してしまった。
「鹿山?」


「す、すみま…せん」
ツボにはまった笑いはなかなか収まらず、最初、突然笑い出した俺に慌てていた先輩も、自分が笑われていることに気付いて、憮然としている。
「まだ、肩が震えてる」
何とか笑いを収めた俺に対する態度も、何となく棘が感じられた。
「ナニがそんなに可笑しいんだ?」
怒っているというよりは、拗ねたような響きがある。
「すみません。何だか、すごく大人っぽいのに、可愛いな、と思って」
「可愛い? 俺が、か?」
そんな事を云われたことは無かったのだろう。白状した俺に、先輩はますます憮然としてしまった。
「可愛いのは、お前の方だろう」
明らかに怒気の篭る声なのに、それには呆れたようなニュアンスがある。
「え?」
可愛い?―――――

「もう、気分はいいな。鹿山」
顔を上げた先輩からは、怒気も棘もすっかり消え失せて、鮮やかな笑顔がそこにあった。俺はその顔に思わず見とれてしまって、どういう意味か聞き返すことさえ忘れてしまう。

「鹿山?」
俺は余程、馬鹿面さらして見つめていたらしい。
気付くと、先輩の男前な顔が俺の目を覗き込んでいる。
「何ぼーっとしてるんだ? 行くぞ」
「あ、はいッ」
先輩は釣られて後を付いて行くと、エレベーターを開く。大人しく乗り込んだものの、違う階までトイレに来た覚えは無かった。
「あの……」
一体、何処へ? 俺の素朴な疑問は顔に出ていたらしい。
「あのな、鹿山。まさかとは思うが、そんなに呑まされて、また歓迎会の会場に戻る気じゃ無いだろうな」
「え? でも、いいんですか?」
「お前、顔にあんまり出ないから、どんどん注がれてただろう。また会場に戻ったら今度こそ救急車呼ぶ羽目になるぞ」
要するに自己管理も出来ないと云うことだ。それって大人の男としてどうなんだ、俺。
「とりあえず、呑み足りないなら、俺の部屋で呑みなおそうぜ」
俺が落ち込んだのを察したのか、先輩は俺の頭を軽くぽんぽんと叩くと、タクシーに手を上げた。
「すみません、総務部長。ええ。鹿山が吐きまして。今、送って帰るところです。すみませんが、はい、お先に。お疲れ様です」
タクシーに乗り込んだ先輩は、自宅らしい住所を告げると、携帯で会社の上司に連絡を取っている。
どうやら、怒られずに済んだみたいだ。
「総務課の部長に連絡したから、無断で帰ったことにはならないだろう」
「でも、俺、営業ですが」
「村田部長は呑み会の途中で抜けるとうるさいんだ。総務は逆に社員が具合を悪くすると責められるからな」
そうなのか。直属の上司の顔を立てればいいってものでも無いんだな。
「まぁ、俺は便乗して帰れて嬉しいけどな」
「え?」
「会社の付き合いなんざ、適当に切り上げて自分の時間を楽しみたいんだよ。鹿山も気をつけろよ。営業の村田さんは結構無茶を云う人だぞ。ペースを乱さんようにしないと、とんでもない羽目になるぞ」
「あ、はぁ」
いかにもと云う感じで仕事の出来そうな人だが、何で俺にこんな教訓めいたことを云うのだろう……。今日知り合ったばかりなのに、本当に俺の身を心配してくれているように聞こえる。
「鹿山は真面目に頑張り過ぎそうなタイプに見えるからな。心配だ」
そう云った先輩の、俺を見る瞳はとても優しい色彩をしていた。


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