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酒と煙草と英国紳士<2> 

瀬川津行(せがわつゆき)がその男を追ったのは、何処か放って置けない雰囲気があったからだ。
無理に笑っているような痛々しさがある。急いで褌の上に服を着て外へ出ると、男は階下の自分の店へ戻ることもなく、ぼうっと空を見上げていた。
「おい、おっさん」
階下のゴシックレストランのオーナーで、マスターの知人であることは知っているが、男の名を津行は知らない。『将』の中では気障なイギリス男と呼ばれていたし、誰しもが一度は寝たいと考えてはいたが、同時に相手にもされないだろうということも知っていた。
津行の声に男が振り向く。
「何だ?」
今まで抑えていた所為なのか、男は剣呑な雰囲気を撒き散らしていた。若い頃にはここらでハバを利かせていたという褌パブのマスターの知人らしい一面に、津行はむしろほっとする。
「あんた、俺とどう?」
まるで客引きみたいだなとは思ったが、構わずに男の首に太い腕を回した。剣呑な光を目に宿したままの男が、ぐいっと津行の腰を引き寄せ、往来であるというのにも構わず、津行に口付ける。
「いいだろう。何処へ行く?」
男はホテルへ行きたがったが、津行は男を自室へと連れ込んだ。確かにホテルの方が男には似合いだろう。だが、津行は男を寛がせてやりたいと思っていた。
「紅茶はねぇけど」
ほうじ茶を煎れた湯飲みをちゃぶ台へと置く。男は迷いもせずにそれを啜った。
「僕は日本人だ。茶ぐらい飲む」
不機嫌そうに言い放たれて、津行は布団を敷く手を止め、相手の顔をしげしげと眺めてしまう。彫りの深い独特の顔つきと身体の大きな自分よりも更に高い身長とがっちりとした身体つきは、到底日本人では有り得ない。
「祖父がイギリス人だっただけで、僕自身は生まれも育ちも日本だ」
「へぇ。俺は朝は味噌汁と白い飯なんだが」
「もちろん。日本人ならそうだろう。それに西京焼きか鯖味噌が付けば申し分ない」
納得したように続ける男に、津行は笑った。
「あんたの名前は?」
「早川創玄だ。君は? 床の中で呼ぶ名くらいは教えてくれ」
「瀬川津行」
名乗った瞬間、引き寄せられ口付けられる。そのまま布団へと押し倒され、耳元で名を囁かれながらの行為に没頭した。
「津行」
低い声を響かせて名を呼びつつ、指が的確に感じるところを暴き立てる。迷いの無い手際に、むしろ津行は驚いた。
もちろん、男が初めてだと思っていた訳ではない。可愛いアリスにモーションを掛けていたことは店の誰もが知っている。むしろ、それがあったからこそ早川が男もイケると知ったのだ。だが、こんなに手馴れているとは考えなかった。
「あんた、えらく馴れて、んな」
「まぁな。男も女もそう変わらないさ」
吐き捨てるような言葉に、津行は悲しくなる。同時に、だからこそアリスだったのかと思い当たった。大きな身体と強面に似合わない真っ直ぐで何処か怯えた様な青年。
津行は腕を伸ばして早川の首に絡ませ、自分から唇を合わせる。
「積極的だな」
「一方的なのは好きじゃねぇ」
ふっと早川が柔らかに笑った。そのまま、抱き合って再び行為へと没頭する。今は言葉を交わすよりもやることがあった。

「ゆきさん、今日はどうする?」
声を掛けてきたのは、同じ現場に入っている鳶の男だ。褌仲間が同じ現場になることは滅多に無いため、頻繁に声を掛けられる。未だ若い男には、まだまだ敷居が高いらしい。それに他にも目的があるのは知っている。
「悪りぃ。俺、今日はパスするわ」
「え~~」
「おめぇも沼さんでも誘えよ。狙いはあっちなんだろうが」
要するに一緒に行きたいのは、津行と店でツルんでいる沼田が目当てなのだ。
「でも」
「でももクソもねぇ。おめぇも褌野郎なら根性見せろ」
怒鳴りつけると、若い鳶はたちまちの内にシュンと萎れてしまう。普段なら、そんな様子も根性の無い野郎だと無視をするのだが、寂しそうなその風情に昨日の早川を思い出して胸が痛む。
「沼さんにナシ付けといてやっから、後は自分でどうにかしやがれ」
鳶の目の前でスマホを取り出す。現場で仕事を終える建築業者の下請けには、携帯は必需品だ。いろいろ突っ込まれるのも面倒なので、沼田にメールだけ打った。
『今日は行けない。代わりに一緒の現場の野郎を寄越すから、そいつの面倒見てやってくれ』
送信して文面を見せると、鳶が半泣きで頭を下げる。
「ありがとうっす! 代わりにゆきさんがイギリス男とシケ込んだのは墓の中まで持って行くっす!」
勢い良く下げられた頭と共に吐き出された言葉に、津行は一瞬心臓が止まった。が、次の瞬間、鳶の襟首を締め上げる。
「何で知ってる!」
「ぐるじ、ゆきさ、」
締め上げた津行の力が強すぎて、鳶は手足をバタつかせるだけで、口も聞けない。我に返った津行が手を離すと、男はげほげほと咳き込んだ。
「ひどいっすよ~~」
「す、すまん。つい」
素直に謝ると、涙目の鳶が話し出した。
「俺しか見てないっすよ。俺、現場主任に用事言いつけられて、遅れて行ったんすよ。そしたら、ゆきさんとイギリス野郎がキスしてて。俺、びっくりしてぼーっと見てたら、そのまんまゆきさんと野郎は消えてたんで」
「おめぇ、その話」
じろりと鳶を睨むと、一歩飛びすざる。
「言ってないっす! 抜け駆けなんて、ゆきさんもやるなぁと思っただけで。第一、狙ってる連中に知れたら、ゆきさんタコっすよ」
へへへと鳶が頭を掻いた。津行や鳶のような肉体労働者連中は、早川を別世界の人間だと眺めるだけで、実際に狙いを付けていたのは、金を掛けて肉体を鍛えているサラリーマン連中だ。そういう奴らにとって、明らかに下に見ていた津行のような人間に先を越されたのは晴天の霹靂だろう。
鳶は胸の中でいい気味だと舌を出していたのだ。
「これからも」
「もちろん、秘密っすよ。その代わりに」
「ちゃっかりした野郎だ。いいぞ、沼さんと店で一緒になるようにはしてやる。その先は」
頭を掻きまわす津行に、鳶の男は大きくうなずいた。

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