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酒と煙草と英国紳士<4> 

「コップ酒で良けりゃ、先にやっててくれ。風呂入ってくる」
「入ってもいいのか」
早川の戸惑った声に、津行は振り返る。気まずそうな早川のたたずまいに、津行は自分の勘違いを悟った。早川は本当に重いだろうと荷物を持ってくれたらしい。
「あのな、俺は女じゃねーんだ」
噛んで含めるように津行は言葉を捜した。駄目だ、この男は優しすぎる。
「礼をするだけのつもりなら、酒だけ渡してその場で帰ってもいいんだよ。あんたみてーな男に親切にされたら、誰だって期待する」
特に津行は一度は関係を持った相手だ。
「すまない。そんなつもりは無かった」
早川は素直に頭を下げる。ここは心情を正直に吐露しておくべきだろう。今までの相手と違って、匂わせるようなことは無意味だ。
「だが、僕も男だ。下心が無い訳でも無い」
はっきりと言い切った早川に、津行はニヤリと笑う。
「上がっていけよ。鍋食うだろう?」
「遠慮なく御馳走になるよ」
決まり文句のやり取りを口に上らせ、津行の部屋のドアが閉じた。
上着を脱いだ津行の身体を背後から抱いた早川は、後ろを向かせて口付ける。無理な体勢に津行が苦しげな声を漏らした。
「ちょ、待てよ。ホントに風呂入らせてくれ。汚ね……」
身体を捩る津行に、唇は離したものの早川の腕は解かれない。さすがに津行が本気で抵抗を示した。早川がいくら津行より身体が大きいとは言っても、毎日の仕事で鍛えられた津行には適わない。
「止めろよ。あんたのスーツが汚れる」
ぶすっと言い放って津行が風呂場へと入った。残された早川が自分の身体を見下ろすと、津行が言う通り、少し土ぼこりが付いている。それを払い、早川は部屋に上がりこんだ。
今どき珍しい丸いちゃぶ台。作り付けの台所の前だけが板張りの床。日焼けした畳。年代ものの冷蔵庫。冷蔵庫の上に乗せられた水切り。
一晩過ごした筈だが、記憶は薄い。
「そんなに酔っていたか」
一人ごちて座り込んだ。一升瓶を空け、水切りからコップを失敬する。半分注いで止めた。今日こそはきちんと抱きたい。
乱暴な言葉遣いだが、こちらをきちんと思いやるところを見せる。早川の率直な礼に照れ隠しで擦れた物言いをするくせに、頬を染めていたりする。年齢を重ねている筈の相手の、相反する仕草は見ていて飽きない。
ガチャリと風呂場のドアが開いて、津行が顔を覗かせた。短い髪が濡れたままで水滴を垂らしているが、津行はまったく気にならないらしい。そのまま、台所へと立った。
コンビニの買い物袋から半分に切られた白菜を取り出し、ざっくりと刻み始める。大き目のステンレスの鍋に水を入れ、冷蔵庫から取り出したキムチを手にくるりと早川を振り返った。
「あんた、キムチ大丈夫か?」
「平気だ」
答えると津行はキムチを刻んで出汁の素と共に鍋に放り込む。煮立ったところへ白菜と豚バラ肉を入れ、弱火にしてコップを片手に早川の向かいへと腰を下ろした。
「変な感じだな。いつも『将』で見てるときには気取った野郎だと思ってたんだが」
津行が持ってきたコップに早川が冷酒を注ぐ。胡坐をかいてちゃぶ台で差し向かいで呑んでいる様は、顔立ちこそ外国人だが、どこからどう見ても日本に馴染みきっていた。
「何度も言わせるな。僕は日本人だ」
キツイ目つきで津行を睨みつける。『将』で見る早川は、常に穏やかに微笑を浮かべ、落ち着いた風情で静かにグラスを傾けていた。美作の煽りにも動じず、美作の恋人にも優しく微笑みかける。
「そういう顔、もっと見せろよ」
「顔?」
片眉を上げた早川が、じろりと津行を見た。
「怒ってもイラついてもいいじゃねーか。無理して笑ってることないだろうが」
「無理なんかしていない」
不機嫌そのものの声であることは、早川自身にも判る。上手く隠していたつもりなのに、どうして津行にはこんなに感情的になってしまうのだろう。
「無理してるだろう。あの子にそんなにいいとこ見せたいのかよ」
「そんなことはない。どうせ、他人のものだ」
可愛い有須。素直で控えめで、示される好意を受けるはにかんだ顔が好きだ。でも、あれは美作のもので自分のものではない。一気にコップ酒を煽り、脳裏に浮かんだ蔵斗の面影を打ち消した。
「いい酒をそんな呑み方するなよ」
呑み干したコップを下ろした手に、津行の肉厚の手が重なる。その手が暖かくて、もっとぬくもりが欲しくなった。その気持ちのままに津行の身体を引き寄せる。
唇を重ね押し倒そうとするが、津行の逞しい腕に阻まれた。早川の胸に両手を突っ張って、頬を染めているさまは、いい年のはずなのに何処か可愛いらしい。
「何だ?」
「せっかちだな。せめて飯は食わせてくれ。俺は一日働きづめで腹が減ってるんだ」
口早に言われて、それもそうかと思い直した。早川と違って、肉体労働者だろう津行には身体が資本だ。
「せっかく作ったんだ。あんたも食うだろ?」
「ああ。もちろん、御馳走になろう」
台所へと立った津行が大きめの片手鍋をちゃぶ台の上へと置こうとして、動きが止まる。それを見て早川は部屋の隅に纏めてある新聞を一部手に取り、ちゃぶ台へ置いた。
「すまねーな」
「いやいや」
手際よく、鍋敷き代わりの新聞を差し出した早川に、津行はますます意外だという顔をする。よく表情を変える男だ。早川の周囲には、良くも悪くもポーカーフェイスの身に着いた人間が多い。その為、ホンの少しの表情や視線の変化などを見逃さないようにする癖がついているのだが、津行にはそんなことをする必要も無い。
「不味くても残すなよ」
大き目の汁椀を手渡しながら、そんな憎まれ口を叩くのも面白いと思ってしまう。
ポン酢を付けて一口含むと、懐かしい味がした。まだ、母親や祖父がいて、家族で食卓を囲んでいた頃に戻ったような気がする。
「旨いよ。君の料理は」
「世辞はいい」
素直に口に乗せた感想に、顔を伏せて椀の中身をかっこんでいる津行は耳まで染まっていた。
お互いにひたすら無言だ。だが、気詰まりなどは感じない。照れて顔を上げようとしない男を見ながら、早川はのんびりとした気分で、酒と鍋を楽しんだ。
「なぁ、あんた。店はいいのか」
津行は、ふと思い立って顔を上げる。この男のレストランは今も営業中の筈だ。よく『将』に来ていた時には、食事だけをして出て行くことが多かった為、店に帰っているのだろうと思っていたが、昨日も今日もそんな様子は見せない。
「僕が店に出るのは、夕方までだ」
「家には帰らないのか」
「帰りたくないな。何だ、追い出したいのか」
即座に返事か帰ってきて、津行はまたしても顔を伏せてしまう。これでは帰らないでとすがる女の様じゃないか。一晩一緒に過ごしただけで、恋人でも何でも無い相手に、一体何を期待しているんだと自嘲気味に考えてしまった。
その津行の腰を、いつの間にか隣へと移動してきた男が抱く。重なった唇から忍び込んできた舌先は、ちょっぴりポン酢の味がした。

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