スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
*Edit TB(-) | CO(-) 


酒と煙草と英国紳士<3> 

基本的にゴシックを切り回しているのは、三人だ。店の雰囲気作りをする基子と、従業員を束ねる早川家の元執事である和田。それにオーナーである早川である。
早川は朝に出勤してきて、銀行へ売り上げを持って行き、支払いを済ませた後に、店へと入る。オーナーとして、客をもてなすのは夕方までで、夜の忙しい時間帯は和田が取り仕切るのがゴシックの慣わしだ。
店の雰囲気を楽しみたい常連だけならばいいが、ホストクラブか何かと勘違いをするような客もいる。そういった興味本位の客を避ける為、夕方以降の接客は、本格的な中年執事たちが貴族の館のように恭しく、しかも厳格な雰囲気で接するのだ。
「オーナー。いい加減にお帰りになっていただけませんかしら?」
客の目を避けた基子が、早川にキツイ一瞥を投げ掛ける。
「本日は旦那様の接客が必要な重要なお客様はいらっしゃいません」
切り捨てるように基子は細身のメガネの端を上げた。海外の児童文学に出てきそうなキツイ性格のメイドだ。要するに、邪魔だと言いたいのだろう。確かに金を持っているであろう女性客に食いつかれても困るのだ。
今までならば、『将』で酒と夕餉を楽しんでいたが、何となく今日は足が向かない。蔵斗に対して後ろめたい気分と、今朝の食事をもう一度ゆっくりと味わいたい気分がない交ぜになっている。
さりとて、一度だけ身体の関係を持っただけの相手の家に押し掛ける訳にもいかないし、『将』にも行き辛い。どっちつかずの気持ちを抱えたまま、早川は店に留まっていた。
「旦那様。気晴らしに何処かに出掛けられては如何ですか」
老執事が控えめに声を掛ける。
「確か、駅前に新しいトラットリアが出来たようです。偵察にでも出られては?」
「そうだな。それもいいか」
和田の促しに、早川が重い腰を上げた。
「いってらっしゃいませ。旦那様」
執事とメイドが揃って声を上げ、頭を下げる。扉の向こうへと消える早川を見送り、基子が呆れた溜息を吐いた。
「和田さんは旦那様に甘すぎますわ」
「しかし、今日は久我様がお見えだ。あの方は旦那様にご執心だからな」
「旦那様が一番お嫌いなタイプですわ。我が強くてご自分に自信のあり過ぎる方。いい加減に悟ればよろしいのに」
久我というご夫人は厄介な常連の一人だ。しかも執拗に早川がいそうな時間帯を狙ってくる。上客には違いないので、時折は早川が接客に回ることもあった。基子のはっきりした言い様に、和田が苦笑いを浮かべる。
「今度こそ旦那様を受け入れてくださる方だといいんだがな」
「どうでしょう。何のかのと言いつつ、旦那様はいい人でいすぎますもの」
基子なりに早川を心配しているらしい。考え込むように口元へと手を当てた。

浮ついていることが従業員二人にバレばれな早川は、促されるまま駅前へとやってきていた。すっきりとしたスーツに彫りの深い顔立ちは何処からでも目立つ。
『将』へ行く気にもなれず、コンビニで買い物を済ませた津行にも歩いてくるのが早川であることはすぐに判った。
その早川に声を掛けたのは、高級そうなスーツを身に纏った女性である。
「あら、偶然ですわね、オーナー。よろしければお食事ご一緒させていただけませんかしら?」
「これは久我さま。残念ですが、友人と約束がありまして。せっかくのお誘いですが」
軽く頭を下げて立ち去ろうとする早川の腕に、久我と呼ばれた女が腕を絡ませた。
「そんなことをおっしゃらずに。お友達もご一緒すればよろしいでしょう?」
甘えた声を上げる久我は、随分と自分の魅力に自信がありそうである。
「いえ。男同士の下世話な会話を久我さまにお聞かせする訳には参りません。どうかご容赦を」
さりげなく早川が久我の腕を外した。
「あら、私はちっとも気にしませんわ」
こういえばああいう。埒が明かない。表面だけは愛想がいい所為か、久我は早川が迷惑そうなことに気がついていない。それとも気付いていても、無視をかましているのか。
「おい、創玄さん。ナニしてるんだ?」
一歩、津行が足を踏み出すと、久我の顔が胡散臭そうに歪んだ。当たり前だが、現場帰りの津行は、汚れた作業服に地下足袋履きのいかにもな肉体労働者だ。そんな男が早川に親しげに声を掛けたのが気に入らないのだろう。
「どなたかしら?」
上から睥睨するような目付きで、久我は津行に問い掛けた。
「津行だ。創玄さんとは呑み仲間だよ」
「悪いが、友人が来たようです。津行、今日の夕飯は何かな?」
突然の津行の出現に驚いていた早川は、すぐに助け舟に気付き、いかにも親しげに話を振って来る。
「あんたが鍋がいいっつったんだろうが。いい酒奢れよ」
「途中で酒屋に寄るか。では、久我さま。失礼いたします」
何時までも立ち去ろうとしない久我に、痺れを切らしたらしい早川が津行を促してその場を後にした。
「酒は日本酒か」
「当たり前だろう。馬鹿じゃねーのか」
ふざけあった会話を交わしながら歩き去る二人を、久我はじっと見つめている。さすがに津行も居心地が悪かった。
「あの女、いつも絡まれてんのか」
「店にとっては上客なんだ。無碍にも出来ない。まさか、僕の好みじゃありませんからと断る訳にはいかないだろう」
「まぁな」
金持ちの道楽のような商売かと考えていたが、意外と普通の感覚らしい。
「待ってくれ。酒を買ってくる」
立ち飲み屋の前で立ち止まった早川が店の奥へと消えていく。紳士然とした早川がこんな店で酒を買うというのが信じられない。もっと歩けば、立派な店構えのリカーショップもあるのだ。
「馬鹿は俺か」
早川が酒を買うのは、津行への礼だろう。それならば、そこらの店で充分だ。ついこの流れで早川を自宅に招く気になっていた自分を罵倒する。所詮、一夜限りの関係だ。そう考えて、待つのを止めて歩き出した津行の肩を早川の手が叩く。
「待たせたか。重いだろうが、さっきの礼だ。受け取ってくれ」
振り向いた津行は、差し出された酒に目を剥いた。『将』は褌好きの集まる店ではあるが、本来はパブである。その為、酒は高級酒から気軽に楽しめるものまで、和洋問わず何でも揃えてあるのだが、津行のような低賃金の男たちでは吟醸酒には手を出しづらい。だが、その酒が一本万単位するものだというのは知っている。一方、早川は津行の驚きを別の意味に捉えたらしい。
「荷物になるようなら、僕が家まで持っていくよ」
にっこりと柔らかく笑う早川は、さりげなく津行の手から白菜の入ったコンビニ袋も奪う。どうやら、本気で鍋をつつく気らしい。それならば遠慮なく奢られてやろうと津行は早川を荷物もちに安アパートへの道を辿った。

NEXT

FC2 Blog Ranking
完結小説一覧

スポンサーサイト
*Edit TB(-) | CO(-) 


Back      Next

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。